第56話 疑惑と報告

 ジルの体の表面には何事もなかったかのように薄い氷の膜が残っていた。さすがはフリーズ・アーマー。

 事前に耐久力のチェックを行ったので分かっていたことだが、あの火の塊に突っ込んでも何ともなかったようである。ちなみに周囲にあった木々はすでに炭化して崩れ落ちていた。


「ジル、熱くはなかった?」

「大丈夫だ、問題ない。フェルが試しに使ったフレイム・ボールの方が熱かったよ」

「おいおい、お前ら、一体どんな実験をしてんだよ」


 アーダンにあきれられた。その様子にちょっとやり過ぎたかなと苦笑いをしながら、ビッグファイアータートルが残した、大きな魔石のところへと向かった。

 そこではリリアが眉間に深いシワを刻んで難しい顔をしてた。


「どうしたの、リリア?」

「フェル、これを見てよ。どう思う?」

「どうって……普通の魔石にしか見えないけど?」


 俺の目にはこれまで何度も見たことがある魔石にしか見えない。見た目は黒い石なのだが、時々七色に輝くのだ。

 フウ、と息を吐くリリア。


「この魔石はね、ファイアータートルと同じ形をしているのよ」

「なるほど? それじゃ、ビッグファイアータートルとファイアータートルは同じ魔物で、単純に魔石が大きくなってるだけってこと?」

「そうなんだけど、それが異常なのよ。普通はそんなことあり得ないわ」


 うーん、リリアは長い年月を生きているからその異常さに気がつくかも知れないけど、俺にはサッパリ分からないな。


「魔石が大きくなることがダメなことなの?」

「違う形の魔石ならどんなに大きくても問題ないのよ。それなら別の魔物になるからね。でも、同じ形の魔石が大きくなるとしたら、魔物が成長したとしか考えられないのよ」


 人間も成長するし、魔物が成長しても問題ないような気がするけど……。いや、待てよ。これまで見てきた魔物は、同種族ならみんな同じ姿をしていたはずだ。見た目も大きさも同じ。大小の区別はなかったはずだ。つまり、魔物は成長することはない。個体差もない。


「確かにそれだと異常だね。魔物を大きくする方法とかあるの?」

「そんな話、聞いたことはないわ。ただ……」

「ただ……?」

「魔物に対して、外部から無理やり魔力を与えることができたら、大きくなるかも知れないわ。それでも、とてつもないほどの魔力が必要になるとは思うけどね。普通じゃ無理よ」


 普通じゃ無理だが、可能はあるということか。それなら一体だれがそんなことをしたのか。エルフの聖地にビッグファイアータートルがいたということは、もしかしてエルフがやったのかな? 確かにエルフは全員が魔力を持っているから、集めればとてつもない魔力になるかも知れない。だけど、そんなことするかな?


「リリア、取り合えずそのことをみんなに報告しよう。二人だけで考えていても答えは出ないよ」

「そうね。そうしましょう」


 大きな魔石を魔法袋にしまうと、ケガと装備のチェックをしていたみんなのところへ急いだ。幸い大きなケガはなかったようだが、熱くなった鉄球でアーダンが少し火傷をしていたようである。だがそれも、俺たちが合流したときにはすでにエリーザによって治療されていた。


「どうしたんだ二人とも、そんな顔をして。魔石を回収できなかったのか?」

「いや、違うよ。ちょっとみんなにもリリアの話を聞いて欲しい」


 三人はお互いに顔を見合わせながらも、その場に腰を下ろした。みんなでコーヒーを飲みながら、俺とリリアは代わる代わる、できる限りの追加の情報を提供しながら先ほどの話をした。


「ビッグファイアータートルを生み出したのはエルフ族である可能性があるのか」

「あくまでも可能性だよ。そんなことをして森を破壊しても、エルフ族には何の得にもならないけどね」

「エルフ族に派閥争いでもあったのかしら? そんな話、聞いたことないけど」


 やはりみんなで「うーん」と考えることになった。さすがにこの考えには無理があるな。それならまだ、エルフ族を滅ぼそうと計画している、別の組織が存在している方が現実味がある。


「俺たち冒険者が深く考えてもしょうがないさ。そう言う難しいことは、冒険者ギルドや国が考えてくれるだろうからな。俺たちはただ、頼まれた依頼をこなすだけさ」


 ジルの意見はもっともだ。俺たちがあれこれ考えたところで、ただの推論にしかならないし、答えが出るはずがない。それなら、早く冒険者ギルドに戻って報告を済ませた方がいいだろう。


「そうだね。考えても仕方がないことだったね。早く戻って正確な情報を伝えないといけないね」

「ああ、そうだな。だが、可能性として伝えておくのは間違っていないと思うぞ。そうすれば、推論する幅も広がるだろうからな」


 コーヒーの苦みがモヤモヤする頭の中をスッキリとさせてくれた。下手に悩むよりも、今は周囲を警戒しながら無事に帰るのが先決だ。


「ビッグファイアータートルが向かっている先にあるのは……霊峰マグナね。あそこに何かあるのかしら?」

「霊峰マグナ……確か、火の精霊を祭ってる山だったよね、リリア?」

「そうよ。良く知ってたわね。フェルに話したことあったっけ?」

「いいや、昔読んだ本に書いてあったのを思い出しただけだよ」


 霊峰マグナは山頂付近に大きな溶岩だまりがある。その溶岩だまりの中には島があり、そこに火の精霊が住んでいるという話だった。もちろんその溶岩だまりを超えられた者はおらず、ただの伝承に過ぎないのだが。


「その話も含めて報告するとしよう。もしかすると、口封じのために俺たちを狙うヤツらがいるかも知れない。油断するなよ」


 アーダンの指示に、全員が無言でうなずいた。生き残るためには、周囲を疑う必要があるのだ。

 だがしかし、その心配は不要だったようである。特に何事もなくエルフの国にたどり着いた。

 狩猟ギルドで討伐完了の報告をすると、狩猟ギルドのギルド長は手放しで喜んでくれた。


「これがそいつの魔石か。かなり大きいな。まさかこれほどの魔石を持つ魔物が聖地にいるとはな。それで、この魔石はどうするつもりだ?」

「フォーチュン王国で売るつもりだ。そこしか買い手は付かないだろうからな」

「確かにそうかも知れんな」


 そう言ってギルド長は笑っているが、実際は少しだけ違う。ビッグファイアータートルの件については、王都の冒険者ギルドにも報告するつもりだ。そのときに、証拠としてこの魔石が必要になるので、ここでは売れないだけである。


 これ以上、エルフの国にとどまって「聖地に足を踏み入れた者」として騒ぎになるのは良くない。そう思った俺たちは足早にエルフの国をあとにした。

 数日後、無事にフォーチュン王国の王都に戻った俺たちは、その足で冒険者ギルドへと向かった。


「済まないが、ギルマスを呼んでくれ。大事な話がある」

「またですか、アーダンさん。そろそろギルドマスターの胃に穴が空きますよ」

「大丈夫だろう。このくらいのこと、日常茶飯事のはずだからな」


 ギルマスの胃を心配しながらも、すぐに受付嬢は取り次いでくれた。俺たちはすぐに奥の部屋へと案内された。


「無事に依頼を達成できたようですね。お疲れ様。それで、どうしたのですか?」

「ギルマス、こいつを見てくれ。これをどう思う?」


 アーダンに促されて俺はビッグファイアータートルの魔石をテーブルの上に出した。


「これは……すごく大きいですね。ですがこの形状はどこかで見覚えが……まさかファイアータートルですか!? そんなバカな!」

「お、さすがエルフのおじいちゃん。そこに気がついたのね」


 うれしそうにリリアが言った。それを聞いたギルドマスターである、エルフ族のラファエロさんは大きく深呼吸をした。


「詳しくお話を聞かせてもらってもよろしいですか?」

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