第75話 乗船券

 その後も領主さんとたわいのない話をしたあと、しっかりとサインをしてから領主の館をあとにした。船の乗船券が欲しいのなら国と交渉する必要があるだろう。果たしてそこまでして行く必要があるのだろうか? たぶんみんな同じことを考えていると思う。


「そうする? あきらめる?」

「そうだな、何だかそこまでして行きたくはなくなってきたな」

「それもそうね。国に頼んだら『その代わりにオリハルコンランクになれ』とか言われかねないわ」


 そのときの状況を想像したのか、エリーザが首を左右に振っている。明らかに嫌そうである。隣にいたジルもウンウンとうなずいている。


「それじゃ、なしだな。まあ、生きてりゃそのうち乗る機会もあるだろう」

「そうだね。別に一番初めに乗りたいわけじゃないしね」

「あきらめましょう。人間あきらめも肝心よ」

「そうですよ。生きていればきっと良いことがありますよ」


 本当ならば、消えていなくなるはずだった、ピーちゃんの言葉は重く感じた。生きてるだけでもありがたやか。暗殺者に殺されかけた俺もそう思う。

 俺たちは港街ボーモンドに来たときと同じように、エリーザに魔法を使ってもらいながら帰った。王都に到着したエリーザはブーブー言っていた。


 別に俺が使っても良いんだけど、それをすると、エリーザの仕事を取ることになってしまうんだよね。これで「治癒魔法も使えます」とかなったら間違いなくエリーザがやさぐれると思う。


 王都に戻った翌日、俺たちは巨大船のことを忘れるべく、みんなで依頼を受けることにした。そろって王都の冒険者ギルドに行くと、なぜかすぐにギルマスのラファエロさんに呼び出された。


 まさか、もう次の精霊が動き出したのか? みんなの表情が強張っている。きっと俺も同じ顔になっているはずだ。そしてそのまま無言で冒険者ギルドの奥にある応接室へと向かう。

 応接室にはまだラファエロさんの姿はなかった。念のため、ピーちゃんは引っ込めている。


 ピーちゃんは俺の使い魔となっていた。そのため呼べばどこからともなく現れるのだ。今でも、古い魔女なんかは使い魔を使役しているらしい。もっとも、使い魔を使役する術も失われつつあるみたいだったが。


「一体何の用事だろうね?」

「精霊絡みじゃなかったら良いんだがな」

「それな。それが今一番嫌だぜ。だって、片づけたばっかりだぞ?」

「同感だわ。私たちは少し休んだ方が良い」


 確かにエリーザの言う通りである。今回、巨大船で隣の大陸に行こうとしたのも、ある意味で休暇のつもりだったもんね。ちょっと遠い場所への旅行気分である。隣の大陸が未開の地というわけではないしね。


 隣の大陸には東の国と呼ばれる国がある。そこには俺たちがいつもお世話になっている宿屋「なごみ」みたいな外観の家がたくさんあるらしい。畳もそこの品みたいなので、向こうの宿も期待できると思っている。


 そして東の国の珍しい品々が店先には並んでいるはずだ。それを見に行くだけでも十分な価値があると思う。要するに、俺たちが隣の大陸に行こうとしているのは観光目的なのである。もちろん近海に眠っているという水の精霊の様子見もかねているけどね。

 妙な緊張感が漂い始めたころ、ラファエロさんがやって来た。


「いやぁ、済みませんね、急に皆さんを呼び止めてしまって」


 笑顔でこちらに話しかけてくるラファエロさん。妙な空気は、別の意味で妙な空気に変わった。一体何の用なのか。俺たちは顔を見合わせた。

 ラファエロさんのまとっている空気は重々しいものではなく、どちらかと言うと軽やかなものである。ますます分からんな。


「いえ、構いませんよ。それで、何かあったのですか?」


 俺たちを代表して、リーダーのアーダンが尋ねた。困惑している俺たちに気がついたのだろう。ラファエロさんのほほ笑みがさらに深くなった。


「大丈夫ですよ。精霊絡みのことではありません。フォーチュン王国周辺にはすぐに影響を及ぼすような精霊はもういませんから。何かあったとしてもしばらくは大丈夫ですよ。他国にもその情報は流していますので、何かあれば、それぞれの国で対処してくれることでしょう」


 笑顔でそう言ったラファエロさん。言い換えれば「自国に影響がなければどうなろうと知らない」と言うことだと思う。ひどい考え方かも知れないが、下手に手を差し伸べれば「その国を侵略しようとしている」と勘違いされる可能性は大いにある。国や貴族という生き物はそんな考えを持っているのだ。


 そのため、向こうから要求されないことには勝手に手出しをすることができない。できることと言えば情報提供くらいだろう。フォーチュン王国は危機感を抱いたから、無条件で他国に情報提供を行ったのだと思う。それを他国がどうとらえるか。それはそれぞれの国の中枢部しか分からないことだろう。


「そうでしたか。精霊を鎮めたのが昨日の今日だったので、少し過敏になっていたようです」

「それならちょうど良かった。あなた方には休暇が必要なのではないですか?」

「休暇?」


 俺たちは顔を見合わせた。確かに休暇は必要だが、それと冒険者ギルドがどのように絡んで来るのだろうか? 困惑する俺たちの前に紙が差し出された。


「これは?」

「これは港街ボーモンドで建造されている巨大船『エレオノーラ号』の乗船券特別枠への申込書ですよ」

「乗船券特別枠?」

「そうです。隣の大陸に行くにあたって、護衛もかねた冒険者を連れて行くことになっているのですよ。これはその申込用紙です。あなた方なら採用されると思うのですが、どうでしょうか?」


 ラファエロさんがイイ顔で片方の眉を上げている。どうやらこれがラファエロさんの言う休暇のようである。まるでさっきまでの俺たちの話を聞いていたかのように、俺たちの考えと一致していた。アーダンは腕を組んで考えている。


「この乗船券特別枠に申し込むことで、国の配下に加わったってことになるんですかね?」


 申し込むのはもちろん国に対してだろう。その場合、俺たちの自由はどうなるのか。最悪なのは、そのままなし崩し的に国の支配下に置かれることである。

 今のところ、俺たちにとっては国の傘下に入ることへの利点はなかった。


「その点は大丈夫ですよ。冒険者ギルドの職員も何名か行くことになっていて、あなた方冒険者はそこから指示を受けることになっています。直接、国に指示を受けることはありません。本当は私が行きたかったのですがね。今回は副ギルドマスターが行くことになっているのですよ」


 残念そうにラファエロさんが言った。まあ、うん、ギルドマスターがそう簡単に冒険者ギルドから出るのは良くないよね。当然の判断だと思う。

 冒険者ギルドを通すと言うことは、国の直属ではないということだ。それなら問題なさそうだな。


「どうする? まだ決定したわけじゃないが、この特別枠に申し込めば、あの船に乗れる可能性があるぞ」

「そうね、せっかくだから申し込んでみる? 他の方法で乗船券を入手するのは難しそうよ」

「金はあるし、オークションで競り落とすって手もあるぞ?」


 ジルが代替案を出したが、それをラファエロさんが否定した。


「オークションで手に入れるのは恐らく無理ですね。国が与えた乗船券を売ってお金にするようなことをしたら、その人は国外に追放されるでしょうからね」


 それもそうか。国王陛下の顔に泥を塗るようなものだもんな。欲しい人がいる中で選ばれたのに、それをお金もうけに使われたら、そりゃ怒るよね。

 散々悩んだが、申し込むだけ申し込んでみることになった。何と言ってもタダだしね。

 申し込んでから数日後、俺たちの手元にはエレオノーラ号の乗船券があった。

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