第49話 森の異変

 冒険者の朝は早い。いや、正確には、アーダンの朝は早い。俺たちが起きたときにはすでに朝食の準備を始めていた。


「おはよう、アーダン。手伝うよ」

「おう、おはよう、フェル、リリア。しっかり眠れたか?」

「もちろんだよ」


 アーダンが俺たちのことを気にするかのように、チラチラと見ていた。昨日の夜、俺とリリアが同じ寝袋で寝たことを気にしているのかも知れない。いつものことなので気にしなくて良いのに。

 朝食は昨日の残りのシチューと、それだけでは足りないので、パンも食べるようである。

 パンを切って準備していると、残りの二人も起きてきた。


「おはよう。相変わらず早いわね」

「ねみー」

「おはよう。顔を洗ってこい」

「おはよう、二人とも。水の準備はできてるよ」


 二人はノロノロと外に出て行った。どうやら二人とも、朝はあまり強くないようである。アーダンは本当に大変そうだ。まるでパーティーメンバーの母親役だな。


「水が自由に使えるのはいいな。いつもなら、魔法袋に入った水の残量を気にしないといけないからな」


 水が出る魔道具もあるが、そこそこのお値段がする。それに魔石代もタダじゃない。魔法袋を持っているなら、樽に入れた水を持ち運んだ方が安上がりなのだろう。


「この魔法は生活魔法だから、エリーザも使えるんじゃないかな?」

「そうね。あとで教えておきましょう」

「それは助かるな」


 テーブルに朝食の準備が整ったころ、スッキリした表情の二人が戻ってきた。


「冷たくて最高だった」

「そう? ジルがそう言うなら、もっとキンキンに冷やしておいた方が良かったかしら?」

「私は普通でいいわ。普通で」


 若干、エリーザの顔が引きつっているように見えるのは、イタズラ妖精のウワサを知っているからだろうか。だがリリアならやりかねないな。しびれるくらいの冷たさの水が用意される可能性はとても高いと思う。


「よしみんな、食事をしながら聞いてくれ。今日の予定はあの山を登ってから、ここまで戻ってくることだ。山頂付近の岩場まで行けば、山の向こう側の景色も見ることができるはずだ」

「これもゲーペルの村の調査依頼に含まれるってことね」

「そういうことになるな。ゲーペルの村が再建できるかの指針の一つになるはずだ」


 エリーザの確認にアーダンがうなずいた。昨日倒したオーガで全てなら、またこの場所に村を作ることも可能だろう。この辺りはなだらかな丘に牧草地が広がっており、畜産業をするにはとても良い環境である。王都に近いのも捨てがたい要素の一つだ。


「俺たちが飛んで行くのが早いけど、それだとアーダンたちの目で確認できないから、意味がないか」

「なあ、俺たちは飛べないのか?」

「無理ね。空を飛ぶ魔法は、飛ばす重量が増えるほど安定しなくなるのよ。地面に突っ込みたいなら飛ばしてあげてもいいけどね」

「遠慮しておきます」


 リリアの問いかけにジルが即答した。さすがのジルもそれはまずいと思ったようである。それでも飛ばせてくれとは言わなかった。


「登山するのはいいとして、あの山にオーガが残っていたりするのかしら?」

「分からんな。もしかすると、オーガ以外の魔物もいるかも知れん。油断はしない方がいいな」

「アナライズの練習にもなるし、ちょうど良いんじゃないかな?」


 そう言った俺の顔を、エリーザが半眼でにらんだ。あれ? 間違ったかな?


「あのね、フェル、あれだけ魔力の消費が激しい魔法を使い続けられるのは、あなたたちくらいだと思うわよ?」

「そんなまさか」

「そんなまさかよ」


 おかしいな、そんなつもりは全くなかったんだけど。あ、リリアが「何を今さら言っているのか」って顔でこちらを見ている。ちょっと傷つくぞ。


「高く険しい山じゃないから、今の装備でも問題なく登れると思う。だが、もし無理そうならすぐに引き返すからそのつもりでいてくれ」

「了解。時々空を飛んで、周囲の地形を確認するようにしておくよ」

「よろしく頼む」




 朝食が終わると、すぐに登山を開始した。時刻は日が昇り始めたばかりだが、時間に余裕があることに越したことはないだろう。最悪、山中で野営をすることになるが、そのときは地下室を作って、そこで過ごそうと思っている。


 ゲーペルの村から山までは一時間もかからずに到着した。ここまでの道のりは短い草が生えた草原になっており、おそらくこの付近でも家畜を放牧していたのだろう。

 山につながる道はなく、村の人が山を訪れることはなかったようである。


「今のところ、異常なし」


 アナライズには何の反応もなかった。錬金術で使われる素材の反応すらない。


「そうか。何かあったらすぐに教えてくれ」

「うまそうな匂いもしないし、この山に食い物の気配はないな」


 うまそうな匂いがしない? もしかして、ジルは鼻がいいのかな? 三人のときにどうやって周囲の状況を把握しているのかと思っていたのだが、どうやらジルの鼻が異常を察知していたようである。それはそれで、すごい能力だと思う。


「どうやら何もない山みたいね。薬草すら生えていないわ」


 アナライズを使ったのだろう。エリーザが首を左右に振った。


「薬草も生えてないんじゃ、人も来ないか」

「何もない山、ね。そう言えば確かに、土の魔力が極端に少ないわね。どこかで地脈が詰まっているのかしら?」


 リリアが首をひねった。地脈って詰まることがあるんだ。魔法や魔力についての知識が豊富な妖精だからこそ、そういったことも知っているのかも知れないな。


「妖精は魔力の流れを見ることができるって、本で読んだことがあるわ。だからリリアちゃんは土の中に含まれる魔力が分かったのね。だから薬草が生えていないのか」

「え? 薬草と魔力って関係あるの?」

「そうみたいよ。土に含まれる魔力が多い場所の方が薬草がたくさん生えているって話を聞いたことがあるわ」


 それは知らなかったな。それなら、魔力が豊富な土地にはたくさんの錬金術素材があるということか。これは素材採取のときに役に立ちそうな情報だぞ。


「もしかして、魔物が寄りつかないのはそのせいなのかも知れないな。ほら、魔物は魔力を食べているって良く聞くだろう? 魔力が含まれない物じゃ、生きていけないんじゃないかと思う」

「なるほど、それは一理あるかも知れないね。それじゃこの山に魔物がいないのはそのためなのかも知れないな」


 そんなことを話ながらも、俺たちは山の中を進んで行った。魔物の気配や、錬金術素材はなかったが、小動物の気配はあった。やっぱりリリアを狙っているのかな? 大きな昆虫と思われているのかも知れない。本人に言ったら怒られそうだけど。


 道なき道を進んでは、時々空を飛んで場所を確認する。空から山を見下ろしても、特に変わったところはなかった。そうこうしているうちに、昼食をとり、ついに山頂付近の岩場へと到着した。


「結局何もいなかったな。この先の魔境の森に期待だな」

「ジルはどこまで行くつもりなのよ」


 エリーザが深いため息をついた。どうやらかなり疲労している様子である。ちょくちょくアナライズの魔法を使っていたので、そのせいなのかも知れない。


「おい、あれを見てみろよ」


 少し先を進んでいたアーダンが固い声を上げた。何があったのかと、みんながそれに続いた。


「何、あれ……」

「おいおい、魔境の森はどこ行った?」

「森が、森が枯れているの?」


 目の前には本来あるハズだった魔境の森はなく、山のふもとには枯れた木々が辺り一面に広がっていた。木々の間からは赤茶けた土が見えており、下草さえ生えていないのが分かる。

 アナライズを使うまでもなく、そこには生き物が何一ついないのが分かった。


「これがオーガたちが『何もない山』を越えてきた理由か。魔境の森がなくなってしまったのか……」


 その場にいた全員がぼう然とその光景を見ていた。

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