第58話 ダロモア渓谷

 冒険者ギルドで依頼を受けてから七日後、俺たちはダロモア渓谷を見下ろす高台に立っていた。


「ウワサには聞いていたけど、本当に両側が断崖絶壁になっている。これじゃ渓谷というよりも、大地の裂け目だね」

「フェルの言う通りね。だれかが魔法を使って二つに裂いたみたいだわ」


 その裂け目がどこまで続いているのかは、この場所からは分からなかった。アーダン、ジル、エリーザの三人もその光景に息を飲んでいた。


「この谷底がゴーレムだらけらしいな」


 さすがのジルも不死身のゴーレムには分が悪いと思うのだが、その声色はどこか弾んだものがあった。自分より強いヤツと戦いたいのかも知れない。さすがだな。


「どうしてそんなことになっちゃったのかしらね?」

「どうやらこの辺りは昔から魔力が豊富に漂っているらしい。それでゴーレムがたくさん生み出されていると言うのが、学者たちの通説みたいだな」


 魔力が豊富に漂っている場所は魔境と呼ばれ、そこでは魔物が生まれる。学者が色々と研究しているらしいが、その理由はいまだに不明だ。

 まずはこの場所を拠点とするべく、頑丈な石の家を建てた。さいわいなことに、この辺りまではゴーレムは来ないようである。

 リリアが床に板を張ると、ここでの俺たちの仕事は終わりだ。


「あとは私たちがテーブルやイスを設置しておくわ」

「ついでにゴーレムの強さを確認してくるぜ」

「フェルとリリアも無理をするなよ。危なくなったらすぐに帰って来い」

「了解!」


 俺とリリアは空を飛んでダロモア渓谷の偵察だ。ダロモア渓谷の地図を作るのが最優先事項だが、同時に遺跡の場所を探すことにもなっている。見た感じでは空を飛ぶ魔物は見当たらない。ゴーレムが石を投げてきたりしなければ問題ないだろう。

 まあ、石が飛んできてもリリアのシールド魔法が完璧に防いでくれるはずだ。


「それじゃ、リリア、出発するよ」

「分かったわ」


 そう言ってリリアが俺の胸に飛び込んできた。俺はみんなに手を振って空へと舞い上がった。青い空にはところどころに雲が浮かんでおり、風がとても気持ちよかった。


「久しぶりの空だね。やっぱり気持ちが良いね」

「そうね。お休みの日は、時々こうして空を飛ぶのも良いわね」


 リリアも心地良さそうである。だがそれを堪能する前に、ダロモア渓谷が近づいてきた。上から谷底を見下ろした限りでは、谷底に何かが動く気配はなかった。


「ゴーレムは近づかないと動かないみたいだね。みんなが不意打ちされないと良いんだけど」

「エリーザがアナライズを使えるから大丈夫でしょ。それに腐ってもプラチナランク冒険者よ? そんなヘマをするわけないわ」

「それもそうだね」


 俺たちは俺たちのことを心配するべきなのかも知れない。今の所は問題なし。空には俺たちしかいないし、下から攻撃がくる気配もない。

 そのままダロモア渓谷の反対側の裂け目まで飛び続ける。渓谷はずいぶんと先まで続いているようだ。


「えっと、確かこの辺りに遺跡があるみたい何だけど、パッと見た感じでは何もなさそうだね」

「地中に埋まっちゃってるのかしら? それなら厄介ね。ちょっとアナライズで調べてみるわ」

「了解」


 俺はリリアの邪魔にならないように、周囲を警戒しながら、なるべく同じ位置に滞空するように頑張った。


「なるほど、どうやら断崖絶壁の壁の中にあるみたいね」

「それじゃ、壁のどこかに入り口があるってことだね」

「そうなるわ。場所も確認できたし、戻りましょう」


 リリアの指示に従って拠点へと戻った。気がつけば、もう夕暮れ間際になっていた。

 俺たちが帰ったときには、他のメンバーはすでに戻って来ており、アーダンは食事の準備をしていた。


「ただいまー」

「お帰り。どうだ? 何か手がかりはあったか?」

「バッチリよ。地面の下じゃなかったからまだマシだと思うわ」


 その言葉を聞いて「まだマシか」とつぶやくアーダン。楽な依頼ではないと覚悟していたのだろう。これは本当に長期戦になるかも知れないな。


「ゴーレムはどうだった?」

「まあ、アレだな。核の場所さえ分かれば楽勝だな」

「確かにそうね。場所を指示する方は大変だけどね」


 エリーザの言うことはもっともだろう。右胸、とか言っても、右胸のどの辺りかまではハッキリとしないからね。ゴーレムはアーダンよりも一回りほど大きいので、右胸の範囲も広くなる。


「何か対策が必要かしら?」

「そうだね。俺たちはそのまま魔法を撃ち込めば良いけど、エリーザはそうはいかないからね」


 どうしたものか。エリーザに投げナイフの技術でもあれば、核に向かってナイフを投げてもらうとかできるんだけどな。

 あれこれ考えていると、夕食ができたようである。すぐに準備に取りかかった。

 夕食の席では今日得られた情報の確認が行われた。


「ゴーレムは遠距離攻撃をしてこなかった? あたしたちが上を飛んでいることには全く反応しなかったのよね」


 リリアが肉をナイフで切り分けながら尋ねた。俺たちは動いているゴーレムを見ることができなかった。そうなるとやはり、この辺りのゴーレムがどんな動きをしたのかが気になるところだ。


「俺たちが戦った感じでは、遠距離攻撃はなかったな。魔法を使う気配もなかった」

「そうね。よく見かけるゴーレムのように、近づいたら姿を現す感じだったわね」


 なるほど。ちょっと安心した。それならあの大きな腕に気をつければ良いだけだ。一度にたくさんのゴーレムを相手にしなければ問題ない。

 リリアは遺跡が壁の中にあることをみんなに話した。それを聞いたアーダンが少し考え込んだ。


「目的地まで谷底を歩いて行くか、それとも、崖の上からロープを垂らすか。どっちがマシだと思う?」


 アーダンがみんなに問いかけた。遠距離攻撃がないなら、崖の上からロープで向かう作戦も悪くないな。だが、一つ問題があった。


「ロープだと、エリーザが厳しいかも知れない。遺跡の入り口がかなり下の方にあるみたいだからね。断崖絶壁はかなりの高さがあったよ」

「やはり厳しそうか。それじゃ谷底を歩いて行くしかないな」


 ゴーレムを倒して進むとなると、それはそれで大変そうだ。遺跡の中に入ってしまえば、恐らく一息つけると思うのだが。


「リリア、遺跡の中に生き物の気配は?」

「んー、なかったけど、気になる反応はあったわ」

「気になる反応?」


 全員の注目がリリアに集まった。俺に言わなかったところをみると、リリアはきっと問題なしと判断したのだろう。


「大した問題じゃないかも知れないけど、魔石の反応がいくつかあるのよね。そのうちの一つはこの前倒したビッグファイアータートルくらいの大きさがありそうだったわ」


 結構大きいな。魔石の状態でそこにあるのなら、魔物がいるわけではなさそうだ。だから特に何も言わなかったのかな?


「遺跡にある何かの装置を動かす魔石なのかな?」

「そうだと良いが、遺跡を守るガーディアンのものだったらまずいな」

「ガーディアン! 確かに古代遺跡にはそんなやつが徘徊してるって聞いたことがあるな。ゴーレムよりも強いらしいし、一度戦ってみたいな」


 うれしそうにジルが言った。そんなものと戦って何が楽しいのか。そう思ったのは俺だけではないらしく、他の三人も同じ顔をしていた。


「可能性として考えておきましょ。リリアちゃん、その魔石は動いてなかったのよね?」

「うん。動いてなかったわ。まあ、ゴーレムと同じように近づかないと動かないのかも知れないけどね」

「確かにそうかもね。常に動いていたら、とっくに魔石に詰まっている魔力は無くなってるはずだからね」


 ガーディアンがいる可能性があるのか。どのくらいの強さか分からないけど、要注意だな。俺たちが遺跡に入った瞬間に動き出すのだろうか? それなら遺跡内で安全地帯を確保するのは難しいかも知れないな。


「困ったな。フェルたちが調べてくれた地点まで行くには半日ほどかかるはずだ。日帰りするとしたら、遺跡に到着してもほとんど調査ができないぞ」

「ゴーレムの問題もあるわ。安全に進むなら、かなりの数のゴーレムを倒さないといけなくなるわね」


 エリーザがフォークでお皿をつつきながら言った。

 確かに困ったことになりそうだ。どのくらいの数のゴーレムがいるのかは分からないが、倒しながら進むとなると、かなりの時間がかかるだろう。それにゴーレムがどのくらいの頻度で増えているか分からない。精神的にもきつそうだ。

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