第79話 上陸

 どうやら、甲板の上に残された大きな触手は、食べられるのかを調べるようである。その一部を料理人らしき人たちが切断して運んでいった。もし食べることができたのならば、今日の晩ご飯にでも提供されることになるだろう。

 当然のことながら、アーダンも一部を切り取って魔法袋の中に大事そうに入れていた。


 クラーケンを退けた俺たちは一目置かれることになった。

 そして甲板での釣りは全面的に禁止された。

 クラーケンを呼び寄せる可能性があるなら、そりゃ禁止されるよね。


「やっぱり許されなかったみたいだね」

「そこはまあ、早めに船上での禁止行為が確認できたと思ってもらわないとな」

「ものは言いようだね~」


 釣りをしていたのは俺たちだけではない。貴族を含めたかなりの人数の人が暇つぶしがてらにやっていたのだ。俺たちだけを罰することはできなかったようである。しかし、貴重な娯楽の一つが失われてしまった。


「甲板の上でできることがなくなってしまったぞ。どうする?」

「部屋で大人しくしておくしかないね」

「そうなるかぁ」


 背中を丸めたジルを促しながら俺たちは部屋へと戻った。

 その晩は、これまでになかった食事が提供された。どれも独特な弾力があり、とてもおいしかった。クラーケンの触手はなかなか良い食材のようである。これはアーダンが作る料理も期待できそうだぞ。早く陸に着かないかな。


 クラーケンと遭遇してからは何事もなく日にちが過ぎていった。甲板の上から見る景色は特に代わり映えするところはなかったのだが、俺たちが進む航路は商船も利用しているため、時々商船とすれ違うこともあった。


 巨大船が作り出す大きな波を避けるために、商船はこちらの船から離れた場所を進んでいることがほとんどであり、双眼鏡でもなければあちらの船の詳細を見ることはできなかった。


 これは双眼鏡を買っておくべきだったな。普段からアナライズに頼っているため、目視で確認するのは近くになってからだ。いつまでもそのやり方に頼っていると、足下をすくわれるかも知れない。遠い位置であっても、なるべく目視できるようにしておかないと。


 そんな話をリリアにすると、新しい魔法を教えてくれた。生活魔法の一つ何だが、使い勝手が悪いため、これまで教えなかったそうである。


「イーグル・アイって言う魔法なんだけど、これを使うと視界が狭くなるのよ。遠くは見えるようになるけどね」

「視界が狭くなるのは良くないね。使うとしても短時間にしておかないと。近くに危険があるときには使えないね」

「そうでしょ? だから教えていなかったんだけど、海や空を見渡すなら、確かに使える魔法なのかも知れないわね」


 生活魔法なのでエリーザも使うことができる。ついでなんで一緒に魔法を教わった。リリアからの魔法の説明を聞いただけですぐに使えるようになった俺に対し、エリーザは使えるようになるまでに半日ほどかかった。


「さすがは賢者ね。あきれたわ」

「あはは、まあ、最初はリリアが勝手に言い出した『自称賢者』なんだけどね」

「今は?」

「一応、国王陛下から正式に指名されたよ」


 冒険者の職業はどれも自称である。なので国王陛下から言われたとしても、自称の領域を出ることはない。ただし、あまりにも自称とかけ離れていた場合は冒険者ギルドから通達が来るそうである。魔法が使えないのに「魔法使い」を名乗ったりしたときとかね。

 だからこそ最近はギルドマスターによる試験が行われるようになっているらしい。


「国王陛下から直々にそう言われたなら、自他共に認める賢者だな」

「俺は別に魔法使いで良かったんだけどね」

「まあまあ、いいじゃない。賢者の方がかっこいいしね」


 リリアがそう言うならヨシとしておこう。俺は賢者だ。

 そんな感じでリリアをなでまわしていると、自分もとばかりにピーちゃんがやってきた。そんなわけで、ピーちゃんもなでてあげる。


 見た目は完全に火の鳥なのに、全く熱くない、張りぼての火の鳥ピーちゃん。本人いわく「不思議な力で熱くないようにしている」そうである。どうやってそれをやっているのかが分かれば、もしかして味方には被害を出さずに魔法を使うことができるかも知れない。

 あとで聞き込み調査をする必要があるな。


 イーグル・アイの魔法を覚えた俺たちはさっそく甲板に上がって使ってみた。グインと遠くの地平線が近くに見える。だがリリアが忠告したように、周囲の景色が一気に見えなくなった。


「これはあれだね、リリアの言った通りだね。良く考えて使わないと、後ろからバッサリやられる感じだね」

「本当だわ。この魔法を使うときは他の人に周囲を警戒してもらわないといけないわね」

「パーティー向けの魔法だね。一人だと使い道が限られそう」


 遠くまで行かずに確認できるのは利点だと思う。ただし、前方に障害物がなければの話だが。陸地では使いにくい魔法のようだ。




 港街ボーモンドを出発してから十五日目。順調に航路をたどっていれば、そろそろ隣の大陸が見えてくる頃である。


 もうすぐ地平線に現れるであろう大陸を見ようと、朝から多くの人が甲板に上がっていた。もちろん俺たちもだ。船の前方には特に人が集まっているようだ。

 あまりの人の多さにさすがにそこまで行けないと判断した俺たちは、船の中央付近にある船室の上に登った。そこはちょっとした展望台になっていた。そこからなら船の前方が良く見える。


「見てよ! 小さな島が見えるわ」

「本当だ。あれがきっと隣の大陸だよ」

「おい、俺には何も見えないぞ」


 ジルが不満そうな声を上げたが仕方がない。イーグル・アイが他の人にも使えるようにできれば良かったのだが、さすがにそれは無理なようである。この距離だと、到着は昼過ぎになりそうだ。

 俺がそう言うと、食堂が混み合う前に昼食を食べようと言うことになった。


「さて、向こうに着いたらまずはどうする?」

「港から王都まではずいぶんと距離があるみたいだね」


 人がまばらに座っている食堂の片隅を占領すると、港街ボーモンドで手に入れた、隣の大陸の地図を広げた。

 港街ボーモンドから王都までは近かったが、隣の大陸ではそうではないようである。もちろん、川をさかのぼった先に王都があるわけでもない。陸路でかなりの距離を進む必要がありそうだ。


「飛行船があれば良かったんだがな」

「さすがにそれは無理よ。でもあの感じだと、すぐに新しい飛行船が作られそうだけどね」

「そうね。あの研究者たちの熱意がすごかったもんね。どんな事故が起こってもへこたれなさそうだったもの」


 そのときの光景を思い出したエリーザが残念なものを見るような目をして首を左右に振った。確かに熱かったのを覚えている。「完成したらお前たちに売ってやるからな」って言っていたし、そのときの目は本気だった。


 まあ確かに、出来上がった飛行船はものすごい金額になりそうだもんね。それをポンと買える冒険者はプラチナランク冒険者くらいのものだろう。あの人たちはお得意様を見つけたと言うわけだ。

 きっとその売り上げで新しい飛行船を作って、それを売ってを繰り返して飛行船を作り続けるんだろうな。


「急ぎじゃなくても構わないから、水の精霊の様子を見に行きたいかな」

「良いんじゃない? あたしも気にあるわ」

「ボクも気になります」


 俺の袖の下に隠れているピーちゃんが小さな声でささやいた。この船に乗っている人たちはだれ一人としてピーちゃんの存在に気がついていない。そのままの状態を維持するつもりである。


「よし、それじゃ、今日は港街に泊まるための宿を探すことにして、明日からは海沿いの街を進んで行くことにしよう」

「ありがとう、アーダン」

「何言ってんだよ。俺たち仲間だろう? 気にすることはないさ」

「そうよ。気にする必要はないわ。海沿いの街にも観光名所はありそうだしね」


 ジルとエリーザも俺たちの意見に賛成してくれた。何だか巻き込んでしまったような気もするが、そんなことを言ったら「馬鹿にするな」って言われるんだろうな。本当に良い仲間に恵まれたと思う。


 昼食を食べ終わり、一息ついて再び甲板に上がると、大陸が間近に迫って来ていた。魔法を使わなくともハッキリと街の様子が見えた。

 俺たちのいた大陸とはまた違う、宿屋なごみと同じような変わった屋根をした家々が立ち並んでいるのが見えた。


 それからしばらくして、エレオノーラ号は隣の大陸に到着した。足場が設置され下船の準備が整った。船長が声を大きくする魔道具を使って誘導を行っている。まずは一般客から下りることになるらしい。当然、俺たちもそれに含まれている。


 少し時間はかかったが、俺たちは隣の大陸へと上陸した。服装が明らかに俺たちとは違う。服にはボタンがついておらず、腰の辺りを紐のようなもので縛っているだけだった。

 そう言えばなごみの主人も同じ格好をしていたな。確か帯とか言っていたっけ?

 俺たちが物珍しそうに見ていると、相手もまた俺たちを珍しそうに見ていた。

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