第46話 オーガキング
森の奥から聞こえる叫び声が段々大きくなってくる。それにつれて、近くの木々がおびえているかのようにカサカサと音を立てて震えていた。
生き残りのオーガたちはその動きを止めて、そちらの方を振り返っている。
「チャンス到来! 今のうちにオーガどもを殲滅するぞ」
剣士のジルさんが滑るように剣を振ると、オーガたちがスライスされていく。大きな盾を持っているアーダンさんはその盾でオーガを殴りつけてミンチにしていた。
治癒師のエリーザさんは「頑張れ、頑張れ」と応援していた。……どうやらこの子は戦闘では何の役にも立たないようである。
倒されたオーガは次々と光の粒になって魔石を残した。
「ほら、ボーッとしてないで、あたしたちもやるわよ! フレイム・アロー!」
「そ、そうだね。ウォーター・ミスト」
同じ失敗は二度、繰り返さない。これ、プラチナランク冒険者の鉄則。俺はリリアのフォローに回った。さっきのは本当に熱かった。火魔法を密集させてはいけない。良い教訓になった。
「あなたたち、すごいわね!」
エリーザさんが声をかけてきた。ジルさんとアーダンさんが一匹ずつ倒しているのに対して、こちらは一度に複数体、倒しているのだ。確かにそうかも知れない。
「俺は賢者で、彼女は妖精だからね。こんなもんさ」
「賢者に妖精! すごいコンビなのね」
そんな話をしているうちに、オーガたちは一匹残らずいなくなっていた。
「ふう、苦しい戦いだった」
ジルさんが締めようとしていたときに、先ほどのオーガたちよりも二回りほど大きなオーガが、木々をなぎ倒しながら現れた。その顔は怒りに満ちあふれている。同胞を倒された恨みなのだろうか? それとも、無視されそうになったからなのか。魔物にも感情があるのかどうかは、俺には分からなかった。
「親玉のお出ましだぜ。ここからが本番だな」
アーダンさんが盾を構え直した。その間にエリーザさんが二人の疲労を回復しているのを俺は見逃さなかった。疲労回復魔法は治癒魔法よりも難易度が高いはずだ。中々やるじゃない。
「ありゃ一体なんだ?」
「あれはオーガキングよ」
「知っているのか、リリア!?」
あ、リリアに「お前、いい加減にしろよ」みたいな目でにらまれた。いいじゃない、一度言ってみたかったんだよ。
「オーガキングか。また偉く大物が出てきたものだな」
「オーガキングと言うと、オーガジェネラルよりも上の存在か。ワクワクしてきたぞ」
「この戦闘バカ……そんなんだから、私たちが苦労するのよ」
あの巨体を目の前にして、この余裕。プラチナランク冒険者はどこか頭のネジが抜けているのかも知れない。オーガキングが右手に持っている大きな棍棒で殴られたら、ひとたまりもなさそうなんだけど。
「よし、俺たちが先行する。お前たちは援護を頼む」
「なんでリーダーでもないジルが仕切るんだよ。まあ、いい。俺たちがスキを作る。それに合わせて攻撃をしてくれ」
「分かりました!」
お互いにうなずき合うと、ジルさんとアーダンさんがオーガキングに向かって走り出した。
「ねえ、魔法を撃ち込んだら、一発で終わると思うんだけど?」
「……」
「ねえ、もしかして、あなたたちって、すごいの?」
ピュアな瞳をエリーザさんが向けてきた。すごいんじゃないかな、たぶん。
「ウォータードラゴンとどっちが強いのかな?」
「それは間違いなくウォータードラゴンね。オーガキングなんて、ウォータードラゴンの尻尾ビンタで一撃ノックアウトよ」
さも当然とばかりにリリアが育ちつつある胸を張って言った。
「それなら一発で終わるね」
「もしかして、ウォータードラゴンを倒した冒険者ってあなたたちのこと?」
「そうよ。フェルが倒したわ。一発の魔法でね」
リリアが自分の手柄のように良い顔をしていた。
「すごい! それを使えば、オーガキングも一撃ね」
「まあ、それはそうなんだろうけど、ここで使うとまずいんじゃないかな?」
俺は確認するようにリリアを見た。リリアは眉間をほぐしながら考え込んだ。
「……確かにそうね。あたしたちは無事かも知れないけど、この辺り一帯の森が無くなっちゃうわ」
「ちょっと、どんな魔法を使ったのよ、二人とも!?」
エリーザさんが悲鳴のような声を上げた。その向こう側に、ジルさんとアーダンさんが戦っているのが見えた。ひょっとして、こんな話をしている場合ではないのでは?
オーガキングが両手で振り下ろした棍棒がアーダンさんを襲う。潰れる、と思ったが、アーダンさんはそれを難なく盾で受け止めた。
渾身の一振りだったのだろう。それを止められたオーガキングの動きが一瞬止まった。そのスキを見逃さず、ジルさんがオーガキングに向かって飛び出すと、その右腕を斬り飛ばした。
ジルさんをたたき落とそうと、オーガキングの左手の棍棒が唸り声を上げる。ジルさんに迫る棍棒を、アーダンさんがシールドをハンマーのように使ってはじき飛ばした。
オーガキングは残った左腕を滅多矢鱈に振り回した。たまらず、ジルさんとアーダンさんが後ろに下がった。
二人とオーガキングとの距離が開いた。これはチャンスだ。
「フレイム・ボール!」
巨大な炎の玉がオーガキングに襲いかかり、あっという間に光の粒に変えた。までは良かったのだが、フレイム・ボールの勢いは止まらず、そのまま後ろの森に突っ込んだ。轟音と共に火柱が上がる。
「ちょっと、何考えてるのよ! 森が燃えちゃう! ウォーター・ボール!」
「ご、ごめん、ウォーター・ボール!」
慌ててリリアと一緒に火消し作業に移る。ファイアー・ボールにしておけば良かったかな? でもそれじゃ、倒せなかったかも知れないし。
「何やってんだか」
「派手にやるじゃねぇか」
「そういう問題ではない気がするがな。まあ、何はともあれオーガたちの討伐は完了だな」
後ろから何やら声が聞こえるが、手伝ってはくれなさそうである。どうやらエリーザさんは治癒魔法以外は使えなさそうである。残りの二人も魔法は使えないのだろう。
結局、俺たち二人で頑張って鎮火することになった。
「まったく、フレイム・アローでもあちこちに火がついて大変だったのに、どうしてフレイム・ボールを使うのよ」
「ごめんなさい」
俺はリリアの前で正座させられていた。そんな俺たちを、三人がコーヒーを飲みながら見ている。俺もコーヒーが飲みたいな。
「まあまあ、リリアちゃんもそのくらいにして、一緒にコーヒーを飲みましょうよ」
「エリーザ、フェルにはしっかりと分からせてあげないといけないのよ。そうしないと、きっとどこかでまた何かをやらかすわ」
リリアがプンスコと怒っている。もしかして、魔法でやらかしたのが二回目だからだろうか?
「ちびっ子は過保護だな~。ごめんなさいって謝れば、万事解決よ」
「だれがちびっ子よ、だれが」
リリアがムキーとジルに怒りの矛先を向けた。良いぞ、このまま矛先がズレてくれれば……。
「リリアの言うことも良く分かるな。しっかりしつけておかないと、ジルみたいに手遅れになるぞ」
「だれが手遅れだよ、だれが」
今度はジルがアーダンに噛みついた。そしてリリアの矛先がこちらに戻って来た。なんてこったい。
「アーダンの言う通りね。フェルがジルみたいになったら困るわ」
「おいおい、ちびっ子の中で、俺はどんな存在になってるんだよ」
「野蛮人」
「合ってる」
「合ってるな」
「……」
ジルさんが沈黙した。さすがに仲間からそう言われると、心に来るものがあったようである。
その後もしばらく、俺はリリアに怒られた。きっとお説教が長引いたのはジルさんのせいだと思う。
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