第52話 エルフの国

「最高だな、ヒノキ風呂」

「ああ、最高だ。これを知らないやつらは損してるな」

「手のひらを返すのがお早いことで」


 宿の中にある待合室でコーヒー牛乳を飲みながらそう言ったアーダンとジルを、エリーザがどこかあきれたような目で見ていた。


「まあまあ、そう言うなって。だれにでも間違いはあるさ」

「これなら、今後野営をするときはお風呂付きの家にしても良さそうだね」

「風呂まで作れるのかよ。最高だな」

「もはや何でもありね……」


 完全にエリーザがあきれた様子だ。何だろう、俺も何でもありなような気がしてきたぞ。同じくコーヒー牛乳を飲んでいたリリアが聞いてきた。


「エルフの国までどのくらいかかるの?」

「王都から馬車を乗り継いで四日だな」

「結構遠いね。前回みたいに走って行く?」

「いや、やめておこう。道中に何が起こるか分からないからな。魔力と体力はなるべく温存しておいた方がいい。それに早く着いても、エルフ国内で十分な情報収集ができていないかも知れない」


 確かにアーダンの言う通りだな。現地の情報が多くあるに越したことはない。急いでばかりではなく、待つのも仕事だな。それにしてもエルフの国か。どんなところなのか楽しみだ。


「アーダンたちはエルフの国に行ったことはあるの?」

「ああ、もちろんだ。あそこのには強い魔物が出る森があってな。そこでしか採れない錬金術素材があるんだよ。それを採取しに何度か行ったことがあるな」

「あー、あの依頼ね。実入りは良いんだけど、素材を探すのに何日も時間がかかるのよね。大変だから二度とやりたくないわ。……ねえ、もしかしたら、今ならすぐに見つかるんじゃないの? ほら、アナライズを使ってさ」


 エリーザが同意を求めるようにこちらを見た。俺とリリアはそろってうなずきを返した。たぶんそうだと思う。と言うか、すでにアナライズを使って素材採取をしている。とても楽できますよ。


「何か、二人だけずるくない?」

「そんなことはないさ。これも地道に魔法の訓練を行っていたからこそ、なせる技だよ」


 エリーザはまだ微妙な顔をしていたが、とりあえず話をそらすことにした。確かにアナライズを使えない人からすると、ずるいと思われても仕方がないだろう。何せ、アナライズさえ使えれば、新米冒険者と言えども、いくらでもお金を稼ぐことができるからね。


「そう言えばさ、エルフの国は自然が豊かな場所で、世界樹があるっていうウワサを聞いたことがあるんだけど、どんな木なの?」

「ああ、それな。あくまでもウワサだよ。だれも見たことがない」


 アーダンが素っ気なく答えた。だれも見たことがないって、それってないってことじゃないのかな? それを聞いたリリアの顔が少し曇ったように見えた。


「やっぱり枯れちゃったんだ。前から元気がなくなってたもんね。まあ、しょうがないわね」

「リリアは世界樹を知ってるんだ?」

「まあね。世界樹の周りは清らかな魔力で満ちていたからね。よくみんなで遊びに行ったわ」


 みんなか。その昔にはもっとたくさん妖精がいたのかも知れないな。今のところ、俺はリリアしか見たことがないけどね。もしかすると、エルフの国に行けば妖精に会えるかも知れないな。


「もしかしたら、世界樹が枯れたことも何か関係しているのかな?」

「世界樹っていつ枯れたんだ?」

「……さあ?」


 アーダンとエリーザがしきりに首をかしげている。少なくとも、ここ最近の話ではないようだ。どうやらリリアはかなりのご高齢のようである。




 王都を出発した俺たちが乗る「エルフの国行き」の乗合馬車には、他にも冒険者の姿があった。どうやら同じ依頼を受けているようである。これなら馬車に護衛は必要なさそうだな。


「情報の取り合いになっちゃうのかしら?」


 リリアがぽよぽよの眉を寄せて聞いてきた。そんなリリアの頭をなでながら答える。サラサラした髪の毛の感触が気持ち良い。


「別にだれが有力な情報を集めたっていいんじゃないかな? それよりも、森が枯れた原因を突き止めないとね。もし他の魔境の森でも同じようなことが起こったら、そこからあふれ出た魔物で、周辺の町や村が襲われることになるよ」

「フェルの言う通りだな。情報収集合戦よりも、集めた情報から得られたものが大事だな」


 アーダンの顔つきは真剣そのものである。嫌な予感がしているのかも知れない。実は俺も、ずっと妙な胸騒ぎがしているのだ。何か、こう、だれかに呼ばれているような気がする。気のせいだと良いんだけど。


「何だか俺、強いやつが呼んでいるような気がするんだ」

「まーたジルのいつもの発作が始まった」

「違う! 今回は本当だ!」


 ……気のせいだな、きっと。

 俺たちの旅は順調に進んだ。エルフの国まではいくつもの森や山あいを抜けることになるのだが、野生動物や魔物が現れても、すぐに同乗していた冒険者たちによって倒された。

 魔物が落とす魔石はお金になるもんね。お小遣い稼ぎになっているようである。


 俺たちはと言えば、プラチナランク冒険者でお金には余裕があるため、手を出すことはなかった。逆に手を出せば怒られそうだ。

 ジルが文句を言うかと思っていたのだが、彼いわく「小物には用はない」そうである。


「そろそろエルフの国が見えてくるころ何だけど……あ! ウワサをすれば見えて来たわよ!」


 エリーザが教えてくれた方を見ると、そこには巨木が立っていた。遠くからでも良く見えるそれはエルフの国のシンボルと言っても良いのではなかろうか。それほど堂々と天に向かって高くそびえ立っていた。


「あの大きな木、世界樹じゃないの?」

「違うわね。あれはただの大きな木ね。地脈が近くにあるんじゃないかしら?」

「リリアちゃんの言う通り、あれはただの大きな木なんだってさ。でもエルフの国ではご神体としてあがめているみたいよ」

「なるほど、世界樹の代わりか」


 そんなことを話しているうちに、どんどんと巨木が近づいてきた。見れば見るほど大きな木だな。世界樹とどこが違うのだろうか。違いがちょっと気になるな。

 馬車はそのままエルフの国の門を通過して行った。検問などはないようである。


 門から入ってすぐのところにあった広場で俺たちは下りた。初めて足を踏み入れたエルフの国。周囲を見ると、確かにたくさんのエルフたちが行き交っていた。その他にもドワーフや獣人族などの姿もある。


 道は全て土を押し固めて作られていた。王都のように石で作られた道はない。いや、石畳の道がないだけじゃなかった。建物も全てが木でできていた。火事になったときは大変そうだな。

 でもそうか。エルフはみんな魔法を使えるという話だったので、すぐに水の魔法で消火することができるのか。


「どうだ、初めて見るエルフの国は?」

「私たちも初めて来たときはキョロキョロしてたわよね。分かるわ、その気持ち」


 どうやら一人で浮ついていたようである。ちょっと恥ずかしい。リリアはと言うと、特に何も気にしている様子はなかった。その昔に来たことがあるみたいだったので、てっきり懐かしく思うかと思っていたのに。


「まずは宿を探すところからになるのかな?」

「そうだな。まあ、お金はそれなりにあることだし、少し高い宿を探せば部屋もあいているだろう」


 エルフの国にはお城はないようである。大きな建物と言えば、先ほどの巨木くらいで、ほとんどの家が二階建てだった。まれに三階建ての建物が見えるくらいだ。どうやって国を治めているのかを聞いたら、どうやら部族長がおり、それが集まって国の方針を決めているらしい。


 無事に宿を確保した俺たちは、フォーチュン王国の冒険者ギルドと連携している、エルフの国の狩猟ギルドへとやって来た。どうやらここで、森での狩りを管理しているようだった。


「フォーチュン王国の冒険者ギルドから来た、プラチナランク冒険者のアーダンだ。エルフの森の調査依頼について、詳しい情報が欲しい」

「アーダンだな。ちょっと待ってくれ」


 受付カウンターにいたのは男性だった。どうやらエルフの国ではこれが普通のようである。他の窓口にいる職員もみんな男性だった。


「キレイなお姉さんが出てくると思っただろ? 残念だったな、フェル」


 ニヤニヤと笑顔を浮かべながらジルがそう言った。これはあれだな。俺とリリアの関係をからかっているな。ここはリリアに誤解を与えないように、ビシッと言わないといけないな。ビシッと。


「いや、そんなこと思ってな……」

「フェ~ル~?」

「だからリリア、思ってないって!」


 リリアに噛みつかれた。ちょっと痛い。

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