第76話 エレオノーラ号での船の旅
「思ったよりも簡単に乗船券が手に入ったね」
「あのエルフのおじいちゃんが後ろで手を回したんじゃないの?」
「確かにその可能性はありそうだな。たが、こちらとしてはありがたい。エレオノーラ号が出発するまでにはあと七日ほど時間がある。その間に必要なものをそろえておきたい。何か意見はないか?」
宿屋なごみの談話室で俺たちは頭を寄せ合った。当然のことながら、全員が船での旅をしたことがある。もっともそれは魔導船での話なのだが、巨大船エレオノーラ号はそれを大きくしたものなので大差はないと思われる。
「船が大きくなったから揺れも少ないんじゃないかな? それなら船酔いの心配はなさそうだね」
「大きなマストが六本も立っていたし、何かあれば車輪が回るわ。海の上で立ち往生する可能性は低いと思うんだけど……念のため、食べ物と飲み物も持って行く?」
「そうだね。リリアが言うように、万が一に備えて魔法袋に食料を詰め込んでおいた方が良いかも知れないね」
「これが悪い出来事を引き寄せなければいいんだが……」
「やめてよね、ジル」
動力源である巨大魔石は何日くらい車輪を回せるのかな? まさか数時間ということはないと思うけど。魔力補充用の小型の魔石をたくさん積んでいくだろうから、そうそう魔力切れを起こすことはないと思いたい。
「フェルの言う通りだな。貴族もたくさん乗るみたいだし、何かあれば食料は貴族たちへ優先的に回るだろう。俺たちのところまで回ってこない可能性もある」
「ま、食料がなくなりゃ魚を釣れば良いんだよ。そんなわけで、釣り竿と餌が必要だな」
「確かに釣りは最終手段でもあるけど……フェルとリリアちゃんなら海に直接潜って魚を捕ってくることができるんじゃない?」
エリーザが目を細めながら、口元を緩めて聞いてきた。これは俺たちを試している表情だな。エリーザはまさかそんなことができるとは思っていないのだろう。だが残念だったな。
「確かに俺たちが海に潜って魚を捕ってきた方が早いだろうね。魔法を使えば取り放題だもんね」
「え、まさか海の中でも息ができる魔法があるの?」
「もちろんあるわよ。でも海水にぬれてベトベトになっちゃうんだよねー。あれさえなければ海中散歩も楽しめるのに」
残念そうな表情のリリアを見て、これは本当だと思ったようである。エリーザが陸に上がった魚みたいに口をパクパクさせている。
「それじゃ、食料は最小限で良さそうだな。船の上で暇になったときに備えて、ジルが言うように釣り竿と餌も持って行こう。そうなると、もしかして俺たちに必要なのは船の上での暇つぶしかも知れないな」
「ところでさ、隣の大陸まで何日くらいかかるの?」
「順調に進めば十五日ほどで到着するらしい。あとは風と天気次第だな」
「天気次第か」
嵐とかに遭遇したら大変だな。小さい船とは違ってそう簡単には沈没することはないと思うけど、もし嵐に遭遇しそうになったら、天候を操る魔法で何とかしよう。コッソリとやればバレないはずだ。バレると非常にまずいことになりそうなので最終手段だな。
「それじゃみんなで買い物に行きましょ。暇つぶしアイテムを探すのが難しそうよね。カードゲームは持って行くとしても、それ以外がねぇ」
「だよなぁ。魚釣りでどのくらい遊べるかだな。ひょっとしてこれは思った以上に苦行なのでは!?」
何かに気がついたジルが顔を青くしている。ひょっとしなくても、船の上にいる間は激しい運動はできないだろう。魔物に襲われたときは別だろうけどね。そう言えば、魔物が現れる危険性もあるのか。
「魔物に襲われたらどうするのかな? 簡単には船には上がって来ることはできないと思うけど、そのまま放っておくわけにもいかないよね?」
「そうだな。船の上から攻撃するにしても限度があるしな。それなら遠距離用の武器も用意しておくとしよう」
それでも何もせずに見ているよりかは良いのかも知れない。アーダンとジルが弓矢を使っているところは見たことがないけど、使えたりするのかな? もしかして、ちょうどいい機会だから、練習しようと思ってないよね?
話し合いが終わると、俺たちはさっそく王都へと繰り出した。さすがは王都だけあって、買い物をしようと思えばいくらでも店があった。何でもそろう。
そんな中で、俺は王都で贔屓にしている、武器職人でドワーフのルガラドさんの工房を紹介した。
「ルガラドさんこんにちは。お久しぶりです」
「おお、フェルじぇねぇか。もしかしてこの間作った食器に何か問題があったか?」
「いいえ、全くありませんよ。あのときは素晴らしい物をありがとうございます」
お互いに挨拶を交わすとみんなを紹介した。リリアのあの小さくとも立派に役目を果たしている食器類を作ったのがルガラドさんだと言うと、三人とも驚いていた。
「リリアの食器を作ったのはルガラドさんだったんですね。あれほど細かく、素晴らしい細工ができるとは、かなりの腕ですね」
「ここなら剣を注文するのに良さそうだな。今度新しい剣を作ってもらわないとな」
「ふむ、武器なら任せておきなさい。ところで、今日は一体何の用かね?」
ルガラドさんに巨大船に乗ることになったことを話し、船上での戦いに備えて弓矢が欲しいことを告げた。それを聞いたルガラドさんはしばし考え込むと、店の中からいくつかの弓を持って来た。
「ウチの店にある中で一番飛距離が出る弓だ。お前さん方なら引くことができるだろう。裏で試してみるといい」
そう言ってルガラドさんは俺たちを店の裏庭へと案内してくれた。そこには完成した武器を試すためなのか、樽や丸太が乱雑に置いてあった。その中から藁でできた的を取り出して設置した。
「弓矢を使ったことはあるかね?」
「冒険者になる前は弓矢を使って狩りをしていましたよ。冒険者になってからは使ったことがないですが、さて、どうなるか」
アーダンがその感触を確かめるようにゆっくりと弓を引いて矢を放った。的には命中したが、真ん中からはほど遠かった。だがそれでも、弓矢を使ったことがない俺たちからすれば驚異的である。
「すごいね、アーダン。的に当たったよ」
「なんだ、弓矢も使えるじゃない!」
俺たちは拍手を送ったが、本人は納得していないようである。ちょっと苦笑いしていた。それでも何度か試すうちに中心付近に当たるようになった。
「巨大船に襲いかかって来る魔物は大きいはずだから、こんなもんでも大丈夫だろう。ほら、次はジルだ。まあ、練習の必要はないだろうがな」
そう言いながら弓を渡した。ジルは「どうだかな」と言いながら弓の感触を確かめていた。そしてジルは――さすがは脳筋で戦闘狂なだけはあった。最初からバシバシ的の真ん中に命中していた。
「アーダンの言う通り、ジルには練習の必要はなさそうだね」
「そうだろ? ジルが矢を外すところは滅多に見られないぞ。それこそ、そんなことがあれば、矢の雨が降ることになる」
「冗談かも知れないけど、本当にありそうだから怖いわね……」
リリアが何だか化け物を見るような目でジルを見ていた。これだけ弓矢が得意なら、普段の戦いでも使えば良いのに。そう思ったのだが、ジルの中では弓矢で戦うのはナシのようである。剣でズバッとやるのが好きなのだろう。
「これで少しは役に立てそうだな」
「弱点の目を潰すことができれば、大いに貢献できると思うよ」
やはり二人ともただ者ではないようだ。もちろん、エリーザも。弓の感触と性能を確かめたあと、ルガラドさんおすすめの弓矢のセットを買って店をあとにした。三人ともルガラドさんの店を気に入ってくれたようである。それだけ品物が良かったのだろう。
そのあとは食料や暇つぶしアイテム、釣り竿一式を買い込んで準備を整えた。それから東の国の出身である宿屋の店主におすすめの観光地などを聞いておいた。
準備を整えた俺たちは出発の日まで魔物を狩ったり、王都を歩き回ったりして過ごした。
出発の日、俺たちは港街ボーモンドの港に来ていた。周囲には乗船待ちの人たちが今や遅しと、大きな荷物を抱えて騒いでいた。近くから見るエレオノーラ号は本当に大きかった。
「いよいよ出発するのね。何だか緊張してきたわ」
「そうだね。リリア、はぐれないようにしっかりと捕まっているんだよ」
「大丈夫よ。ここにいるから」
そう言ってリリアは俺の胸元に入り込んだ。ちょっとくすぐったい。ピーちゃんは乗船して落ち着くまでは待機である。どうも使い魔は謎の空間で待っているらしい。どんな場所なのかは説明しづらいそうである。
「はぐれたときのために、船室の番号をしっかりと覚えておけよ」
「もちろんよ。私たちは四人部屋だから、他の冒険者よりも優遇されているみたいね」
「そうだな。大広間で雑魚寝しなくて済んだのは良かったな」
「魔導船と同じく、お風呂も一応あるみたいだね。個室のお風呂は貴族しか利用することができないみたいだけど」
今回の船旅でそこだけが残念だった。もっと月日が流れて、乗船する貴族の数が少なくなれば個室のお風呂場が解放されるかも知れないけどね。
「別にお風呂に入れなくても問題ないわよ。あたしたちにはクリーン・アップの魔法があるからね」
「確かにそうだ。リリア、それで商売ができるんじゃないのか?」
ジルが片方の眉を上げながら、イタズラっぽく聞いてきた。
「それもそうだわ。洗濯物もキレイにしますって触れ込みにしておけば、依頼が殺到するかも」
「……殺到し過ぎるんじゃないかな?」
「あり得そうね」
エリーザと二人で両手を上げた。何せこの船には千人も乗ることになるのだ。洗濯物の処理だけでも大変そうである。一日中クリーン・アップの魔法を使い続けることになりそうだ。うん、ジルの意見は却下だな。
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