第74話 巨大船

 俺たちは巨大船に乗って隣の大陸に渡るべく行動を開始した。まずはいつ巨大船が完成するのかと、それに乗るための乗船券が必要だ。


「船の乗船券はやっぱり港街ボーモンドで手に入れるのかな?」

「巨大船が完成してからの初めての航海だからな。もしかすると、貴族が乗船券を買い求めることを予測して、王都で販売しているかも知れない」

「乗船券の争奪戦になっているのかな?」


 そうなるとちょっと厄介だぞ。人数分の乗船券を手に入れるのはちょっと難しいかも知れない。下手をすればオークションで通常の何倍もの価格で買うことになりそうだ。ここは貴族の力を借りるべきなのだろうか? でもそうなると、そこまでして行きたいとは思わなくなるな。


「そもそも一般市民向けの販売はあるのか?」

「……なさそうだよね」

「うん」

「なさそうだな」


 みんなそれぞれ、天井を向いたり、壁を向いたり、下を向いたりして目を合わせなかった。ないよね、たぶん。そもそも何人乗りなのだろうか? まずはもっと巨大船についてのことを調べなくてはいけないな。


「まずは調査を始めるところからだね。とりあえずボーモンドに行ってみようよ。あそこの領主から依頼を受けたことがあるから、何か話が聞けるかも知れない。それに港の漁師さんとも知り合いだからね」

「顔が広いな、フェルは」

「それはそうよ。フェルと一緒に海の悪魔をボコボコにして倒したからね」


 その時の状態を再現しているつもりなのか、小さな拳を左右に突き出していた。……あの、リリアさん、俺たち、アイス・ソードでぶった切っただけだよね? 殴ってないよ。


「あれを倒したのはお前たちだったのか……」


 ジルの発言にうなずくアーダンとエリーザ。どうやら納得していただけたみたいである。

 そんなわけで、俺たちはさっそく港街ボーモンドへと向かった。馬車に乗るよりもエリーザに魔法をかけてもらって走った方が早いのでそうした。


「ねえ、私の扱いがひどいんじゃないの? 私だけものすごく疲れるんだけど」


 ボーモンドに到着するとエリーザが文句を言ってきた。確かにエリーザは一人だけ体力と魔力を消費することになる。しょうがないと言えばしょうがないのだが、納得はしないだろうな。


「それなら俺がおんぶしてやるよ。あ、お姫様抱っこの方が良かったか?」

「……自分で走るわ」


 ジルの提案をあっさり却下したエリーザ。どうやらジルに抱えられるのは嫌なようである。何か嫌な思い出とかあるのかな? それとも、異性として意識してしまうからなのだろうか。


「ちょっとそこの三人、何でそんな顔をしているのかしら?」


 すごみのある笑顔を浮かべたエリーザが聞いてきた。どうやら俺たちはそんな顔をしていたようである。たぶんニヤニヤした表情だったのだと思う。そんな想像をしたのは俺だけではなかったらしい。


「いいじゃない、恥ずかしがらなくても。あたしたちは気にしないわ」

「そうですよ。ボクたちがお二人の仲を邪魔することはありませんので、お気になさらずに!」

「違うから!」


 そう言うとエリーザが二人を追いかけ始めた。だがしかし、二人は空を飛んで逃げた。ちょっと卑怯じゃないですかね、それ。

 そんなわちゃわちゃした状態で、まずは領主の館を訪ねた。海の悪魔を倒した俺のことを覚えていたらしく、驚きながらも快く迎えてくれた。


「巨大船ですか。私のところにも多くの貴族から乗船券が手に入らないかと問い合わせが来ておりましてね。ですが残念ながらあの巨大船は国が建造しているものなのですよ。ですから私には乗船券をどうのこうのする権利はないのです」


 眉をゆがめながら、申し訳なさそうに苦笑している。確かにそうか。あの巨大船を動かすために必要な巨大な魔石は国が買い取っていた。それなら国が建造しているに違いない。これは国に頼んだ方が良さそうである。


「そうだったのですね。民間であの規模の船が建造できるのかと驚いていたのですが、国が主導していたのなら納得です」

「ごめん、アーダン。あの巨大船を動かすために必要な魔石を売ったのは俺なんだ。すっかりそのことを言うのを忘れてたよ」


 領主の目が大きくなった。まさか俺が提供したとは思っていなかったのだろう。アーダンたちは「なるほど」とつぶやいて納得していた。


「それではウワサのウォータードラゴンを倒したドラゴンスレイヤーはフェルさんだったのですね。あの、あとでサインをいただけませんか?」

「へ? ええ、別に構いませんけど……」

「できれば妖精のリリアさんのサインもいただきたいのですが……」

「いいわよ、別に。減るもんじゃないものね」


 何だろう、何だか妙な方向に進み出したぞ。そんなこちらの様子を見ていたアーダンたちは苦笑していた。そうだよね、おかしいよね。俺もそう思う。

 領主さんに巨大船がどのような船なのかを尋ねた。さすがに港で建造されている巨大船については気になっていたようであり、色々と情報を仕入れていたようである。


「あの巨大船はエレオノーラ号と言う名前です。正確な人数までは分かりませんが、収容人数は千人を超えるそうです。全長は魔導船の三倍以上もあって、両側にある合計六つの車輪を回して航海することができるそうです」

「大きいですね。それに千人も乗れるだなんて思いませんでしたよ。でも、どうしてそんな大きな船を造ったんですか?」


 俺の疑問は当然だったようで、みんなの注目が領主さんに集まった。普通なら、商人たちがやっているみたいに船団を組めばいいだけである。何か大型化しないといけない理由があるのだろうか?


「どうも、海の悪魔から守るためみたいですよ。海の悪魔だけではありません。陸から離れた海にはまだ他にも巨大で恐ろしい魔物がいるみたいですからね。東から来る商人たちも命がけなのですよ。嵐に魔物。十回に一回は船が襲われて沈められるそうです」

「なるほど。それを避けるために大型化して沈められないようにしたわけですね。安全に航海できるようになれば、貿易も盛んになりますからね」


 なるほどと納得していると、ピーちゃんが不吉なことを言いだした。急にしゃべり出した火の鳥に、領主さんの目が釘付けになった。サインが欲しそうな目である。でもたぶん、ピーちゃんは書けないと思う。


「本当にそうでしょうか? 一度に千人も運べるのですよ。それが武装した兵士だとしたら、相手側の港を占拠することもできますよね? 一気に港を制圧して、あとから安全に兵士を送り込む。あると思います」


 うんうんとうなずくピーちゃん。もしかして古代人はそれをやったのかな? 今の時代にはこれほど大きな船は、まだこの「エレオノーラ号」だけであり、他には存在していないはずである。


「確かに言われてみればそうね。そんなことをしたら大変なことになりそう」


 エリーザは「この星」が何か行動を起こすのではないかと気にしているようである。俺もそう思う。俺だけではない。何も知らない領主さん以外は同じことを思っていることだろう。全員が目を伏せていた。

 そんな不穏な空気に領主さんが気がついた。


「国王陛下はそんなことはしませんよ。今は東の国から来る貴重な品々が人気なので、これを機に友好関係を結んで、もっとこちらの国に運んでもらえるようにしたいのではないですかね? 東の国からの輸入品は、この大陸の他国とも高値で取り引きすることができますからね」


 領主さんが戦争には使わないだろうと言っている。今は確かにそうかも知れない。だがしかし、将来はどうなるか。それはだれにも分からない。ちょっと不安だな。俺が提供した魔石が戦争の引き金になるとか、冗談ではない。


 リリアも心配になってきたのか、俺にピッタリと張り付いてきた。ピーちゃんが不吉なことを言うから。でもピーちゃんにしてみれば、歴史が繰り返されるのではないかと、戦々恐々としているのかも知れない。

 そのせいで「この星」に精神を操られて世界を滅ぼそうとしたからね。他人事ではないのだろう。今は俺と同化しているから、たぶん大丈夫だと思うけど。

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