第78話 そんなこと言うから
船が出発してから七日が経過した。その間、何事もなく船は進んで行った。嵐もない、波もない。気持ちの良い天気が続いていた。
そうなってくると問題になるのが、退屈との戦いである。
「暇ね」
「暇だ」
リリアとジルが声をそろえてそう言った。二人は妙なところで気が合うらしい。だが、二人の意見はもっともだ。ガードゲームもずっと続けてくれば飽きてくる。船内の見学も魔導船よりも大きな魔道具が置いてあるだけで、特に代わり映えするところはなかった。
「まあまあ皆さん、平和なのは良いことではないですか。この平和な時間をもっと満喫すべきですよ」
「そうは言うがな、ピーちゃん。俺たち冒険者はその名の通り、冒険してこそ、その存在意義があるんだよ。何もせずにボーッとしてたら、その存在意義が失われるんだよ。あー、思いっきり体を動かしたい。絶対なまってるって、これ」
ジルは単純に力を持て余し気味になっているようだ。甲板で運動できるかと思ったら、そんなわけにはいかなかった。俺たちのように暇をしている人や、一般向けの区画の雑魚寝部屋から解放されたい人たちがたくさん集まっており、とてもそんなことができる雰囲気ではない。
それに戦闘狂のジルが思いっきり体を動かせばどうなるか。考えるまでもないだろう。絶対にだれかとぶつかって、相手に大ケガを負わせることになる。いくらエリーザが治癒できると言っても、やって良いことと悪いことがある。
「よし、釣りに行こう。もうそれしかない」
「釣りねぇ。釣れればいいんだけど、そう簡単に釣れないんだよねー」
アーダンの釣りに行こう発言にジルが難色を示した。それもそのはず。これまで何度か釣りに行っているが、何も釣れたことがないのだ。まるで海の上を進む巨大な船に驚いて、魚たちが逃げて行ってしまったかのようである。
「ジル、日の光に当たった方が良いわよ。さあ、行きましょう」
エリーザがジルの手を引っ張った。退屈しているのはエリーザも同じようである。俺はピーちゃんを見えなくすると、リリアを頭にくっつけて甲板へと上がった。
釣りができるスペースは限られている。そこが他の人に占領されていたら、部屋に戻って寝るしかないな。
「お、今日は何か釣れているみたいだぞ」
「本当だ! 見せてもらおうよ」
バケツに魚が入っている人がいた。というよりも、バケツからはみ出していた。王都では見たことがない大きさの魚である。
「すみません、魚を見せてもらっても良いですか?」
「おお、構わんよ。ようやく魚を釣り上げることができたよ」
「何だろうな、この魚?」
ワイワイと集まって魚を確認する。食べることはできるのかな? ここでは調理ができないけどね。
「よし、俺たちも釣るぞ。でっかい魚を釣り上げるんだ」
「あんまり大きな魚だと困るぞ。あと、せめて食べられる魚にしてくれ」
おじさんにどの仕掛けで釣れたのかを教えてもらった。どうやら、ずいぶんと深いところまで糸を伸ばしているようである。
俺たちもそれに倣って仕掛けを準備する。準備ができると、海の中へと放り込んだ。
「今度こそ、魚を釣り上げてやるぞ」
「アナライズを使えば、どの辺りに魚がいるか分かるわよ?」
「それだと何だかずるをしてるみたいじゃないか。俺は正々堂々と釣りで勝負したいんだよ」
ジルがそう息巻いて糸を伸ばしていく。どうやら釣りがしたいというよりかは、だれかと勝負したいだけのようである。競い合うのが好きなようだ。
「ジルったら変なところで律儀よね。あたしだったらドンドン利用するけどな~」
「魚を釣り上げるだけが楽しみじゃないってことだね。俺は釣り上げた方が楽しいので、遠慮なく使うけど」
「あ、ずるいぞフェル!」
そんな感じで釣り大会が始まった。だがしかし、船が移動したためか、この辺りには魚の気配がなかった。それでも俺は無言で仕掛けを海に投げ込んでいた。ここで魚はいないなんて言ったら、部屋に舞い戻ることになってしまう。部屋の中に引きこもっているよりかは、こうやって甲板で風に当たっている方が好きだった。
しばらく釣りを続けていると、アナライズに反応があった。先ほどのおじさんが言っていた、海の深いところのようである。これはもしかして釣れるんじゃないか?
そのとき、ジルの竿に反応があった。竿が大きくしなる。さっき見せてもらった大きな魚が頭によぎった。
「ジル、魚が大きすぎて竿が折れるかも知れないよ!」
「くっ、ケチって安い竿にするんじゃなかったな」
「ちょっと、たくさんお金を持ってるくせに、何ケチってるのよ」
リリアがジルをジットリとした目で見ていた。それにも気がつかずに、ジルは魚と格闘していた。魚が海のそこから引っ張り上げられている。その様子に、自然と人々の注目が集まった。
そしてついに、ジルの竿がポキンと折れた。
「あーあ、もうちょっとだったね」
「俺の、俺の竿が……」
何だ何だと周囲がざわつき始める。そのとき、アナライズに大きな反応があった。海の深い場所から何か大きなものが先ほどジルが釣り損ねた魚の方へと向かってくる。
そしてその大きな何かはその魚を食べたようである。
「何か大きな生き物がこっちに向かって来てる。どうもジルが釣っていた魚を狙っていたみたいなんだけど、そのまま海上まで浮遊してきそうな勢いだよ」
「この反応には覚えがあるわ。クラーケンだわ。海の悪魔よ!」
リリアの叫び声に辺りが騒然となった。中にはそれを知らせに走って行く人の姿もある。これは甲板の上だけでなく、船内が慌ただしくなるぞ。
「ジル、いくらでかい魚を釣り上げたいからって、海の悪魔を釣り上げるのはナシだぜ」
「ちょっと待った。俺のせいかよ!?」
「ジルのせいね」
「ジルのせいだわ」
みんなの視線がジルに集まった。それを聞いたジルは視線をそらしながらほほをかいた。皆さんの意見はごもっとも、と思っているのかも知れない。
「まあ、良いじゃねぇか。これで退屈とはオサラバできるだろう?」
あ、開き直ったな、ジル。それに何だかうれしそうな顔をしてる。確かジルはクラーケンと戦いたかったって言っていたな。あのときは海の上なので戦えなかったと言っていたが、今回は船上での戦いになる。存分に戦えると思ってるのかも知れない。
そんなジルを見たエリーザが盛大なため息をついていた。ずいぶんと苦労しているようである。その間にジルとアーダンは弓矢を魔法袋から取り出していた。さっそく実戦投入できるとあってか、二人の口角が上がっていた。どっちもどっちだな。
ゴオンと何かがぶつかったような音と共に、エレオノーラ号がわずかに揺れた。どうやらクラーケンが船に体当たりをしたようだ。それでもこの揺れである。船が沈むことはなさそうだ。ただし、絡まれると船が立ち往生するかも知れない。
「船が沈むことはなさそうだね。あとはクラーケンを倒すことができれば問題なしだ」
「あたしたちは一度倒したことがあるし、何の問題もなさそうね」
リリアと話している間に、クラーケンが海面から姿を現した。すぐに数本の足で船体を絡め取ろうとしていた。だが船が大きいため、ほんの一部しかつかむことができていない。
そこにジルとアーダンが放った矢が突き刺さった。クラーケンの巨体ゆえにダメージはなさそうだが、こちらに気を引くことはできたようだ。クラーケンの目がギョロリとこちらを向いた。
「あの触手で甲板をたたかれたら穴が空くかな?」
「そうかも知れないな。倒すのは無理そうだから、触手を切り離すことにしよう」
「そうするか」
早くも弓矢を投げ出したジルがクラーケンの触手に向かって行った。クラーケンがたたきつけてきた触手をアーダンが軽く盾でいなした。うまく受け止めたようであり、甲板に穴が空くことはなかった。さすがは盾の使い方に定評のあるアーダンだ。
甲板近くまで下りてきた触手にジルが斬りかかり、難なく切断する。クラーケンが「ギャワー」という謎の声を上げた。
「さすがジル。あんな太い触手を一刀両断できるだなんて信じられないよ」
「フッフッフ、最近はフェルのトンデモ魔法の影に隠れ気味だが、実はすごいんだぞ?」
「もう知ってるよ、ジル」
戦闘中だと言うのに二人で笑い合った。先ほどまで大騒ぎになりそうだった甲板の上は、俺たちの余裕な様子を見て鎮まりつつあった。これで騒ぎによる二次的な被害は避けられたかな?
触手を一本切られたクラーケンは逆上したようである。今度は一度に二本の触手を振りかざしてきた。さすがにあれが甲板に当たるとまずい。
「リリア、俺たちの出番だ。ウインド・カッター!」
「任せて、ウインド・カッター!」
二つの風の刃によって切断された二本の触手が海の上へと落ちて行った。バシャンという大きな音が聞こえてきた。触手が何本なくなっても平気なのか、なおも船をつかんで離さないクラーケン。まるでおもちゃを取り上げられまいとする子供のようである。
「あの触手、食べられるのかな?」
「太いのが一本転がっているからな。試し食いならあれだけあれば十分だろう」
そう言いながらアーダンが弓矢を放った。矢はクラーケンの目に見事に命中した。片目を潰されたクラーケンは悲鳴を上げながら船をつかんでいた触手を離すと、海へと潜って行った。さすがに目へのダメージは効いたようである。
急いで縁に駆け寄るが、すでにクラーケンは深海へと潜ってしまっていた。
「さすがに倒すのは無理だったな」
「船を守るのが一番の目的だったんだから、目的を達成できたことを喜ぶべきだよ」
「フェルの言う通りだな。ある意味、ジルが呼び込んだようなものだからな。被害が出なかったのを喜ぶべきだろうな。何かあれば、ごめんなさいではすまなかったぞ」
どうやらアーダンがすぐに目を狙ったのも、クラーケンが早く逃げるように仕向けるためだったようである。もしも船に被害が出たならば……考えたくないな。
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