第44話 難民キャンプ

 サンチョさんに教えてもらった村は、王都の南にある山脈のふもとにあるらしい。村の名前はゲーペル。話にあったように畜産品を王都に売ることで、大きな利益を稼ぎ出していたそうである。


「ゲーペルの村はブキャナン辺境伯の領地にあるらしいね。そこまでは二日くらいかかるけど、どうする?」

「そうね、今から飛んで行けば日が暮れる前までにはたどり着くとは思うわ。だけど、本当にゲーペルの村が壊滅しているのだとしたら、泊まる場所はないはずよ」

「それじゃ、近くのブキャナン辺境伯領の領都まで行くとしよう」


 領都なら間違いなく宿はあるはずだ。そこを拠点にしてゲーペルの村を調べるのが良さそうだな。王都で借りている宿に戻ると、準備を整え、いつものように店主に部屋を確保しておいてもらった。

 王都を出て、一路南へ。空を飛んで行ったので、夕暮れ前には領都にたどり着くことができた。


「見てよ、フェル。壁の外側にたくさんテントが張ってあるよ」

「もしかして、ゲーペルの村から逃げて来た人たちなのかな? 詳しい話を聞けるかも知れない。行ってみよう」


 日が暮れるまでにはまだ時間がある。まずは情報収集をすることにした。領都から少し離れたところに降り立つと、テントが密集している場所を目指して歩き始めた。

 テント周辺の人たちの服はすすけていた。煮炊きをしているかまどは、その辺りの石を集めて作ったような、粗末なかまどだった。


「これは思ったよりもひどいね」

「本当ね。きっと急に襲われたのよ。みんな着の身着のままでここまで逃げて来たんじゃないかしら?」

「そうみたいだね。テントもよく見ると、大きな布をくくりつけてあるだけだ」


 逃れて来た人たちの顔には疲労困憊の色がありありと見て取れた。何かしてあげたいな。胸がグッと痛くなった。そうだ、せめて安心して眠れる場所を提供しよう。


「こんにちは。ここの人たちを取りまとめている人はいませんか?」

「あなたは? だれか、村長を呼んで来てちょうだい」


 どうやら村長はご存命のようである。見たところケガ人はいないみたいだけど、村長がしっかりと避難させたのかな?


「俺はプラチナランク冒険者のフェルです。ちょっとゲーペルの村を調べに来たのですよ。そのついでに、何かできることはないかと思いまして」

「あら、まあ! 先ほどの冒険者さんたちのお仲間さんなのかしら?」

「先ほどの冒険者?」


 リリアがその言葉に首をかしげた。どうやら俺たち以外にも村を調べに来た冒険者がいるらしい。その人たちもプリン愛好家の人たちなのかな?

 妖精のリリアの姿を見て、一瞬、ギョッとした表情になったが、すぐに事情を説明してくれた。


「え、ええ、そうなのよ。先ほど冒険者の方が来てくれて、ケガ人の治療をして下さったのですよ。おかげさまで、ほら、みんな元気になっているわ」


 なるほど、だからケガ人がいないのか。二人で納得していると、奥から一人の初老の男性がやって来た。


「私が村長です。どうかなさいましたか?」

「こんにちは。プラチナランク冒険者のフェルです。もし良かったら、住居を提供しようかと思いまして……」

「住居を提供?」

「はい。魔法を使って石の家を建てるつもりです。それで、何世帯分の家が必要なのか教えてもらえませんか?」


 ポカンと村長さんが口を開けた。先ほど話を聞いた婦人も同じような顔をしている。おかしなことは言ってないと思うんだけど。思わずリリアと顔を見合わせた。


「えっと、全部で三十六世帯になりますけど……家を魔法で建てる?」

「そうよ。魔法で家を建てるの。あたしなら木造住宅にできるけど、フェルはまだ精霊魔法は使えないから、どうしても石の家になっちゃうわね。フェル、数が多いから、複雑な二階建てじゃなくて、平屋建てにしましょう」

「そうだね。あまり広い家はできないけど、少しは落ち着けるんじゃないかな?」


 テントを張っている場所からそれほど離れていないところの土地を土魔法で平らに整地する。そこに四角い箱形の家を次々と魔法で建ててゆく。入り口のドアと窓はリリアが木で作ってくれた。一枚の木で作られた簡単なものだが、どちらも十分に役割を果たしてくれると思う。


「あとは明かりだけど……」

「フェルさん、何とか人数分のランタンは確保できていますから、明かりは大丈夫です」

「そうなんですね。あとはだれでも使えるように、かまどのスペースも作っておきましょう」


 土魔法で、簡単なかまどを十個ほど作った。

 これで何とかなるといいな。見た目の派手さはないけど、雨風と野生動物は防ぐことができると思う。部屋の中に入ってみると、板張りの床になっていた。


「ありがとう、リリア。助かったよ。板張りの方がくつろげるだろうからね。それでは村長さん、あとはよろしくお願いします」

「ありがとうございます。何とお礼を申し上げたら良いか……」

「良いんですよ。俺たちがやりたくてやっただけですから。それよりも、お話を聞かせていただいてもよろしいですか?」

「もちろんですよ。何なりと聞いて下さい」


 こうして出来上がった家には次々と家族が入って行った。みんなの顔は少し明るくなっていた。




 今日は俺たちもここに泊まることにした。テントを用意していると「家を空けますよ」と言われたので、丁重にお断りした。そんなに長居をするつもりはないからね。明日にはゲーペルの村に行くつもりだ。


「突然魔物が山からやって来た、ねぇ」


 テント前で夕食の準備をしていると、用意したイスに座ったリリアが両手を組んで考えている。どうやら先ほど、村長さんから聞いた話について考えているようだ。


「今までそんなことは一度もなかったみたいだね。それどころか、魔物が村に現れたこともなかったそうだね」

「そうみたいね。一体どこからやって来たのかしら? 山の向こうから? それにしても、わざわざ縄張りを捨ててまで移動する魔物はいないと思うんだけど……よっぽど強い魔物に追い立てられたりしないことにはね」


 リリアが不吉なことを言っているが、経験豊かなリリアがそう言うのなら、その線が強いのではないだろうか。つまり、山の向こうに何かしらの強力な魔物が現れて、もともと向こうの山にいた魔物がこちら側へと移動してきたというわけだ。


 これが一時的なものなのか、それともずっと続くのか。ずっと続くのならば、ゲーペルの村は廃村になるかも知れない。そうなると、あのおいしいプリンが食べられなくなるかも知れないわけで。


「そう言えば、あたしたちの他にもプラチナランク冒険者が来てるって言っていたわね」

「うん。ケガ人の治療をしたのは、そのパーティーのエリーザさんっていう名前の治癒師だったね。他にも大きな盾を持ったアーダンさんと、剣士のジルさんがいるみたいだね」

「あたしたちの出番はないかも知れないわね」

「もしそうなったら、俺たちは山の向こうを見に行ってみようか。さすがに徒歩であの山を越えるのは大変そうだからね」


 プラチナランク冒険者には何度か会ったことはあるが、その人たちと会うのは初めてだ。一体どんな人たちなのだろうか。ちょっと楽しみだな。俺と同じくらいの年齢だったっていう話だったしね。


「お、そろそろできたかな? さあ、夕食にしよう。今日はレッドブルのステーキだよ」

「フェルってさ、焼く料理しかできないよね?」

「え? いらない?」

「いるわよ! あ、ちょっと、あたしのお肉~」


 料理を作るのは、魔法のようにはうまくいかなかった。食べられるけど、ものすごくおいしいわけではない。料理人はすごいな。お金を取るだけはあるね。

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