第48話 山の向こう側にあるもの

 おいしい料理があると、お酒がなくても話は弾む。さすがに依頼が完了するまではお酒は飲まないようである。


「それじゃ、冒険者ギルドからの依頼でここへ調査に来ていたんだね」

「そうだ。どうも、オーガの群れが原因じゃないかってとこまでは突き止めていたみたいでな。それで俺たちプラチナランク冒険者のパーティーに白羽の矢が立ったと言うわけさ」


 アーダンがなぜ自分たちがここに来ているのかを教えてくれた。どうやら王都の冒険者ギルドには、ゲーペルの村が魔物に襲われた話が伝わっていたようである。

 当然と言えば当然か。冒険者ギルドにも行って、もっと情報を集めておくべきだった。


「それで、二人はどうしてここへ? 冒険者ギルドで依頼を受けたのか?」

「それが……」

「プリンよ」

「え?」

「え?」


 ジルとエリーザが声をそろえて言った。その顔は何を言っているのかサッパリ分からないという顔をしていた。


「あー、あそこのプリンで使っている卵はここから運ばれていたのか」

「知っているのか、アーダン!?」

「アーダン!? 何の話ィ!?」


 どうやらアーダンには伝わったようである。二人が知らないところをみると、どうやら一人で食べ歩きをしているようだ。


「えっと、プリンという名前のデザートがあってさ。その材料の卵が購入できなくなってプリンが作れなくなったんだよ。それでその原因を突き止めようと思ってここまで来たんだ」

「え?」

「は?」


 ジルとエリーザは混乱している。アーダンはウンウンとうなずいている。どうやらアーダンにはお分かりいただけたようである。


「何と言うか、自由だな、お前ら」

「悔しいけど、同感だわ」


 二人にあきれられてしまった。確かにプリンのためにここまで来たのはちょっと自由すぎたかも知れない。でも俺は、それが冒険者だと思っていた。


「それで、これからどうするつもりなんだ? 原因は分かったし、それも解決した。だが、村の再建には時間がかかりそうだぞ」

「確かにそうね。でも、根本的な原因はまだ分かっていないわ」


 腕を組んでそう言ったリリアに注目が集まった。一体何を言い出すんだとみんなが興味深そうな目をしていた。俺は何となくリリアが言いたいことが見えてきた。


「どうしてオーガがこの村にやってきたのかを突き止めないと。そうじゃないと、今度は違う魔物が襲いかかって来るかも知れないわ」

「オーガがこの村にやって来た原因か……確かにそんなことまで考えたことがなかったな」


 アーダンも考え始めた。冒険者ギルドからの依頼は、村の現状の確認とオーガ討伐だったのだろう。その点、俺たちは単純に自分たちの都合で動いていたため、色んな情報を仕入れていた。


「オーガに襲撃されるまで、この村では魔物に襲われたことがなかったみたいなんだ。それで俺たちはあの山の向こうからオーガがやって来たんじゃないかと思っている」


 窓から見える、月明かりに照らされた山の影を見た。それほど高い山ではないのだが、横に長く連なっており、まるでそこに黒い壁があるようだった。


「山の向こうか。確かそこもブキャナン辺境伯の領地だったな」

「えっと、そうみたいね。山の向こう側には森が続いているみたいよ。その森はエルフの森までつながっているみたいね。エルフの森へは他の道があるから、この山を抜けて行く人はいないと思うけどね」


 エリーザが地図を取り出して確認している。こんなときに周辺の地図があると便利だな。オート・マッピングの魔法が使えるため、どうしても紙の地図の必要性が下がってしまうのだ。どうせ現地に行けば正確な地図が手に入るからってね。


「その森は魔境なのか?」

「そうみたいね。どうも奇跡的にこの山は魔境じゃなかったみたいね」

「強いヤツがいるのかな?」

「いないわよ」

「いないな」


 エリーザとアーダンがすぐに否定した。どうやらジルは強いヤツと戦いたいらしい。戦闘狂だな。力を持て余しているのかも知れない。二人は取りあえず、いないことにしたいらしい。


「そう言えば、三人は同じ町の出身なんだよね? 同時にプラチナランク冒険者になれる実力者が三人も現れるのって、すごくない?」

「あー、それか」

「それがねぇ」


 アーダンとエリーザが苦笑している。どうやら何か訳ありのようである。俺とリリアがそろって首をかしげていると、ジルが口を開いた。


「俺たちがいた村は『勇者村』って呼ばれているんだ」

「え、勇者村?」


 ジルさんの思わぬ発言に声がうわずった。勇者村。何かすごそうな村だな。そんな村がフォーチュン王国にあるだなんて初めて知った。


「そうだ。勇者村だ。その昔、悪の大魔王を倒した勇者たちが作った村だ」

「本当なの?」


 ジルを疑っているわけではないが、念のためアーダンに聞いた。本の中には登場していたが、まさか現実に大魔王が存在して、勇者がいたとは思わなかった。


「どうやらそうらしい。それでちょくちょくジルのような力を持て余したやつが生まれて、村の外の旅立って行くらしい」

「……それって、厄介者払いされただけじゃないの?」

「そうとも言う」


 リリアの質問にアーダンが渋い顔をして答えた。恐らくアーダンもエリーザもその血が色濃く出たのだろう。人とは違う物を持っていると、異端と思われるのは宿命なのかも知れない。


「それで三人とも厄介者扱いされて村を出たのね」

「違うぞ?」

「え?」


 リリアが首をかしげている。あれ? 他の人よりも強い力を持っていたから、三人そろって村を追い出されたんじゃないのかな。


「ジル一人では何を仕出かすか分からないからな。俺たちがついて行くことにしたんだよ」

「そうそう。私たちはジルの監視人なのよ」

「おいおい、そりゃないだろ。二人も自分の力を持て余していたくせによ。自分たちのことは棚に上げるのか?」


 どうやら似たもの同士の三人組のようだ。だからこんなにコンビネーションがいいのか。村の中では同じような境遇だったのだろう。


「それで、二人はどうなんだ? たぶん普通じゃないよな」


 アーダンが聞いてきた。人に聞いておいて俺だけ話さないわけにはいかないか。まあ、詳しく話さなければ大丈夫だろう。


「俺は元貴族の子供なんだ。今は正式な手続きを経て縁が切れてるけどね。それで、父親から殺されそうになったんで逃げてきた」

「なるほど。貴族でよくあるやつだな。俺からすると、フェルは優秀に見えるけどな。ああ、だからか……」

「そう言うこと」


 どうやら色々と納得してもらえたようである。それ以上はだれも何も言わなかった。

 パチパチと焚き火の音だけが響いていた。


「それじゃ、明日に備えて今日は早く寝ようぜ。明日は登山だからな」

「え? 山に登るつもりなの?」

「もちろんだ。フェルとちびっ子だけに任せるつもりか?」

「そりゃあ……」


 チラチラとこちらを気にするエリーザ。予定ではひとっ飛びして様子を見るだけのつもりだったのだが、本格的に調査をするのもいいかも知れないな。


「どうだろう、フェル、リリア。一緒にオーガがこちらにやってきた原因の調査に行かないか?」

「ああ、構わないよ」

「いいんじゃないの? 色んな意見があった方が原因を突き止めることができそうだもんね」


 リリアも賛成してくれた。もしかすると、俺のことを気遣ってくれたのかも知れない。リリアには感謝しかないな。


「それじゃ、一応、見張りを立てておこうか?」

「その必要はないわよ、アーダン。あたしたち以外の何かが近づいたら、警報が鳴るバリアを張って寝るから。そもそも周囲にはすでに、フェルがいくつもバリアを張っているのよ? それが全部突破される前に、破壊音で気がつくと思うわ」


 リリアの返答に、さすがのアーダンも首を左右に振っている。


「そうか。とんでもない魔法使いがいたもんだな」

「あ、フェルは魔法使いじゃなくて、賢者なんだってさ」


 エリーザがそう言って訂正した。それを聞いたアーダンは天を仰いだ。


「あー、フェルを捨てた連中はご愁傷様ってことだな」

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