第50話 冒険者ギルドへの報告
衝撃的な光景を見てからすぐに俺たちは下山した。みんなの口数が少ない。いつもは陽気なリリアも、無言で俺の顔にしがみついていた。
無事に今朝出発した拠点が見えてくると、ようやく安堵のため息がみんなから漏れた。
拠点に入ると、すぐにアーダンがコーヒーの準備を始めた。俺もお湯を沸かしたりして手伝う。疲労感が濃いエリーザはテーブルの上に突っ伏している。
「ねえ、あれ、何だったのかしら?」
「サッパリ分からんな。リリア、魔力の流れはどうだった?」
「魔力はよく見る魔境程度には流れていたわよ。どうも草木だけが枯れていたみたい。そのうち、あの環境に適応した魔物が出てくるんじゃないかしら」
リリアがそう言うのだから、きっとそうなのだろう。環境に適応した魔物がまだ現れていないのならば、魔境の森が消滅したのは最近の出来事なのだろう。あれだけの森がなくなるなんて、一体何があったのだろうか。
「この件については急いで冒険者ギルドに報告した方が良さそうだね」
「同感だ。明日の朝一でここを出発しよう。それまでしっかり休んでおいてくれ」
「あの森の先はエルフの森があるはずだけど、そっちは大丈夫なのかしら?」
「それも含めて報告した方が良いな。もしかすると、すでに何か異常事態が起こっているかも知れない」
入れ立てのコーヒーの香りは素晴らしかったが、心の中には何か苦いものが残った。まさかプリンの卵のための行動が、こんなことにつながるとは思わなかった。
「そうなると、昨日俺たちが倒したオーガたちは、魔境の森がなくなったからこちらに流れて来たと考えて良いのかな?」
「俺もフェルの意見に賛成だな。一か八か、何もない山に向かったのだろう」
「その結果、ゲーペルの村は壊滅し、オーガたちも全滅した」
平穏というものは簡単に崩れるものだと改めて実感した瞬間だった。
翌日、俺たちはすぐに出発した。拠点の建物は村の復興の邪魔にならないようにするためにキレイに元の更地に戻しておいた。
「相変わらず、すごいな」
「本当ね。床の木材はどこにいったのよ」
「まあまあ、そんな細かいこと気にしない、気にしない」
そう言ってリリアがごまかしていた。どうやら秘密のようである。俺も精霊魔法がどうなっているのかは分からない。どうも俺たちが使っている魔法とは次元が違う魔法だということだけは分かった。
ブキャナン辺境伯の領都を素通りして、そのまま王都へと向かう。領都の冒険者ギルドに報告しても良かったのだが、どうせ王都の冒険者ギルドにも報告に行かなければいけなくなる。
それならば、報告するのは王都の冒険者ギルドだけでいいだろうということで一致した。
エリーザの治癒師としての腕前は一級品のようで、疲労回復、疲労軽減魔法を使い続けることによって、ほぼ一日中走り続けることができた。そのおかげで、一日で王都に到着することができた。
「さすがはエリーザだ。まさか一日で王都まで帰ることができるとは思わなかったぞ。あとは俺が報告に行くから先に宿に帰ってろと言いたいところだが、事情が事情だ。みんなにも一緒に来てもらうぞ」
「え~、俺も行くのかよ」
「あ、ジルは要らないかもね」
「うわ! それはそれで嫌だぞ!」
エリーザの一言に危機感を抱いたのか、ジルもついて来ることにしたようだ。何だかんだ言って、エリーザはジルの使い方が上手だった。
王都の冒険者ギルドは日が暮れたこの時間でも人が多かった。
「プラチナランク冒険者のアーダンだ。ギルマスはいるか?」
「アーダンさん、お帰りなさい。何かありましたか?」
「ああ。報告しなければならないことがある」
アーダンのただならぬ様子に気がついた受付嬢がギルマスのラファエロさんを呼びに行った。それからすぐに奥の部屋に来るように案内された。
部屋に入ると、すでにラファエロさんが待っていた。
「何かあったみたいだね、アーダン。おや、フェルくんも一緒だとは。もしかして、パーティーを組んだのかい?」
「えっと……」
思わずアーダンたちの顔を見た。そう言えば、正式にパーティーを組むような話はしてなかったような気がする。
「そうだ。今回の依頼で偶然出会って、一緒に行動することになった」
「そうですか。それは良かった。これで頼れるプラチナランク冒険者のパーティーがまた一つ増えましたよ」
ラファエロさんはうれしそうである。この様子だと、プラチナランク冒険者の中には癖が強い人たちもいるのかも知れないな。まあ、俺たちもそうだったのかも知れない。ソロで妖精を連れているプラチナランク冒険者だなんて、癖が強すぎるだろう。
「それで、一体何がありましたか?」
キリッとラファエロさんがギルドマスターの顔になった。俺たちは代わる代わるここまでの経緯を話した。エルフのラファエロさんはこの話に大いに関心を示した。それもそうか。この異変がエルフの森までつながっている可能性があるからね。
「大森林が枯れるとは……そんな話はこれまで聞いたことがないですね」
どうやらあの山の向こうにある魔境の森は、エルフたちの間では「大森林」と呼ばれているようだ。ラファエロさんは目を閉じ、額を指でたたいている。リリアによると、ラファエロさんはおじいちゃんみたいなので、エルフの中でも特に年上なんだと思う。
「分かりました。早急に調査するように手配をしておきます。あなたたちも疲れているでしょう? あとは冒険者ギルドが責任を持って扱いますので、安心して休んでおいて下さい。事と次第によっては、あなた方に再度依頼する可能性もありますからね」
どうやらラファエロさんは大森林が枯れた現象がただ事ではないと判断したようである。俺もあれはただ事ではないと思っている。一体何が起こっているのだろうか。エルフの森と何か関係があるのだろうか?
「それじゃこれで依頼の報告は完了だな。受付で金を受け取ったら飯にしよう。王都で良い店を知っているんだ。一緒に来るだろう?」
「もちろんだよ。あ、リリアは酒癖が悪いから、お酒を飲ませないようにしてね」
「ちょっと、そんなことないわよ!」
リリアがプンプンと怒り出した。もしかして、そうじゃないかとは前々から思っていたけど、お酒を飲んだあとのことを覚えてない!?
「えー、なになに? リリアちゃん、お酒を飲むとどうなるの?」
「……どうなるの?」
リリアも身に覚えがないことに気がついたようであり、首を傾けて俺の方を見た。
「脱ぐんだ」
「……」
「……」
気まずい空気が流れた。まあ、そうなるよね。俺もそうなって当然だと思う。
「さ、さあ、店が閉まる前に行こうじゃないか。あの店は肉がうまいんだよ、肉が!」
「お、おう、あの店か。あの焼き肉店、最高なんだよな。さあ、行こう!」
気を遣ってアーダンとジルが固まりかけた俺たちを引っ張って行った。
アーダンおすすめのお店なだけあって、人で混み合っていた。だが、客席が多いのか、客の回転率が良いのか、それほど待たずに席に着くことができた。
俺たちの前には高級な肉が皿の上に並べられていた。さすがはプラチナランク冒険者。稼ぎがその辺の人たちよりも段違いなのだ。たぶん、この店で一番高いメニューを選んでいるはずだ。
「それじゃ、新しい仲間に乾杯だ」
「乾杯ー!」
みんなでグラスを鳴らしてエールで乾杯する。もちろん、リリアのコップにもエールが入っている。前はリリア専用のコップがなく、木の実で作った大きめのコップを使っていた。だが、今なら適正サイズのコップになっている。きっと大丈夫なはずだ。
リリアだけ仲間はずれにするわけには行かないからね。
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