第41話 後処理
ドスンと氷の海の上に大きめの魔石が落ちた。それなりに高い場所から落下したのだが、下の氷が砕けることはなかった。
良かった、海底まで探しに行く手間が省けたぞ。
俺は魔石に近づくと、魔法袋の中にそれをしまった。結構な大きさだけど、売れるかな、これ?
今にも海に引きずり込まれそうになっていた船からは大きな歓声が上がっていたが、残りの氷に閉ざされた船は静まり返っていた。
「なんだか寒いわね」
「そうだね。早いところ氷を溶かさないと」
「まずは氷を割らないといけないわね。結構大変そうだわ。もっと手加減した方が良かったかも知れないわね。アイス・ソード」
「仕方ないよ。クラーケンを逃がすよりかは、一回で片付けた方が良いからね。警戒して姿を見せなくなったら、長期戦になるところだったよ。アイス・ソード」
俺たちは、船を足止めしている氷を切り裂き、商船が通ることができる海の道を作った。そこを通って貿易商の船団が大海原へと出てゆく。
それを見送ると、海の上を漂う氷を一カ所に集めた。このまま放っておいてもいずれ溶けるだろうが、その間に船にぶつかったりすると大変だ。処理しておかないと。
「よし、頑張って溶かすぞ。ファイアー・ウォール!」
そそり立つ炎の壁が現れた。これを氷に近づけてやれば、その熱でどんどん溶けるはずだ。ジュウジュウと音がすると、真っ白な水蒸気が立ち上った。
「ちょっとフェル、近すぎるわよ。溶けた氷が蒸発してるわ。もう少し離れた場所から、ジワジワと蒸し焼きにしないと。ファイアー・ウォール」
俺が作り出した、炎の壁の反対側に、リリアが作り出した炎の壁が現れた。そちらからは音がせず、氷がドロドロと溶けていた。なるほど、ああすればいいのか。リリアをまねて氷を溶かしてゆく。
氷を溶かす作業は一時間後くらいには終了した。港に戻ると、漁師さんたちが食事を用意してくれていた。気がつくと、いつの間にかお昼の時間を過ぎていたようである。氷を溶かすのに必死になっていて気がつかなかった。
「昼食を用意しておきました。どうぞ、食べていって下さい」
「ありがとうございます。助かりました。お昼を食べ損なうところでしたよ」
「何を言っているんですか。お礼を言うのはこっちの方ですよ。これでようやく沖合まで漁に行くことができますよ。ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
次々とお礼を言われた。これだけ多くの人たちからお礼を言われたのは初めてだったので、ちょっと恥ずかしかった。リリアも照れているのか、モジモジしながら俺の後ろに隠れていた。
「魚がいつもよりおいしく感じるね」
「味が濃い気がするわ。旨味が詰まってる感じがする」
最近食事をするようになったからなのか、リリアの味に対する評価が鋭くなっているような気がする。もしかすると、リリアの新しい扉を開いてしまったのかも知れない。良いことだと思う。
「そうでしょう、そうでしょう。何と言っても取れたての魚ですからね。王都で食べる魚とは鮮度が違いますよ、鮮度が」
「なるほど。これが王都でも食べられたら良いんですけどね」
「もっと新鮮な状態で運ぶことができれば良いんですけどね。氷で冷やして運んでも限度がありますからね。気に入ってもらえたなら、また食べに来て下さいよ」
「ええ、そうさせてもらいますよ」
リリアと二人で食事を食べたあとは領主さんのところに報告に行った。領主さんは館から俺たちがクラーケンを討伐していた様子を見ていたようであり、ひどく感激していた。
ぜひ夕食を、と言われたが、王都の宿に帰ってお風呂に入りたい気分だったので断った。
どうやらクラーケンと戦っている間に、いつの間にか海水が体にかかっていたようで、ベタベタするのだ。クリーン・アップの魔法を使えばすぐにキレイになるのだが、やっぱりお風呂に入ってスッキリしたい。
領主さんから依頼完了のサインをもらうと王都に飛んで帰った。空を飛ぶ魔法があるととても便利だな。時々、ポカンとした顔をした人たちがこちらを見てるときがあるけど。
王都に着くと、冒険者ギルドに向かった。
「クラリスさん、こんにちは。依頼達成の報告に来ました」
そう言いながら、依頼書を差し出した。
「あら、フェルさん、お帰りなさい。依頼書を見せてもらうわね。えっと、海の悪魔の討伐依頼ね……って、もう終わったの!?」
「はい。終わりました。魔石もありますよ。ここで出しますか?」
「いや、えっと、あっちの魔石取り扱い専門の受付に、持って行ってもらった方が良いわね」
見ると「魔石買い取り専用」とかかれた受付カウンターが奥にあった。どうやら「依頼の受け付け、達成報告」とは別にしてあるみたいだ。受付カウンターが混み合わないようにしてあるのかな?
受付のクラリスさんから報酬金を受け取ると、魔石買い取り受付カウンターへと向かった。まだ他の冒険者たちは帰って来ていないようで、特に混み合ってはいなかった。
「次の方、どうぞ」
「よろしくお願いします。クラーケンの魔石です」
「クラーケン?」
「あ、海の悪魔の魔石です」
ドン、と受付カウンターの上に大きな魔石を出した。受付の女性が「え?」みたいな顔をしている。ザワザワと周囲が騒がしくなってきた。俺の行動は間違ってないと思うんだけど。
一瞬ときが止まったあと、男性ギルド職員が呼び出された。呼び出された職員の人たちは驚いたあとに、その魔石をどこかへと運んでいった。きっと重さを量る魔道具のところに持って行ったのだろう。
「えっと、プラチナランク冒険者のフェルさんはどなたですかね?」
「あ、俺ですけど」
奥から一人のエルフが出てきた。耳が長いので、リリアに言われなくてもエルフだと分かった。さすがに年齢までは分からないが。
「これはどうも、初めまして。当ギルドのギルドマスターのラファエロです」
「フェルです。こっちは妖精のリリアです」
「こんにちは。エルフのおじいちゃん」
「ハハハ、おじいちゃんですか」
「ちょっと、リリア!」
「いえいえ、良いんですよ。私も八百歳を超えてますからね。今では立派なおじいちゃんですよ。さすがに妖精の目はごまかせませんでしたか」
ハハハとうれしそうに笑っている。エルフは年齢を当てられると喜ぶのかな? うーん、分からん。
「魔石を拝見させてもらいましたよ。まさか、と思いましたが、あなた方を見たら納得ですね。さすがはプラチナランク冒険者です。それに、ドラゴンスレイヤーの名は本物みたいですね」
「本物? 偽物とかあるんですか?」
「ええ、稀に。ドラゴンを倒すのに大して役に立っていないのに、たまたまそこにいただけで、ドラゴンスレイヤーと名乗る人がいるのですよ。困ったものです」
そう言って眉を曲げるラファエロさん。長く生きていれば、そんな人たちに出くわす機会もそれなりにあったのかも知れない。
「魔石はこちらでの買い取りでよろしいですか? オークションにかければ、もっとお金になるかも知れませんが……」
「いえ、構いませんよ。オークションとか、やったことないですし」
「そうですか。それでは詳しい話を聞かせてもらえませんか? 奥の部屋へどうぞ」
どうやらギルドマスターのラファエロさんはどうやって討伐したのかに興味があるらしい。もしかすると、使った魔法に興味があったりするのかな? まあ、魔法を教えるつもりはないんだけどね。
リリアもそのつもりだったのか、真一文字に口が結ばれていた。
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