第77話 船上での生活

 乗船券を受付の係員に見せ、エレオノーラ号へと続く桟橋を渡って行く。俺たち以外にも多くの人が、今も巨大船に乗り込んでいる。

 巨大船の船体部分は金属で作られていたが、甲板部分は他の船と同じように木造だった。

 甲板では船員が忙しそうに動き回っている。それを横目に見ながら船内へと入って行く。


「まずは部屋の確認だな。それが終われば船内を見回るとしよう。もっとも、これだけ人が多いと、ゆっくりと見て回ることはできないだろうがね」

「時間もあることだし、あとでゆっくりと見て回りましょう。それよりも、まずは船内地図を手に入れる必要があるわね」


 通路の上部に掲げられている案内番号を頼りに、居住区画へと進んで行く。エリーザが地図が必要だと言っていたが、実はすでにオート・マッピングで地図は入手済みだった。

 でもせっかくの観光を含めた旅行なので、思い出作りのためにも、紙の地図を手に入れておくのも良いかも知れない。


 俺は胸元に入り込んでいるリリアを気にしながらアーダンの後ろを進んで行った。巨体のアーダンの後ろは人が多いときの安全地帯なのだ。ジルとエリーザもそれを知っているのか、しっかりとアーダンを盾にしていた。


 何度か角を曲がると俺たちが泊まることになる居住区画の番号が見えて来た。居住区画はいくつかに別れているようで、貴族たち向け、高所得者向け、一般向けになっているようだ。

 その中で、俺たちは高所得者向けの居住区画に来ていた。


「ここだな。前にも言ったが、部屋の番号を忘れるなよ。最悪、部屋の番号を言えばここまでたどり着くことができるからな」

「分かってるよ。さっそく中に入ろうぜ」


 ジルに押されて俺たちは部屋の中に入った。高所得者向けとは言え、部屋の中は狭かった。二段ベッドが二つあり、ベッドの間には円い窓と小さな机が置いてあるだけだった。個室になっているだけで価値があるということなのだろう。


「思ったよりも狭いな」

「狭いね」

「狭いわ」


 ジルと女性陣には不評のようである。そもそも、女性客が乗ることは想定されていないのかも知れないな。この感じだと、大浴場もあまり期待できないのかも知れない。

 イスもないため、俺たちはベッドに座った。


「出発までにはまだ時間があるな。見ろ、まだまだ乗り込もうとしている人が大勢いるぞ。これは出発するまで、出歩かない方が良さそうだ」


 部屋に一つだけある窓から代わる代わる見ると、アーダンが言うように荷物を抱えた人たちが乗り降りしていた。どうやら人だけでなく、たくさんの荷物も一緒に運ぶようである。それもそうか。どちらかと言えば荷物を運ぶ方が本来の用途だろうからね。


 そのまま出発の時間が来るまで部屋で過ごすことになった。部屋の前を多くの人が行き交っており、部屋の中まで外の音が聞こえてくる。高所得者向けの区画でこれなのだ。もっと人が多い一般向けの区画ではどれほど騒がしくなっていることやら。小さくとも個室が用意されていて良かった。


「そろそろ出発するみたいだぜ! 甲板に上がるぞ」


 窓の外を眺めていたジルがそう言った。窓の外を見ると、船につけられていた桟橋が取り外されているところだった。どうやら人と荷物の積み込みが終わったようである。

 俺たちと同じように甲板に向かう人で殺到する前に移動することにした。


 甲板に上がると、すでに何人もの人たちが待っていた。俺たちが上がってきた通路からは続々と人があふれ出て来ている。船の縁まで移動すると、港には多くの人たちがエレオノーラ号の出発を見送ろうと集まって来ていた。


 両側につけられている車輪が動き始めた。どうやら出発の時間になったようである。甲板には離れて行く陸を見ようと多くの人が詰めかけていた。それでも船が傾くことがないのはさすがと言うべきなのだろう。


 船が動き出すと、陸から多くの人たちが手を振り始めた。俺たちも手を振ってそれに答えた。何となく不安な気持ちと寂しい気持ちになりながらも、隣の大陸で何が待ち構えているのかという、ワクワクした気持ちを抱かずにはいられなかった。


 部屋に戻った俺たちは今後の過ごし方について話し合った。どこで入手したのか、ジルの手にはエレオノーラ号の地図が握られていた。


「これを見た感じだと、食堂は居住区画ごとに別れているみたいだな」

「少なくとも貴族たちとは分ける必要があるだろうからね。魔導船でもそうなっていたし、魔導船で集めた情報も反映されてるんじゃないのかな?」

「たぶんそうだろうな。逃げ場のない船内で問題が起きれば厄介だからな」


 貴族との問題が起きないように、貴族がいる居住区画には行かないようにしないと。ジルが持って帰った地図の情報と、オート・マッピングを組み合わせて、どこに何があるかをハッキリとさせた。それにより、どこから先が貴族がいる危険地帯なのかをしっかりと把握した。そして謎の空間がある場所も分かった。

 きっとここには巨大船を動かすための魔道具が置かれているのだろう。見に行けるといいな。


「まずはみんなで食堂の場所と、トイレの場所、念のため、お風呂場も確認しておきましょう」

「そうだな。それに加えて、緊急避難用の通路と、避難するための船がある場所も確認しておいたいいな」

「アーダンは相変わらず真面目ね~。それにしても、人数分の小舟がちゃんと用意されているのかしら? 貴族の分しかなかったりしてね」


 リリアが不吉なことを言った。確かに避難用の小舟を減らせば荷物をたくさん運ぶことができる。そんなことはないとは思うが、確認はしておかなければならないな。

 船が出発し、港が見えなくなって小一時間ほど経過した。そろそろ船内も落ち着いて来たころだろうか?


「それじゃ船内探検に行くとしましょう。あ、船内販売に何があるのかも見に行かないとね」

「それもそうね。あとになるほど商品がなくなるかも知れないもんね」


 迷子にならないように俺たちはそろって船内を歩き回る。地図を持ったジルを先頭に船内を進んで行き、無事に食堂などを確認することができた。高所得者向けの食堂はそれほど大きくはなかった。


「部屋で料理が作れないのは問題ね。まあ、当然と言えば当然だけど。火事にでもなったら大変だもんね」

「できる限り食堂を利用した方が良さそうだね。魔法袋に入れて持って来た食料はなるべく取っておくべきだと思うよ」

「問題はどんな食事が提供されるかよね。十五日もあるんだから全部違う料理が出て来るのは無理でも、少しは違った料理が出て来て欲しいわね」


 そうなると、アーダンの手料理が恋しくなるのかも知れない。これならアーダンの手料理も魔法袋の中にしまっておくべきだったな。街の屋台で買った食べ物だけを詰め込んできたからね。この反省は次に生かそう。


 再び甲板の上にやって来た。目的はもちろん、避難用の小舟の確認である。甲板には思った以上に人が残っていた。よく見ると、一般の人たちみたいである。冒険者の様な格好をしている人たちもチラホラいるようだ。


「思ったよりも人が多いね。お、あれが避難用の小舟かな?」


 甲板の片隅に小舟がいくつもロープでくくりつけられていた。数は……そんなにないよね? 反対側にもあるが、それを足しても千人が乗れる数はなさそうだ。巨大船が沈没しない想定なのかも知れない。


 船が進んでいるルートはきっと商業船が進むルートと同じなのだろう。そのため、座礁したりする可能性を考える必要はないのだろう。嵐に遭っても、横転することはないと思われる。そうなると、小舟の出番はないのかも知れないな。


「どうもあの人たちは甲板の上に避難して来てるみたいね。見てよ、座ってくつろいでいる人たちもいるわ。船上員さんに注意されているみたいだけど」

「こりゃ一般向けの区画はあまり良くなさそうだな」


 ジルが渋い顔をしていた。もしかすると、大部屋にたくさんの人が詰められているのかも知れないな。あとでどんな感じなのか調べておいた方が良さそうな気がする。


「んー、小舟の数は全く足りてないわね。沈没したら終わりね、きっと」

「休暇のつもりが、何だか安心して旅行できるという感じではなくなってきたな」


 思わず苦笑いを浮かべるアーダン。だが、船に乗ると決めたのは全員で決めたのだ。何かあってもアーダンを恨む人はいないだろう。それに万が一のことがあっても、俺たちなら生き残れるだろうからね。


 ほぼ無限にある海水を使って、氷の船を造っても良いし、何ならリリアの精霊魔法で船を造ってもいい。どうにでもなるだろう。ただし、俺たちに限る。さすがにこれだけ多くの人を乗せる船を造るのは不可能だろう。

 この船が沈没しないことを祈るだけだな。

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