第60話 ガーディアン
金属製の扉は押しても引いても、横にずらしても、上に持ち上げても開くことはなかった。完全にお手上げ状態だ。
「どうする? やっぱり壊すしかないんじゃないのかしら?」
「そうだな、壊すしかないか。ずいぶんと頑丈そうだけどな」
「遺跡の中の防衛機能がどうなるか、気になるわね」
リリアの意見を採用することにしたようだ。しかし、エリーザは心配そうである。俺も心配だ。扉を壊さずに中に入る方法があれば良いんだけど……。
俺は再度、アナライズで扉周辺を調べた。そして気がついた。
「ねえ、ここから横穴を掘って扉を迂回するってのはどう?」
「なるほど、それなら扉を壊さずに中に入れるかも知れないな」
「フェル、頭良い! さっそく穴を掘りましょう。ピットを下向きじゃなくて、横向きに使えば、簡単に穴を掘れるはずよ」
「リリアちゃん、ピットって何?」
エリーザが首をかしげながら聞いてきた。どうやらこの魔法も知らないみたいだ。エリーザにとって、俺たちが使う魔法は知らない魔法だらけのようだ。
いや、逆に考えるんだ。リリアが魔法に精通しすぎて、普通の人が知らない魔法まで知っているだけだと考えるんだ。
「ピットはね、穴を掘る魔法よ」
「良くそんな的を絞った魔法があったわね」
「うふふ、イタズラに使うには持って来いの魔法なのよ」
楽しそうに悪そうに、リリアが笑った。そんなリリアを引きつった笑顔でエリーザが見ていた。イタズラのために魔法を作り出す種族、それが妖精だ。
「それじゃ、さっそく作業を開始するよ。ピット」
目の前に大人一人が通れる大きさの穴が空いた。奥まで進むと、アナライズで確認する。うん、大丈夫そうだ。俺は角度を変えて、再びピットを使った。
さらに奥まで進むと、また角度を変えてピットを使った。どこかの穴につながった、確かな手応えを感じた。
「さっきの扉の先にある通路につながったよ。このまま前進する」
「油断するなよ」
「もちろん」
スモール・ライトの明かりを照らしながら進むと、先ほどと同じ作りの通路に出た。周囲の安全を確認している間に、他のメンバーもやってきた。
「問題はなさそうだよ。リリアが言っていた魔石も、今のところ動く気配はないね」
「そうか。まだ俺たちが侵入したことはバレてないというわけか」
「それじゃ、これからどうする?」
ジルの質問にアーダンが周囲を警戒しながら答えた。目に見える限りには岩を掘り抜いて作られた通路が続いている。扉の裏側にも特に鍵穴などは発見できなかった。どうやら俺たちでは開けられそうにない。
「まずは拠点の確保からだな。毎回、渓谷の入り口まで帰るのは効率が悪いからな。フェル、リリア、近くに良い感じの小部屋はないか?」
良い感じの小部屋か。もし見つからなければ、壁に穴を空ければ何とかなりそうだな。そんなことを思っていると、先にアナライズで調べていたリリアが見つけたようである。
「あったわよ。何に使っているのか分からないけど、小部屋が並んでいる場所があるわ」
「よし、まずはそこに向かおう。案内を頼む」
「オッケー」
リリアと地図を共有しながら進んで行く。途中の通路には生き物の気配もなく、障害物も特になかった。平らにならされた石の道が続いている。
先に進むと、リリアが見つけた小部屋の入り口にたどり着いた。
「また扉だ。調べた感じでは罠は設置されてないよ」
「今度はちゃんと鍵穴がついているな」
慎重にアーダンが鍵を調べている。もしかして、鍵開け技能とかを持っているのだろうか? ジルはそんな繊細な技能を身につけることができなさそうだし、仕方なく習得したのかも知れない。
「どうだ、アーダン?」
「ダメだな。開けられそうにない。フェルはどうだ?」
残念ながら鍵を開けるような魔法は使えなかった。もしそんな魔法があれば、泥棒し放題な気がする。俺は首を振ってからリリアを見た。これでリリアが鍵を開ける魔法を使えなかったらお手上げだ。
「フッフッフ、あたしの出番ね。鍵開けは任せてよ。キー・オープン」
リリアが呪文を唱えると、カチャリと軽い音がした。もう何年前の代物なのか分からないのに、問題なく鍵が開いたことに驚きだった。古代人は本当に優れた技術と文明を持っていたようである。
そしてそんな泥棒が喜びそうな魔法を習得しているリリアにも驚きだ。一体何に使うつもりだったのか、聞くのが怖い。
「よし、扉を開けるぞ。念のため用心しておけ」
アーダンは特に驚いた様子もなく、ゆっくりと扉の取っ手の部分を動かして扉を開けた。想定内だったのかな? だとしたら、ずいぶんと俺たちは頼りにされているようである。
扉の向こうには崩れ去ったベッドらしきものの残骸が転がっていた。
「どうやら仮眠室だったみたいだな」
「そうだな。同じようなものが転がってる。木も布もボロボロで使い物にならないけどな」
部屋の中を調べていたジルがそう言った。俺も異常がないかを調べていたが、廃材くらいしか見つからなかった。
「よし、ちょうど良いな。この部屋を片付けて拠点にしよう」
「そうね。扉もこちらからなら開閉できるみたいだしね」
扉を調べていたエリーザがそう言った。俺たちは部屋の中にあるものを念のため調べながら片付け作業を行った。
「空気の流れがあるか分からないからな。火を使った料理は無理だ」
「まあ、そうだよな。携帯食も悪くないけど、すぐに飽きるんだよなー」
そんな話をしながら、テーブルとイスを並べていく。こんなとき、魔法袋はとても便利である。ハウジンハ伯爵とサンチョさんに感謝だな。元気にしてるかな?
「ここまでは思ったよりも順調に進んでいるな」
「あとは遺跡を一回りすれば完了ね」
干し肉をかじりながらエリーザがそう言った。そう言えばどこまで調査したら依頼完了になるのだろうか。調査依頼は複数人で受けることになっていたため、これまで依頼を受けたことがないのだ。
「アーダン、遺跡全体の安全性が確認できれば依頼完了になるのかな?」
「そうだな、遺跡の入り口を確保した段階でクリアしていると俺は思っている。まずは本当にそこに遺跡があるのかどうかが大事だからな」
「それじゃ、あとはおまけってことになるのね」
リリアが俺の腕にぶら下がりながらそう言った。携帯食はおいしくないので食べないらしい。まあ、普段リリアが食べている料理も、俺が無理に食べさせているようなものだしね。仕方ないか。
「遺跡で見つけた発掘品はどうなるの?」
「依頼主に渡すのが基本だな。その価値によって追加報酬をもらうのが一般的だ。だが、だれも見てないから、勝手に持ち出してもバレないことが多いな」
「なるほど」
それもそうか。高性能な魔法袋を見つけたりしたら、さすがに持って帰るよね。追加報酬くらいじゃ、割に合わないだろう。でもバレたときは信頼を大きくなくしそうだけどね。
「この遺跡には何が重大なものが眠っているのかな?」
古文書に記述が残っているくらいだ。もしかすると、ものすごい秘密が隠されているのかも知れない。リリアも気になるのか、俺の肩に飛び乗るとアーダンの方を見た。
「さあな? 依頼書には何の遺跡かまでは書かれていなかったな。分からなかったのか、それとも秘密にしておきたかったのか」
「どこに遺跡があるのかまで分かっているのに、そこに何があるのか分からないのは、ちょっと変な話じゃない?」
エリーザが言うことも一理あるな。場所も教えられた地点とほぼ同じだったし、かなり詳しいことが分かっているんじゃないだろうか。
「もしかすると、まだ古文書を解読中なんじゃね? それで場所だけ分かったから、だれかに横取りされる前に手をつけておこうってなったのかもな」
携帯食のパンを食べながらジルがもっともらしい意見を言った。アーダンもその意見にうなずいている。
それだと、この遺跡の詳細はこれからハッキリしてくるのかも知れないな。
「明日はフェルとリリアが作ってくれた地図に従って、遺跡全体を調査しよう。特に気になるのが魔石だ。もしそれがガーディアンなら、本格的な調査が入る前に倒しておいた方がいいだろうからな」
「危険じゃないかしら。そこまでする必要あるの?」
「エリーザ、俺たちの調査不足で、後日この遺跡でたくさんの死者が出たらどうするんだ? さすがに寝覚めが悪いだろう?」
「確かにそうね。でもそのガーディアンがものすごく強かったらどうするの?」
ガーディアンの強さは未知数。危険な橋を渡ることになるだろう。後続のためとはいえ、どこまで命を賭けるのは決めておいた方が良さそうだ。
「そうなったら、魔法で通路を塞ぐしかないんじゃないかな? この先は危険な箇所として地図に書き込んでおけば他の人も警戒してくれるだろうしね」
「そうだな。万が一のときはそうしよう。俺たちの安全を確保するためにも、どのみち魔石の調査は必要だ」
問題はガーディアンがどんな強さを持っているか何だよな。ガーディアンは遺跡から離れられないみたいな記述をどこかで読んだことがある。だから逃げれば何とかなると思う。でもそれだと遺跡の調査ができない。ガーディアンが襲ってきたら、何とかするしかなさそうだ。
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