第61話 遺跡の守護者

 遺跡の中に生き物の気配はないが、念のため見張りを立ててその夜を過ごすことになった。入り口にはもちろんシールドを何重にも張り巡らせている。たとえガーディアンと言えども、簡単には突破できないはずだ。


 寝袋に転がり込むとすぐに眠気が襲ってきた。俺たちの担当は早朝だ。それまではしっかりと休もう。

 結局その日は、次の日の朝まで何事もなかった。


 遺跡の調査二日目。朝食を食べ終えた俺たちはさっそく遺跡の内部をくまなく調べることにした。

 やり方は簡単だ。拠点近くの場所から順に、片っ端から扉を開けていくだけである。


 通路は大人二人が余裕ですれ違うことができるほどの幅があった。天井までの高さも通路の幅と同じくらいだ。よく見ると、天井に一定間隔で円形の穴が空いており、その中にはガラス製と思われる球体がはまっていた。


「この天井の穴にはまっている球体は照明かな?」

「たぶんそうだろう。前に他の遺跡を調査したときに、同じような構造のものを見たことがある。だれかが持ち去ったのか、球体はなかったけどな」


 どうやらアーダンたちはこれが初めての遺跡調査ではなかったようだ。それなら心強いな。全て手探りでやるよりもずっといい。最初に近くに小部屋がないかを聞いたのは、前に調べた遺跡にも小部屋があったからなのかも知れない。


「どこかのボタンを押したら明かりがついたりするのかな?」

「さすがに壊れてるんじゃないのか? ついたらついたで、大発見になるだろうがな」


 そう言いながらジルは壁を触って調べていた。だが、ボタンらしきものは見つからず、奥に扉が見えて来た。スモール・ライトを使っているエリーザが扉に近づいた。


「扉があるわ。でもこの扉は鍵穴がないわね。入り口の扉と同じ作りをしているみたい。こっちの方が小さいけど」

「そうみたいだな。だがこれは横に滑るようになっているみたいだな」


 アーダンがゆっくりと隅々まで扉を確認している。確かにアーダンが言ったように、横に扉が滑りそうだ。扉の横に細い筋のような空間が続いている。


「扉の向こうには何の反応もないわね。少し広めの小部屋よ。拠点の二倍くらいの大きさね」


 アナライズで調べていたリリアが両手で長方形を作っている。奥が深い部屋のようだ。アーダンが扉を横に移動させようとしていたが、凹凸が浅い装飾が施されていたため、手を引っかけるところがなくて苦戦していた。


「どうする? 入り口のときみたいに横に穴を空ける?」

「そうだな。そうしよう。なるべく遺跡の壁を壊さないように穴を空けてもらえるか?」

「分かったよ」


 慎重に扉の横に穴を空ける。壁はそれほど厚くはなく、すぐに向こう側が見えた。穴の大きさは人が一人、横向きで通れる幅である。おなかが出ている人には通りにくい幅である。ガーディアンがいても通れないはずだ。


「さすがフェル。器用ね」


 リリアが俺の顔に飛びついてきた。俺が順調に魔法を操ることができるようになっているのがうれしいようである。そんなかわいいリリアをナデナデする。


「相変わらず熱いねー、お二人さん。さて、中はどうなっているのかな? うーん、どうやら物置になっていたみたいだな。崩れた棚がいくつもあるぞ」


 どれどれ、と先に入ったジルを追ってみんなが部屋の中に入った。そこにはジルが言うように朽ち果てた棚が枯れ葉のように地面を覆っていた。その中には紙のようなものもあったが、風化が激しく、手に取ろうとしただけで崩れ去っていった。


「これ以上は触らない方がいいな。貴重な資料が失われてしまうかも知れん」

「アーダン、研究者の中には、これを何とかできる人がいたりするの?」

「分からん。だが俺たちのせいにされるよりかは良いだろう?」

「確かにそうだね」


 どのみち、俺たちは古代人の文字を読むことができないのだ。よけいな恨みを買う必要はないだろう。

 どうやらこの部屋は資料室か図書室になっていたようである。床で朽ちているものは、棚として使われていたであろう木と、そこに収納されていたと思われる紙だけである。


「手がかりはなしね。人骨もないところを見ると、ここが破棄される前にみんな移動したみたいね」

「でもここにあるものを持ち出す時間はなかったみたいだね」

「もしかすると、ここにあるものはもう要らないものだったのかも知れないぞ?」


 ジルの意見はもっともだが、厳重に扉が閉まっているのが気になるな。要らないものなら、そこまで厳重に保管する必要はないような気がする。


「よし、移動しよう。別の場所に行けば何か手がかりがあるかも知れん」


 アーダンの指示で再び先ほどの通路に戻った。歩き始めてしばらく進むと、また似たような扉があった。違うのは、扉に文字が描かれた金属板がついている点である。


「ここもさっきと同じ扉ね。閉まっているわ」

「どれ……やはり動かないな」


 アーダンが扉を横に動かそうとしていたが、動かなかったみたいである。扉の前で両手を上げている。それを見たジルも扉と格闘を始めた。


「これまでの扉と違うのは、この金属板がついているところよね。何か彫られているわ。文字かしら?」

「そうみたいだね。古代文字なんじゃないかな? 学者の人がそのうち解読してくれるんじゃないの」


 リリアと話しながらもアナライズで奥の状態を確認する。この先は長い通路になっているみたいだ。そしてその先には、以前から感知してあった魔石の一つがある。


「何か重要な部屋なのは間違いなさそうだね。その分、危険もありそうだ」

「この先に魔石が一つあるわ。気をつけた方がいいわね」


 リリアの助言にアーダンが目を閉じて腕を組んだ。アーダンが深く考えるときの状態である。俺たちは結論が出るまで静かに待った。そしてややあって、目を開けた。


「魔石があるのなら確認しておきたい。進もうと思う。フェル、また横穴を作ってもらえるか?」

「任せてよ」


 プラチナランク冒険者としての責任感からだろうか。アーダンは後続のことを考えて、そう決断したのだろう。冒険者は正義感あふれるタイプの人が多いからね。捨て置くことができなかったようだ。俺がアーダンと同じ立場でも、同じ選択をしたと思う。


 遺跡の入り口と同じように迂回路を作った。さすがに二度目だったのですぐに道が出来上がった。

 先ほどと同じ、人一人が通れる大きさの穴だ。ガーディアンは入って来られないはずだ。


「これで問題ないよ。先に進んでみるね」


 慎重に細めの通路に入り込んだ。通路には何もなく、まっすぐな道が続いている。やがて他の人たちもやって来た。そのまま奥まで進むと、再びさっきと同じ扉があった。


「また扉だ。こっちにも金属板がついているね。何て書いてあるかは分からないけど」

「この扉の先は少し広い部屋になっているわね。その奥に魔石があるみたい」

「よし、油断せずに行こう。フェル、通路を作ってくれ」

「了解」


 通路を作ることにも大分慣れてきた。これまでと同様に穴を空ける。穴から見える景色には、奈落の落とし穴のような真っ黒な空間が広がっていた。このままどこかに吸い込まれてしまいそうだ。


「フェル、俺が先に入ろう」

「え? ああ、うん」


 立ち止まった俺に違和感を抱いたのだろう。アーダンが声をかけてきた。リリアが教えてくれた魔法には自信がある。だが、素早さが求められる接近戦は苦手だ。その苦手意識が俺の動きを無意識のうちに止めたようである。


 その点、アーダンは接近戦に慣れている。戦場での主な仕事は、その大きな盾で相手の攻撃を受け止め、受け流し、ジルや俺たちに攻撃をつなぐことである。先頭を進むのは当然であり、それが自分の役割だと認識しているようだ。

 全く恐れることもなく、穴を通過した。それに続いて俺たちも穴をくぐり抜ける。


「魔石がこっちに近づいて来てるよ! ガーディアンじゃないかな?」

「エリーザ、光源を明るくしてくれ!」

「分かったわ!」


 エリーザが手を上に掲げると、その手のひらの上にあったスモール・ライトの光が、強く、明るくなった。部屋の奥の暗がりからは小さなカチャカチャという音が聞こえてくる。


「俺が様子を見る。援護を頼む」

「任せとけ」

「了解」

「任せてちょうだい!」


 その音はだんだんと大きくなり、ガシャンガシャンと金属と金属がぶつかり合う音に変わっていった。どうやらガーディアンに間違いなさそうだ。

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