第73話 酒場にて

 俺たちはアーダンおすすめの酒場にやって来ていた。時刻はお昼を少しだけ過ぎた頃。こんな時間からお酒を飲む冒険者はそうそういないだろう。

 目の前にはたくさんの料理が並んでいる。その中から好きなだけ自分の皿に取り分けて食べる形式みたいだ。


「それじゃ、フェルの快気祝いと、無事に依頼が完了したことを祝して、乾杯!」

「乾杯!」


 みんなでグラスを合わせた。もちろんリリアのコップに入っているのは果実水である。昼間からリリアにお酒を飲ませるわけにはいかない。すぐ脱ぐからね。そしてさすがにピーちゃん用のコップはなかった。鳥の形をしてるし、しょうがないね。


「大変だったんだぞ、フェル。国王陛下が俺たちをオリハルコンランクにするって言ってな」

「ああ、あれは大変だったわね。『全員がそろっていないから、勝手には決められない』って言って何とか事なきを得たけど、本当に危なかったわ」


 アーダンとエリーザが言葉も重く、そう言った。どうやら国王陛下は何としてでも俺たちをこの国にとどめたいと思っているみたいだ。そんなことをしたら逆効果なのにね。それほど切羽詰まっているのだろうか?


 そのときのことを思い出しているのか、二人の眉間にはシワが寄っていた。良かった、その場にいなくて。俺がその場にいたら、断れなかったかも知れない。


「フェルがいなかったおかげで助かった感じだな。オリハルコンランクになったら、良いように使われるだけだぜ」

「そんなことをしても、俺たちの心証が悪くなるだけだと思うんだけどね」

「そうなんだが、今回は毎月お金を出すとか、装備類を国が買い与えるとか、住む家を用意するとか、ずいぶんと好待遇を謳っていたぞ」


 どうやら金や物で冒険者を釣る作戦に出たらしい。だが、プラチナランク冒険者にはあまり魅力的ではないと思うけどな。だって、そのくらいのお金、自分たちでいくらでも稼ぐことができるからね。

 宝物庫の武器をくれるとかなら、ジルが食いつくかも知れないけどね。


「今回のことで、この世界が危険な状態にあるんじゃないかって言われ始めているみたいだしな。少しでも戦力が欲しいんだろう。実績がある俺たちなら、なおさらだろうな」

「そのことなんだけど……」


 俺は祝いの席で言うのはどうかと思いながらも、先ほどピーちゃんから聞いたことをみんなに話した。そのせいで、その場が静かになってしまった。


「この星の怒りねぇ。鎮めることはできるのか?」

「無理なんじゃないの? もう動き出しているみたいだし」


 アーダンの考えにエリーザがそう言った。俺もエリーザと同じ考えだ。すでに火の精霊に仕掛けたのだ。他の精霊にも何か仕掛けていると思った方が良いだろう。


「それじゃ、ほかの精霊が動き出すのを待つしかないのか。そしてそれを今回みたいに鎮めることになるわけか」

「それって、俺たちがすることになるんだよね?」

「そうなるだろうな」

「やっぱり……」


 俺たち以外の人でも精霊を鎮めることができる可能性はあるが、確実にそうするなら俺たちが適任者になるだろう。何せ、すでに火の精霊を鎮めているのだから。


「ピーちゃん、他の精霊の状態はどうなの?」

「分かりません。ボクたちはそれぞれバラバラな存在ですからね。近くまで行けば、何か分かるかも知れませんが」


 申し訳なさそうに言ったピーちゃんの頭をなでてあげる。無理なものは無理だ。しょうがないからね。それにしても全く熱くないな、この火の鳥ボディ。どうなっているんだ?


「それじゃ、次の動きがあるまでは動きようがないな」

「そうなるな。今は冒険者ギルドで地道に情報を集めるしかないだろう。国でも調べているみたいだから、何かあれば冒険者ギルドを通じて言ってくるはずさ」

「今回みたいにね。ねえ、私たちってある意味、国に属しているようなものよね?」


 エリーザの意見にみんなの顔が「それもそうだ」という顔つきになり、重たい空気が流れ始めた。これって、オリハルコンランクと変わらないよね? それなら報酬もらった方が良くないか。


「そう言えば、新しい飛行船が建造されることになったぞ」


 アーダンがこの重苦しい空気を何とかするべく、話題を変えた。

 新しい飛行船か。古代人が残した飛行船に関する資料が解読し終わったみたいだな。飛行船の数が増えれば、俺たちでも買えるようになるかも知れない。何せ、お金だけはあるからね。


「飛行船での移動が一般的になれば、離れた場所にもすぐに行くことができるようになりそうだね。そうなれば世界中を冒険することだってできるよ」

「まだ見ぬ大陸には、きっとおいしいものが待っているはずだわ」


 リリアも新大陸には大いに興味があるみたいだ。もしかすると、この大陸以外の場所には行ったことがないのかな? そうだとすれば、刺激的な体験をすることができるはずだ。きっと楽しいだろうな。


「隣の大陸に行くだけなら、もうすぐ行けるようになるぞ。どうやら港街ボーモンドで建設中だった大型船が、そろそろ完成するらしい」

「あの大型船がついに完成するのか。それにしても、よくジルはそのことを知ってたね」


 情報を集めているのは主にアーダンだったはず。ジルは強い魔物以外には興味がないはずだ。と言うことはつまり。


「おうよ。どうも隣の大陸には強い魔物がわんさかいるみたいだからな。ついこの間までは海にもいたみたいなんだが、いなくなったみたいなんだよな。海の上だと戦いようがないと思っていたんだが、一体どうやって戦ったのやら」


 ジルがそう言って腕を組み、考え始めた。そいつを倒したのは俺たちです、とは何となく言いにくい雰囲気だった。だってジルが狙っていたみたいなんだもん。


「隣の大陸か。行ってみるのもいいかも知れないな。向こうの大陸には精霊がいるのか?」

「大陸にはいないですけど、近くの海に水の精霊が眠っているはずですよ。どこかに移動していなければの話ですけどね」


 ピーちゃんがそう言った。水の精霊が近くにいるのか。今回のこともあるし、様子を見に行くのもいいかも知れない。先手を取ることができれば、水の精霊が暴れる前に、ピーちゃんみたいに鎮めることができるかも知れない。


「そうか。それなら隣の大陸に渡ってみるのもありだな」

「水の精霊の様子を見に行くのもいいかも知れない。近くまで行けばピーちゃんが何かを見つけてくれるかも知れないからね」

「お役に立ちますよ!」


 ピーちゃんが胸を張った。俺たちと一緒にいられるのがうれしいのか、やる気満々のようである。戦闘で役に立つのかは未知数だけどね。


「いいねぇ、行こうぜ、隣の大陸!」

「確かに水の精霊の様子は気になるし、行ってみても良いんじゃないかしら?」

「そうね。あたしも隣の大陸がどんな様子なのかを見ておきたいし、それに、もしかしたら、もしかしちゃうかも知れないし……」


 そう言うと、なぜかリリアがモジモジしだした。どうしたんだリリア。もしかしてオシッコか? あれ、そう言えばリリアがトイレに行っている姿を見たことがないな。一体どうなっているんだ?


「リリア、トイレならあっちだよ?」

「違うわよ、バカぁ!」


 リリアの膝蹴りがほほに入った。乙女心って難しい。俺にはリリアが一体何を考えているのか分からない。困った俺はピーちゃんに視線を向けた。それを受け取ったピーちゃんがコクリとうなずいた。


「姉御、アレですよね? フェルの兄貴とがっ……」

「黙らっしゃい!」


 ピーちゃんが全てを言い終わる前に恐ろしく早い回し蹴りが入った。そしてそのままピーちゃんを四の字固めで締め上げ始めた。ピーちゃんが悲鳴を上げたところで慌てて止めに入った。

 俺の手の中で震えるピーちゃんが言った。


「兄貴、ボクの口からは言えないです。察して下さい……」


 俺は無言でうなずきを返した。リリアを怒らせるのはまずい。何とか察しなければならないな。

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