第42話 専用アイテム

「やれやれ、やっと事情聴取が終わったよ」

「長かったわね。あたしたちが使った魔法が聞いたことがない魔法だったみたいで、やけに興奮していたわね」

「そうだね。まあ、詳細は教えなかったけどね」

「あれでいいのよ、きっと」


 ようやくギルドマスターのラファエロさんから解放されて、冒険者ギルドをあとにした。辺りはすでに暗くなり始めていた。これは夕食を食べてから宿に帰った方が良いかも知れないな。


「今日は親子丼を食べるぞ」

「そうしましょう。楽しみだわ!」


 親子丼はおいしかった。リリアいわく、出汁が良く利いていたそうである。俺には良く分からなかった。


「おや、フェルさん、早かったですね」


 宿屋なごみに到着すると、店主が笑顔で迎えてくれた。


「ええ、運良くすぐに目的の魔物が現れてくれましてね」

「一体、何を倒しに行ったのですか?」

「海の悪魔ですよ」

「海の悪魔ですって!? 良くアレを倒せましたね。東方でも倒せたと言う話を聞いたことがないですよ」


 店主は俺たちが海の悪魔を倒したことにとても驚いていた。どうやら東方の海でも出没するようである。思ったよりも海は危険なのかも知れない。

 宿で追加の料金を支払ってから鍵を受け取る。部屋に入ると、畳の香りが待っていた。


「うーん、この香り、癖になりそう。さてと、お風呂に入るとしよう」

「そうね。クリーン・アップの魔法を使ってもらったけど、なんだかベタベタする感じだもんね」

「お湯は……魔法で済ませちゃおうか」

「そうしましょうか」


 魔法でヒノキの浴槽に水を満たすと、火魔法を使って慎重に水の温度を上げていく。数分とかからずにお風呂のお湯が沸いた。

 すでに浴衣に着替えていたリリアがスポーンと服を脱いでお風呂場に突入していった。相変わらず元気だね。


 俺もすぐにお風呂に入って体を洗うと湯船につかった。もちろんリリアの体も洗ってあげた。


「依頼が思ったよりも早く片づいて良かったね」

「運が良かったわね。何日もお風呂に入られないかと思っていたわ」


 リリアがパチャパチャと水面を蹴っている。まさかそのまま泳いだりしないよね? 目のやり場に困るので、得意の背泳ぎだけはやめて欲しいんだけど。


「明日はお休みの日だね。どうしようか?」

「そうね……武器屋のヒゲもじゃの様子でも見に行く?」

「そうだね。もしかすると、もうできあがっているかも知れないからね」


 頼んでおいたリリア専用の食器ができあがっているかも知れない。楽しみだ。それにしても、捕れたての魚があんなにおいしいとは思わなかった。また食べに行きたいな。


「プラチナランク冒険者としての最初の一歩としては、なかなか良い感じだったんじゃないかな?」

「十分なんじゃない? これでフェルの実力が本物だって、他の冒険者も分かるわよ」

「そうだと良いんだけどね」


 俺が海の悪魔を倒して大きな魔石を納品したことは、あの場で見ていた冒険者たちが広めてくれるだろう。そうなれば、侮られることはなくなるはずだ。無駄な争いは避けたいからね。


 明日は鍛冶屋のルガラドさんを訪ねてから、王都のおしゃれなカフェでのんびりしようかな? そんなことを考えながら、ゆっくりとお風呂につかった。これはお風呂の時間がもっと好きになりそうだぞ。すごく疲れが取れている気がする。


 お風呂から上がると、魔法袋に入れていた果実ジュースを取り出した。それを魔法で少し冷やしてから飲む。もちろん、リリアにも木の実の殻で作ったコップについであげる。


「早くリリアに合うサイズのコップが欲しいね」

「下に置くと転がっちゃうから、ずっと手に持っておかなくちゃいけないものね。ゆっくり飲めないのが残念だわ」


 そう言うと、グイッと一気に飲み干した。なるほど、リリアがお酒を一気飲みするのはそのせいだったのか。専用のコップができれば、楽しくお酒を飲むことができるようになるかも知れないな。楽しみだ。


 ベッドに入ると、すぐにリリアが胸元に飛び込んできた。浴衣の中に潜り込んで来たので、どうやら今日はかなり魔力を消費しているようである。ペッタリとした、肌と肌が密着する感触がした。




 しっかりと睡眠をとった俺たちは、さっそくルガラドさんの工房を訪ねることにした。さすがにあまり早く行き過ぎると迷惑だろうと思って、十時くらいになるまで裏通りを見て回った。

 その結果、いくつかの落ち着いた雰囲気のカフェを見つけることができた。冒険者が利用するというよりも、この辺りの住人が普段から利用しているようである。


「お昼はここのカフェで食べようか」

「あら、なかなかおしゃれでいいじゃない。デザートもあるかしら?」

「どうやらあるみたいだよ。プリンとか言う名前の新作デザートがあるらしいよ。これはぜひ試してみたいね」

「プリン……確かに何か、引かれるものがあるわね」


 そんな話をしていると、あっという間に十時になっていた。ルガラドさんの工房からは今日も熱気が噴き出ていた。リズム良くカンカンという小気味よい音が聞こえている。

 俺は剣を使うことはできないが、見るのは好きだったりする。そのうち観賞用の剣を手に入れてみようかな?


「ルガラドさん、こんにちは」

「こんにちは、ヒゲもじゃ~」

「おう、来たか。例の物、完成してるぜ」


 ニヤリと良い笑顔で笑うルガラドさん。どうやら会心の作品ができあがっているようだ。俺は期待に胸を膨らませて、工房の奥へと入った。


「これだ」

「すごい! これって、もしかして全部銀製品!? こんなに小さいのに、お店に売ってるのと遜色ないよ」

「やるわね、ヒゲもじゃ。さすがだわ。見てよ、フェル! あたしの手にピッタリよ。最高じゃない」


 リリアがコップを手に持って、ものすごく喜んでいる。案内されたテーブルの上には小さな食器が並んでいた。

 コップやお皿、さらにはナイフにフォークまである。どうやって再現したのか全く分からない。こんな小さなものを作り出せるハンマーがあるものなのか。


「ルガラドさん、このナイフ、本当に切れそうですよね」

「何を言ってるんだ。ちゃんと切れるぞ」

「それはすごい!」


 さすがはドワーフ。細部まで抜かりなし。これは使ってみるのが楽しみだぞ。さっそくお昼のときに使って見ようと思う。


「ルガラドさん、ありがとうございます。これはリリア専用アイテムの代金です」

「おう、ありがとうよって、お前、さすがに白金貨一枚は多くねえか!?」


 ルガラドさんが白金貨を見て驚いている。


「大丈夫ですよ。まだあと九十枚くらい残ってますから」

「お前さん、もしかして、今ウワサのドラゴンスレイヤーか?」

「ええ、そうですけど……」

「なるほど。そう言うことか。それじゃ、ありがたくいただいとくぜ。何か困ったことがあったら、いつでも来い。何でも協力するぜ」

「はい。そのときはよろしくお願いします」


 俺たちは握手を交わした。ルガラドさんの腕は本物だ。ここで仲良くなっておいて損はないだろう。今後もリリア専用アイテムを作ってもらうかも知れないからね。

 ルガラドさんの工房をあとにすると市場へと向かった。ここで何か果物を買って、リリアのナイフの切れ味を試してみたい。


「お、このリンゴなんて良いんじゃない?」

「おいしそうね。それにしましょうか」

「おばさん、一つ」


 リンゴを買うと、近くの公園のベンチに座った。さっそく俺が持っていたナイフでリンゴを切ると、リリアサイズに作られたお皿の上にのせる。なるべく小さく切ったつもりだったが、それでもまだ大きい。


「よーし、それじゃさっそく……おおお! 切れたわ、スッパリと切れたわ!」


 良く見ると、リンゴは間違いなく、リリアが持っているナイフで切られていた。リリアにフォークを渡すと、それを使って器用に食べ始めた。

 ようやくリリアの小さな口に合うサイズの食べ物を食べさせることができたぞ。これまでは大きめなものに、かぶりついてもらっていたからね。


「ウフフ、良いわね、これ。とっても気に入ったわ。あたしも食べるときのマナーを勉強した方が良いかしら?」

「そうだね。国王陛下と会食するときまでには身につけておいた方が良いかもね」

「それならフェルに恥をかかせないように、練習しておかないといけないわね」


 俺たちはお互いに顔を見合わせて笑った。そんな日が来るはずはないけどね。多分。

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