第54話 異常個体

 立ち枯れを引き起こした犯人を探す前に、まずは休息を挟みながら情報をまとめることにした。アーダンがコーヒーを入れるのを手伝いながら、魔法袋に入れていたお菓子をお皿に並べる。


 テーブルとベンチはリリアが準備してくれていた。飲み物と食べ物が並んだところで、一息ついた。辺りは荒涼としているが、心は少しずつ温まって来た。


「リリアのファイアータートル説が今のところ有力だな」

「ずいぶんと大きい個体がいるのかしら?」

「もしかすると、ファイアータートルが大量にいるのかも知れないよ?」


 うーん、と腕を組む俺たち。どちらにしろ、異常事態なのは間違いなさそうだ。それを倒せば問題は解決するのだろうか?


「匂いからすると、一匹だけみたいだな。同じ匂いしかしない」

「それじゃ、ビッグファイアータートルがいることになるわね」


 エリーザがそう結論づけた。それにしても、ジルの鼻は異常だな。似たような匂いを嗅ぎ分けることができるなんて。これまでアーダンたちが無事でいられたのは、ジルの鼻の恩恵が大きかったことだろう。


 休憩を終えた俺たちは再び調査を開始した。ここから先はジルの鼻に頼ることになる。ジルを先頭に、俺たちは周囲を警戒しながら先に進んだ。

 いい加減に立ち枯れの木を見続けるのにもウンザリしてきたときに、その魔物と遭遇した。


「大きい! あんなの初めて見たわ」

「あれがビッグファイアータートルか。まるで動く巨大な岩だね」

「しかも火を噴く岩ね。でも変ね。ファイアータートルがそのまま大きくなったみたいな姿をしてるわ」


 それを見たリリアが腕を組んでしきりに首をひねっている。どう言うわけか、ファイアータートルとビッグファイアータートルのことが相当気になるらしい。


「リリア、ビッグファイアータートルに近づくことはできるのか?」

「それは大丈夫よ。フリーズ・バリアを使えば、熱さを無効化できるわ。でも、ビッグファイアータートルなんて魔物、いたかしら? ファイアータートルの異常個体? そんなまさか……」


 リリアが先ほどから首をひねっていたのは、どうやらそのことを考えていたからのようである。リリアが知らない魔物か。リリアが封印されている間に生まれた新種なのかも知れないな。


「どうやら近づいて攻撃することはできるみたいだな。あとはどんな攻撃を仕掛けてくるかだな」


 さすがに魔物の情報が少ないな。一度エルフの国に戻ってから魔物の情報を収集するという手もあるが……。


「アーダン、一度戻ってから出直すのもアリだと思うよ」

「そうだな……一度、戻ろう」

「えー! 何でだよ! 今の話なら近づいてバッサリいけるだろう?」

「念のためだ。ここはすでにエルフ族の聖地なんだぞ? そこにいるやつが守り神とかだったらどうするんだ? あれは明らかに特殊な個体だぞ」


 その可能性があるのかは分からないが、確かに俺たちの依頼はエルフの森の調査だ。魔物の討伐ではない。調査依頼として見れば、十分な成果をあげていると思う。

 ビッグファイアータートルの存在と、立ち枯れが始まっている場所。その原因が、どうやら乾燥によるものだと言うことを報告すれば十分だろう。


「聖地に足を踏み入れたことがバレるけど、大丈夫かな?」

「そこは狩猟ギルドが何とかするだろう。そもそも、そのつもりで他国の冒険者を集めたんだろうからな」

「ああ、なるほど。エルフ出身なら、恐れ多くて聖地に足を踏み入れないだろうからね」

「そういうことだ。恐れ知らずの冒険者だからこその依頼なのだろう」


 こうして俺たちは、一度、エルフの国に戻ることになった。帰り道は行きよりも簡単だ。疲労回復魔法をエリーザに使ってもらって、一気に走って帰った。




 報告してから三日、俺たちは狩猟ギルドが用意してくれた宿に泊まっていた。王都に帰るのはちょっと待って欲しいとのことだった。三日もかかっているところを見ると、色々と揉めているのかも知れないな。


 その間、俺たちは勝手に出歩くわけにも行かず、だれか一人は宿に残った状態で魔物を狩りに行ったり、エルフの国を見て回ったりしていた。

 エルフの国には妖精がいるはずだと思っていたのだが、結局見かけることはなかった。


「妖精、いなかったね」

「何よフェル。あたしじゃ不満なわけ?」

「違う違う! リリアも仲間がいたらうれしいんじゃないかと思ってさ」

「そうねぇ……」


 あ、なんか微妙な顔をしているな。もしかすると、妖精同士ってあまり仲が良くなかったりするのかな? そういえば、リリアの口から仲間の話を聞いたことがないな。

 この話はあまりしない方が良さそうだと思いつつ、宿に戻った。


「ただいまー」

「ただいまー」

「おお、二人とも、帰って来たか。狩猟ギルドから依頼が来たぞ」


 そう言ってアーダンが依頼書を見せてくれた。そこには「ビッグファイアータートル討伐依頼」の文字があった。どうやらエルフの国でも、ビッグファイアータートルの存在を確認することができたようである。


「討伐に向かったけど、ダメだったみたいだね。被害が書かれていないけど、俺たちに依頼するってことはかなり強力な魔物なんだろうね」

「そうだと思う。ジルとエリーザが帰って来たら、作戦を立てよう」


 二人が帰って来るまでの間に、依頼書の地図と、オート・マッピングで得られた情報を比較した。その結果、おおよその敵の位置を把握することができた。

 そのうち、二人が帰って来た。


「こんなことならもっと早く帰って来るんだったぜ」

「ジル、早く帰って来ても出発するのは明日になるわよ」

「だな。準備もなしに向かうわけにはいかないからな」


 全員がそろったところで改めて依頼書を確認する。今回はビッグファイアータートルの行動パターンもある程度分かっていた。


「口から火を吐くか。ドラゴンかよ。カメのくせに」


 ジルが嫌そうな顔をしている。ブレスを気にして、簡単には近づけないと思っているのだろう。


「燃えている甲羅はかなり硬いようだ。刃が立たなかったらしい」

「ビッグファイアータートル自身は熱くないのかな?」

「そういう魔物なのよ。熱さなんてないわよ、きっと」


 魔物は本当に良く分からない生態系をしている。一体何を食べているのか見当もつかない。周りのものは全部燃えてしまうよね?


「氷魔法は到達する前に溶けてしまったそうだ。何の対策もなしに近づくのは危険だと書いてある。その点、俺たちにはフェルとリリアのフリーズ・バリアがある。接近戦も可能なはずだ」

「どれだけ熱いのよ、そのカメ」


 エリーザがあきれていた。弱点と思われた氷魔法がどうやら効果はイマイチのようである。それなら魔法による攻撃方法を考えないといけないな。水魔法や氷魔法は蒸発したり、溶けたりしてダメかも知れない。

 だとすれば、火魔法、土魔法、風魔法あたりで何とかした方がいいな。それでも微妙かな?


「他にどんな魔法を使ったの?」

「あとは土魔法と風魔法も使ったみたいだが、硬い甲羅に跳ね返されたらしい」

「魔法耐性も高そうね。どうしたものかしら?」


 うーんとリリアも首をひねっている。硬い甲羅で守られているなら、内部破壊するしかないのかな? 口の中にバースト系の魔法を放り込んでみるか? それはそれで、なかなか難易度が高そうである。


「ねえ、さすがに首までは甲羅で覆われていなかったわよね?」


 何か良い案を思いついたのだろう。エリーザの口角が上がっている。思い出すように、みんなが眉間をトントンと指でたたいている。確か甲羅はなかったはずだ。


「なかったと思う」

「あたしもフェルと同じ意見ね。確か首の部分には甲羅も鱗もなかったわよ」

「それじゃ、そこをジルが狙うのはどうかしら?」

「なるほど、首を刎ねるというわけか。それなら行けそうだな。どうだ、ジル?」


 アーダンも賛成のようである。ジルにみんなの視線が集まった。ジルの剣技でスポーンと首を飛ばすのだ。それなら甲羅の硬さは関係ない。


「まさかジル、できないのかしら?」


 リリアが挑発するような口調でそう言った。それに煽られたジルの顔が赤くなっていく。どうやらジルはちょっとした挑発にも乗ってしまうタイプのようである。


「で、できらぁ!」


 これで決まりだ。ビッグファイアータートルの隙を俺たちが作って、ジルが一撃で決める。

 接近するジルが熱くならないように、かつ、戦いの邪魔にならないように、フリーズ・バリアを調節しないといけないな。これはこれで難易度が高そうだ。


「よし、決まりだな。それじゃ準備を始めよう。場所は大体分かっている。明後日には見つけることができるはずだ」

「それじゃ、私は買い出しに行って来るわ。食料がずいぶんと減ってるからね」

「俺も買い出しについていこう」


 アーダンがそう言った。食事担当だからね。食材をどれにするかは死活問題なのだろう。エリーザ一人には任せられないと言うわけだ。


「俺たちはジルと魔法の打ち合わせをしておくよ。ジルが戦いやすい状態にしないといけないからね」


 アーダンとエリーザは買い出しに、俺とリリアとジルは魔法の打ち合わせに入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る