第45話 ゲーペルの村

 翌日、朝食のパンとスープを食べると、俺たちはゲーペルの村へと向かった。昨日の村長さんの話だと、村の家々は焼かれてしまっているだろうとのことだった。

 襲ってきたのは頭に角の生えた大柄の魔物だったそうである。その魔物は火を恐れることなく、向かって来たそうである。


 魔物に限らず、生き物たちは火を嫌う傾向がある。そのため、村人たちは火で魔物を追い払おうとした。だが逆にそれが魔物たちの怒りに火をつけたらしく、建物を燃やされたらしい。村の周囲にある農場も、どうなっているか分からないそうである。


「これは危機的な状態ね。卵が採れなくなったら、プリンもお預けよ」

「プリンどころか、新鮮な肉が王都に入ってこなくなるかも知れない。そうなると、肉の値段が高くなるよ。角の生えた魔物か。オーガかな?」

「その可能性が高いわね」


 オーガはゴブリンなんかよりもずっと強い魔物である。普通のオーガでもゴブリンジェネラルよりも強いという話だ。それだけでも脅威なのに、その上位種でもいたら大変なことになるだろう。


 空を飛ぶのは目立ち過ぎる。なるべく魔物から目をつけられないようにするために、地上を進んでいた。道に魔物の気配はなかった。

 先へと進んで行くと、村の柵らしきものが見えてきた。それは無残にも破壊されており、ところどころがすすけていた。


「思ったよりもひどい有様だね」

「もう一度同じ場所に村を作るのは無理かも知れないわね」


 いつもは元気で明るいリリアも、この光景の前では沈んでいた。見渡す限りの家はどれも燃えたような跡が残っている。建物は破壊され、辺りには壊れた家具や、日用品が散乱していた。


「近くに魔物はいないみたいだね。一体どこに行ったのかな?」

「うーん、山に帰ったのかな? それよりも、まずは村を良く調べないと」

「そうだね」


 村の中にはいくつかの争った跡が残っていたが、死体はどこにもなかった。恐らく、先にこの場所に来ていると思われるプラチナランク冒険者たちが片付けてくれたのだろう。

 できれば彼らの存在も確認しておきたいのだが、どうやらこの村にはいないみたいだった。


「生存者はなし。片付ける必要もなし」


 リリアはそう結論付けた。リリアのアナライズにも何の反応もないのだろう。もちろん俺のアナライズにも反応はない。


「今度は農場と牧場があった方に行ってみよう。もしかすると、魔物の狙いは家畜だったのかも知れないからね」

「そっちの可能性の方が高そうだわ。人間たちはそれの巻き添えに合ったって感じかしら?」

「それにしては甚大な被害だね」


 巻き添えで村一つが無くなる。魔物の脅威を改めて感じた。何の対策も採らなければこのようになってしまうのか。

 村長さんに教えてもらった農場と牧場がある場所へと進んだ。見えて来た景色では、どうやら農場は無事なようである。


「農場は無事みたいだね。でも牧場の方は……」

「生き物の気配がないわね」


 全部逃げ出したのか、それとも魔物に食べられてしまったのか。それでも何か手がかりがあるかも知れないと思って、その中の一つの牛舎へと向かった。

 牛舎の中には残骸しか残っていなかった。牛舎の大きさからして、三十頭くらいは飼われていたのではなかろうか。


「見てよ、足跡が残っているわ。この大きさだと、オーガで間違いなさそうね。こっちにはもっと大きな足跡もあるわ。きっと上位種もいるんだわ」

「オーガの上位種か。オーガジェネラルとか、オーガキングとかもいるのかな?」

「そうかも知れないわね。オーガは群れで行動するから特に危険よ」


 さすがはリリア。だてに長く生きてはいない。年齢を聞いたことはないが、悠久の時を生きているはずである。


「人間の足跡もあるね。新しいものみたいだよ。きっと彼らもここに来たんだね」

「それじゃ、ここのオーガの足跡をたどって行ったのかしら?」


 俺たちは足跡の行く末を見た。どうやら近くの森の中へと続いているようである。

 オーガが下りてきたと思われる山の方向ではなく、別の方向に向かったということは、あの山で何かがあったのは間違いなさそうだ。


「よし、俺たちもこの足跡をたどってみよう。もう片付いているかも知れないけど、このまま山に向かって、オーガに挟み撃ちにされたら、ちょっと大変かも知れないからね」

「そうね。後ろから襲われる危険性はない方が良いわね。行きましょう」


 オーガが進んだと思われる森へと向かった。足跡は奥の方まで続いているみたいである。アナライズに反応があった。どうやらオーガの反応のようである。その向こうには三人の人間の反応があった。


「囲まれてるみたいだよ」

「そうみたいね。魔法使いがいないみたいだから、殲滅力が足りていないみたいね。長期戦になると、息切れしちゃうかも知れないわ」

「それじゃ、余計なお世話と思われるかも知れないけど、介入しようかな?」

「そうね。『魔法の練習をしてました』みたいな顔をしておけば大丈夫よ」

「……その設定は無理があると思う」


 リリアと軽口をたたきながらも、オーガに接近した。オーガは物理耐性も魔法耐性も高い厄介な相手だ。だが俺にはそれを破る秘策がある。

 もっと強い魔法を使えばいいのだ。


「フレイム・アロー!」


 ファイアー・アローの上位版、フレイム・アローを放った。

 本当は最上位のフレア・アローにしようかと思ったが、なんだかヤバそうな気がしたのでやめた。魔導船でフレア・バーストを使ってリリアに怒られたからね。

 慎重に魔法を使わないと、次は正座だけではすまないかも知れない。


 フレイム・アローを受けたオーガたちが次々と光の粒へと変わってゆく。どうやらこのレベルの魔法でも十分通用するようである。


「ちょっとフェル、周りの木が燃えてるわよ! ウォーター・ミスト!」


 水蒸気が燃え始めた木々を鎮火した。木に当たらないようにコントロールしたのだが、どうやらフレイム・アローが放出する熱で、周囲の木が燃えたようである。危なかった。

 これは別の魔法にするべきか? でも土魔法だと、岩石が残って邪魔になるんだよね。意外と攻撃には使いにくいのが土魔法。


「リリア、そのままウォーター・ミストを使ってもらえるかな? 俺はこのままフレイム・アローを使おうと思う」

「それは良いけど……時々は交代してよね」

「分かったよ」


 火消し役は地味過ぎたようである。リリアも活躍したいのかも知れない。役割を交代しながら先に進んで行く。三十匹以上はオーガを倒しただろうか。少し開けた場所に出た。その場所には先ほど反応があった三人の姿があった。


 彼らの周囲はドーナツ状に空間ができていた。どうやらその空間に入ったオーガから光の粒になっているようである。空間にはいくつもの魔石が落ちていた。

 俺たちがその一角を崩して現れたことで、囲んでいるオーガたちの一部に動揺が走った。明らかに統率が乱れている。これはチャンスだな。


「リリア、まとめて倒して、あとから二人で消火しよう」

「分かったわ。フレイム・アロー!」

「フレイム・アロー!」


 少し広い空間に出られたことで、フレイム・アローを大量にばらまくことができるようになっていた。情け容赦なくばらまかれたフレイム・アローが周囲の温度を上げてゆく。


「あっつ! ウォーター・ミスト!」

「丸焼きになっちゃう! ウォーター・ミスト!」


 慌てて消火しつつ、周囲の温度を下げた。


「……何やってんだ、あいつら?」

「ずいぶんと楽しそうね」

「あの二人はもしかして……」

「知っているのか、アーダン!?」


 彼らの周囲もそれなりに熱くなっているなっているはずだが、ずいぶんと余裕があるようである。さすがはプラチナランク冒険者。

 そのとき、森の奥から大きな雄叫びが聞こえた。アナライズの反応からも、かなりの力を持った魔物が近づいて来ているようである。

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