第55話 ビッグファイアータートル討伐
翌日、エルフの国を出発した俺たちは予定通りの場所に到着すると、明日の決戦に備えて野営の準備に取りかかった。この位置からなら、多少相手が移動していても確実に遭遇することができるはずだ。
「ジル、そっちの準備は万端か?」
「ああ、もちろん。フェルがすごい魔法を使えるんだ。これがあれば、火の中でも余裕だな」
「一体どんな魔法なの?」
ジルのその発言にエリーザが身を乗り出して聞き返した。今回のビッグファイアータートル討伐での役割は、俺がジルを、リリアが全員を魔法で補助することになっている。そして、俺とリリアでは、それぞれ違う魔法を使うことになっていた。
「フッフッフ、聴いて驚け! フリーズ・アーマーって魔法さ!」
「フリーズ・アーマー? 聞いたことがない魔法ね」
エリーザが首をかしげている。アーダンも興味があるのか、夕食の下ごしらえをする手を止めた。特に秘密にする理由もないので、どんな魔法なのかを教えた。
「氷でできた鎧をジルにまとわせる魔法だよ。魔力だけで作り出した氷の鎧だから重さはないし、火耐性がかなり高いんだ」
「なるほど、そんな魔法があるのか。それならその魔法を全員に使えば良いんじゃないのか?」
アーダンが下ごしらえを再開しながら聞いてきた。
「それが、複雑な形をしている体全体に氷を覆わせる都合上、その魔法を使うのにかなり集中しないといけないんだよ。だからみんなの防御はリリアがすることになる」
「基本的に魔法は大雑把なことが得意だからね。細かい部分に気を遣うとなると、途端に難易度が跳ね上がるのよ。フェルだからできるけど、普通はできないわ」
何だか勝ち誇ったような表情で、リリアが解説を入れてくれた。エリーザにも身に覚えがあったのか、納得したかのように両手を組んでうなずいていた。治癒魔法も神経を使うからね。特に体の欠損を治すときとかはかなりの集中力が必要だ。
「明日はリリアちゃんがフリーズ・バリアでみんなを守りつつ、フェルがジルにフリーズ・アーマーを使う。それでも防げなかったときのケガを私が治す。アーダンはいつも通り、敵を引きつける役ね」
「そうなるな。うまく相手の敵視をこちらに向けて、ジルの存在を忘れてもらわないといけないな」
ジルに対する警戒が薄まれば薄まるほど、首を刎ねるチャンスが高くなる。そしてジルの安全性も高くなる。
火の塊に長時間接近するのは危険だ。アーダンもなるべく離れたところから相手を挑発することになっている。そのため、今回の作戦では鎖の先端にトゲトゲの鉄球がついた武器を使うことになっている。
「あとは口から吐く火がどのくらいの強さなのかだね」
「そうね。遠くからならフリーズ・バリアでも十分に防ぐことができると思うけど、近くになるほど危険ね」
「うまく距離を取って戦わないといけないな」
そんな話をしている間に夕食が完成した。それをみんなに配ると、さっそく舌鼓を打った。そこにこれから大物と戦うことになることに対する緊張感はなかった。
「あれがビッグファイアータートルか。近づいてみると、思っていた以上に大きいな」
「本当ね。あれはまるで歩く岩山だわ。背中から火を噴いてるけどね。でもどう見ても大きくなったファイアータートルにしか見えないのよね……」
次の日の昼前に俺たちは目的に魔物を発見した。アナライズとジルの鼻を使って探したので、見つけるまでにはそれほど時間がかからなかった。だがしかし、ジルが言うように、想像を超えた大きさだった。リリアはまだ何かに納得していないようである。
「どうする? 作戦を変更する?」
エリーザがみんなに目線を送った。それもやむなしと思ったのだろう。しかしアーダンはそれを拒否した。
「いや、まずは試しに作戦通りにやってみよう。それでダメそうだったら改めて考えよう。無理に倒すことを考えずに、行動パターンをしっかりと見るんだ。離脱のタイミングを間違えるなよ」
その場の全員から「分かった」と言う声が上がった。実際に戦ってみて感触を確かめるのも悪くはないな。どのみち不測の事態は起こるはずだからね。
「フェル、リリア、守りは任せたぞ。エリーザ、早めの治癒を頼む。それから魔物からの安全な離脱を最優先にするように」
ビッグファイアータートルに近づく前にフリーズ・バリアの魔法をリリアが使った。すでに周囲の温度が上がりつつあったからだ。木々が枯れた原因はおそらくこいつの仕業だろう。こいつが周囲の水分を熱で蒸発させて、豊かな森を乾燥させていたのだ。
様子を見ながらジリジリと近づいていく。周囲に別の魔物の反応はない。おそらく他の魔物も近づけないのだろう。ビッグファイアータートルの動きは非常に遅かった。そのせいでますます乾燥が進んだのかも知れない。
ビッグファイアータートルがこちらに気がついた。長い首を伸ばしてこちらを見てる。思ったとおり首には甲羅も鱗もなかった。これならジルの剣の腕前なら切れるだろう。
「攻撃を開始する。準備はいいな?」
アーダンのささやきに首を縦に振って答える。アーダンが鉄球を振り回し、ビッグファイアータートルにたたきつけた。背中の甲羅の部分に当たったが、鈍い音と共に跳ね返される。だがこのことは予想通りである。
「グオオ……!」
こちらを威嚇するように叫んだ。その途端、ビッグファイアータートルの火力が上がった。背中の甲羅からは火がほとばしっている。魔物の近くに生えていた木が徐々に炭化している。
「フリーズ・バリアがあって助かったぜ。こりゃ、調査団には相当の負傷者が出てたはずだぞ。報告書に死者数の数が書かれていなかったわけだ」
そう言いながらも、アーダンは再び鉄球をたたきつけた。頭を狙った鉄球は、ビッグファイアータートルが素早く首をすくめることで回避した。どうやら相手も、自分の弱点は分かっているようだ。
「グガ、グガオオ……!」
平気な様子で立っている俺たちの存在に疑問を持ったかのように、ビッグファイアータートルが声を発した。普通なら火傷どころでは済まないだろう。警戒するように、リリアを含めた俺たち四人を見つめて、目を離さなかった。
動きは遅く、甲羅にまとわせている火をこちらへ飛ばしてくるわけでもない。どうやら攻撃方法は体から発せられる熱と、口からの火のブレスだけのようである。三度飛んできた鉄球を鬱陶しそうにしながら、首を引っ込めて回避していた。
ビッグファイアータートルは気がついていないようだ。そうやって首を引っ込めたすきに、ジルが死角から徐々に近づいていることに。
イライラした表情を浮かべて再び首を伸ばした。どうやらまとめて灰にすることに決めたらしい。口から大きく息を吸い込んだ。
「火を吐くつもりだ! 後ろに下がれ!」
アーダンの指示に従って俺たちは一気に後ろへと下がった。それを逃がすまいと、前進しながら、さらに首を伸ばすビッグファイアータートル。それこそがまさにこちらの思う壺。
必殺のブレスを吐き出そうとした瞬間、ビッグファイアータートルの首が刎ねられた。巨体はあっという間に光の粒に変わり、あとには大きな魔石だけが残された。
「あ、もしかして、火のブレスを見たかったか?」
「良くやったぞ、ジル。だが、そんなサービスはいらん」
何事もなかったかのようにやって来たジルに、アーダンが首を振りながら答えた。
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