第53話 ファイアータートル

 少し時間がかかったが、確認が取れたようである。職員はアーダンに紙を渡していた。それを受け取ったアーダンは俺たちがたむろしている場所にやってきた。どう見ても、数枚の紙である。


「アーダン、何だか情報が少なくない?」

「同感だ、フェル。どうやらまだ情報が出そろっていないようだ」

「到着するのが早かったかしら?」

「でも、別に急いでここまできたわけじゃないわよ?」


 何かエルフの国に問題でも起きているのだろうか? 資料を読んでいたアーダンが唸り声を上げている。どうも良くない情報が書かれていたようである。


「これを読んだ限りでは、この辺りの大森林には特に問題は起こっていないらしい。それで、さらに調査するためには大森林の奥地に入らなければならないわけだが……どうやらエルフ族の中でも聖地とされているようで、情報が表に出ないように情報規制が設けてあるらしい」

「おいおい、それって、ここで待ってても大事な情報が入って来ない可能性があるってことじゃないか」


 ジルの真っ当な意見にみんな沈黙した。それを言ったジルは不安そうに顔をキョロキョロさせていた。どうやら自分の意見が間違ったのかと思っているらしい。ジル、合ってるよ。


「ジルの言う通りだわ。精確な情報を集めるなら、実際に大森林の奥地へ行くしかないみたいね」

「でも、エルフ族の聖地なんかに勝手に行っても良いのかな?」

「よし、この資料を返すついでに、そこのところも聞いて来る」


 そう言ってアーダンが席を立った。どうやら依頼を受けている冒険者が多いらしく、資料は持ち出し禁止になっているようだ。


「ねえ、行ったらダメって言われたらどうするの?」

「そんときはな、リリア、内緒で行くんだよ、内緒で」

「わお、ジル、悪いこと考えてる~」

「よせやい」

「いや、ほめてないから」


 エリーザが悪い顔をしている二人を半眼でたしなめていた。でも、そうするしかないんだよね。そんなことを考えていると、アーダンが戻ってきた。


「どうやら基本的に聖地に入ることは禁止されているらしい。だが、公にしなければ入っても構わないということだった」

「ジルが言ったことは近からず遠からずね」


 エリーザがあきれていた。それはジルとリリアに対してなのか、それとも、エルフの国に何か起きているかも知れないのに、そんなことを言っている国に対してなのか。


「ああ、だから集まっている情報が少ないんだね。公にしないために、狩猟ギルドには報告できないからね」

「フェルの言う通りだろうな。情報を集めるなら、冒険者仲間に直接聞いた方が早そうだ。だが、その冒険者仲間も今この国に来たばかりだろうし、当てにはなりそうにないな」

「結局自分たちの足で情報を集めるしかないのね」




 翌日からさっそく大森林の調査を開始した。当然のことながら聖地の地図はない。この木々が生い茂る天然の迷路を、何の道しるべもなく進むのは無謀だろう。普通は。

 だがしかし、俺たちにはオート・マッピングがある。迷うことはなかった。


「ねえ、その魔法、ずるくない?」

「しょうがないわね。あとでエリーザにも教えてあげるわよ」

「やったー! ありがとうリリアちゃん!」

「ええい、暑苦しい!」


 リリアを抱きしめてチュッチュするエリーザを両手で押し返していた。いいなぁ。と思っていると、アナライズに反応があった。


「ジル、進行方向左に魔物だ。フォレストベアーだね」

「任せとけ、雑魚に用はねぇ!」


 いや、フォレストベアーはそこそこ強い魔物だったはずだけど。シルバーランクだと苦戦するんじゃなかったかな? 目の前ではイイ顔をしたジルが一太刀で魔物を倒していた。


「フェル、他はいねえのか?」

「こっちに向かってくる魔物はいないね。どちらかと言うと、今ので逃げて行ったみたいだね」

「この根性なしどもが」


 感情を持たないと言われている魔物が逃げ出すとはよほどのことだと思う。それだけジルからはただならぬ殺気が漂っていると言うことか。


「落ち着け、ジル。フェル、野営に適した場所があったら教えてくれ。そろそろ夜のことも考えなければいけない時間帯だ」


 木々に覆われていて日の光は見えないが、どことなく薄暗くなりつつあるような気がした。時計を見ると、もうすぐ午後五時になろうかとしていた。


「少し先に進んだところに泉があるみたいだよ。そこはどうかな?」

「いいな。そこにしよう。案内を頼む」


 たどり着いた泉は、どうやら清らかな水をたたえているようだった。アナライズで調べても特に異常はなかった。


「よし、さすがに今回はテントにしなければいけないだろうな。聖地に妙な建物を作ったら、怒られるだろうしな」

「了解。それじゃ、周囲に魔物よけのバリアを張っておくよ」

「そんじゃ、俺たちはテントの準備をしておこう」

「あたしはかまどを作るわ」


 役割分担を終えると、すぐに行動を開始した。野営に慣れてきたこともあり、ほどなくして全ての準備が終わった。


「大森林の調査は明日から本番だな。何か異常を感じたらすぐに言うように」

「今のところは何もないわね」

「俺も特にはないかな」


 俺とリリアはそう答えた。エリーザも特にはなさそうなのだが、ジルは考え込んでいた。ジルが考え込むなんて、珍しい光景なのではなかろうか。何かあったのかな?


「なんかさ、焼けた匂いがするんだよね」

「焼けた匂い? この辺りの湿った匂いじゃなくて?」


 みんなの注目がジルに集まる。何か異常を感じ取ったのかも知れない。スンスンと周囲の匂いを嗅いでみたが、俺の鼻には何の異常も感じられなかった。


「そうだな、湿った匂いももちろんするが、それに混じってかすかに焼けた匂いがする。木が焼けた匂いなのかな? 何か違う気もするけどな」


 何だろう? あの枯れた木と何か関係があるのかな? 遠くからで良く見えなかったけど、あの木が枯れていた原因は森林火災だったのだろうか。でもそれなら、ゲーペルの村でも異常を感じたはずだ。あれだけの規模の森が燃えていたら、空が煙で覆われているだろうからね。


「それじゃ、明日はその匂いを追ってみるとしよう。頼んだぞ、ジル」

「ああ、任せておいてくれ。嗅覚には自信があるからな」


 次の日、もうすぐお昼の時間になろうかというときに俺たちは大森林を抜けた。いや、抜けてしまった。

 本来ならばまだ続いていたであろう大森林の木々が、その地点を境に、急激に失われつつあった。


 木々の密度は進むほどの薄くなり、地上に光が差し始めた。そしてついには下草も生えない、枯れた木々が連なる場所へとたどり着いた。


「ジル、匂いはこの先か?」

「ああ、そうだな。まだ先だ。それにしても、この辺りの木が枯れているのは何でなんだ?」

「立ち枯れしてるみたいね。何かの病気かしら?」


 エリーザがそう言いながら木を観察している。俺も気になって近づいてみる。だが植物学者じゃないのでサッパリ分からない。アナライズにも反応はない。どうやらただの枯れ木のようである。

 試しに木の枝をつかむと、パキリと軽い音を立てて折れた。


「見てよ、これ。カラカラに乾燥してるよ。もしかすると、この辺りの水分が無くなったんじゃないの?」

「そんなバカな……だがフェルが言うように、いい薪になりそうなくらいに乾燥しているな」


 アーダンが木の枝を折りながらそう言った。どうやら木が枯れた原因は乾燥のようである。でもどうなったらこんなことになるんだ?


「ねえ、もしかしたら、ファイアータートルが原因じゃないかしら?」

「ファイアータートル? 聞いたことがない名前の魔物だね。リリア、どんな魔物なの?」

「えっとね、身を守るために、体からものすごい熱を放出してる魔物よ。そいつがいると、植物が育たないのよね。でもおかしいわね。こんなに広範囲に影響を及ぼすような魔物じゃないんだけどな。そんなに大きくないし」


 リリアが両腕を組んで首をひねっている。どうやらリリアが知っているサイズだと、ここまでの影響は出ないようである。


「それじゃあ、そいつの親玉が近くにいるんじゃないのか? この辺一帯を枯らすほどのでっかいヤツが。もしかして、俺が感じ取った匂いはそいつか?」

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