第40話 クラーケン

 港街ボーモンドを治めている領主との依頼確認を終えると、俺たちは王都まで文字通り飛んで帰った。宿に戻り、店主に「しばらく出かけるけど、部屋を確保しておいて欲しい」と頼むと快く引き受けてくれた。十日分の料金を支払おうとすると、半額におまけしてくれた。

 店主にお礼を言い、その日はそのまま宿で一晩過ごした。


 昨日のうちに買っておいた朝食を食べるとすぐに港街に戻った。今度はこちらで宿を探さないといけない。そう思っていたら、領主が部屋を貸してくれたのでありがたく使わせてもらうことにした。


 領主の話を良く聞くと、プラチナランク冒険者でも、「海の悪魔討伐依頼」を受けてくれる人がいなかったらしい。領主としてはこの機会に何とか退治してもらいたいと思っているのだろう。


「あとはクラーケンがいつ現れるかね。早く終わらせて、フェルと一緒にゆっくりとお風呂に入りたいわ」

「リリアは本当にお風呂が好きだね。まあ、そのおかげで俺もお風呂好きになったけどね」

「だって気持ち良いじゃない」


 リリアがなぜかウットリとした声色で言った。何だかその言い方がいやらしく聞こえるのは気のせいだろうか。もしかして、俺に体を洗ってもらうのが気持ち良いのかな? 確かにいつも気持ち良さそうにしているけど……。


「今日は建造中の大きな魔導船を見に行こうか」

「クラーケンが現れるまでは暇だしね。行きましょう!」


 頭の中に広がりだした妄想を何とか打ち消すことに成功した俺は、港の造船所へと向かった。立ち入り禁止区域になっていたので、すぐ近くまで行くことはできなかったが、それでも思っていた以上に大きな船であることが分かった。


「やっぱり鉄でできているみたいだね」

「船底が木だと不安なのかもね。ほら見てよ。あの大きな車輪を六つもつけるつもりだわ!」

「たくさんつけると、それだけ早くなるのかな? あの数を回すなら、確かに大きな魔石が要りそうだよね」


 これはもう、動く街だな。一体どこまで行くつもりなのかな? 世界一周でもするつもりなのではなかろうか。完成しつつある甲板の上では多くの作業員が行き来していた。


「よし、それじゃ、聞き込みに行こうか。海の悪魔が大体どんな魔物なのかは知ってるけど、攻撃方法とかが分かった方が良いからね」

「足でたたいてくるくらいじゃないの? 魔法を使うならきっと水魔法ね」


 リリアが腕組みをして考えている。どうやら実際に見たことはないようだ。


「弱点とか分からないかな?」

「……フェルが使う魔法なら、弱点とか気にしなくて良いんじゃない?」

「そうかも……。でもさ、効率良く倒した方がプラチナランク冒険者っぽいよ?」

「プラチナランク冒険者っぽさとか、いる?」


 リリアが怪訝そうな顔をしてる。依頼を手際よく解決するとか、かっこいいじゃん。それに憧れたりしない? しないかー。

 漁師さんや貿易商の人たちに話を聞いたが、あまり話をしたくなさそうだった。


 漁師さんたちは海の悪魔が出てもすぐに陸に戻れるように、遠くまで漁には行かないようにしているらしい。そのおかげで、収入がかなり減少しているそうだ。対処してくれない領主に不満を持っているようだった。


 俺が、「領主は以前から冒険者ギルドに依頼を出しているが、だれも依頼を引き受けてくれなかったこと」と「自分たちがその依頼を引き受けたプラチナランク冒険者であること」を話すと、いたく感激してくれた。

 そしてみんなの誤解を解いてくると言ってどこかに走り去って行った。


 どうやら領主に対する不満は解消できそうだな。良かった、良かった。これで宿を借りている恩を返せたぞ。

 一方の貿易商の人たちは深刻だった。何せ、生きるか、死ぬかだ。何とか生き延びた人が何人かいるみたいだったが、硬く口を閉ざしてしまっていた。その人たちはもう二度と海には出ないと言っていた。


「話をまとめると、リリアが言っていたように足でたたくか、船をつかんで、そのまま海に引きずり込むかのようだね」

「それなら遠距離から攻撃すれば大丈夫そうだけど、海の中に逃げられたら困るわね」

「そうなんだよね。逃げられないようにするためにも、相手の攻撃が当たる範囲にいる必要がありそうだね。一方的に攻撃される距離じゃ、すぐに海に潜りそう」

「何とか相手の動きを封じ込めることができれば良いんだけど……」

「おーい! 冒険者さーん!」


 声がする方向を見ると、先ほどの漁師さんを先頭に、何人もの人が続いていた。もしかして、クラーケンを見たことがある人を集めてくれたのかな?


「冒険者さん、何かの役に立つかも知れないと思って、みんなを呼んできました」

「これはありがたい。ぜひ、詳しく話を聞かせて下さい」


 こうして様々な意見が出そろった。

 クラーケンは突如海中から船に襲いかかること。そして船に絡みついて、そのまま海中に引きずり込むこと。一つの船を沈めたら、その日はもう現れないこと。それから口から黒い水を吹き出すこと。


「狙われる船の大きさはどのくらいですか?」

「あの位の中型サイズ以下の船ですね。以前、小型の船をまとめて持って行かれたことがあります」


 漁師の一人が指差した。なるほど、あのサイズか。貿易商の船では一番数がある船だな。


「確か足の数は八本だったと思います。火を近づけても全く恐れないんですよ。ヤツが燃える前に、火の方が先に消えてしまいます」


 多くの生き物は火を恐れるんだけど、どうやらクラーケンは違うみたいだ。火が先に消えるのは、クラーケンの体の大部分が水分でできていると言うことなのかな?


「フェル、そうなると、火魔法よりも、氷魔法の方が良さそうね」

「クラーケンの体の水分を凍らせるわけだね。その方が動きも封じることができるし、良いかもね」

「あの巨体を凍らせるんですか?」

「すごいな。さすがはプラチナランクの冒険者!」


 まだどうなるか分からないのに、すでに盛り上がっている。これは失敗したら恥ずかしいな。頑張らないと。漁師さんたちからは大体の出現場所を教えてもらった。あの位置なら、港からひとっ飛びで行くことができる。


 貿易商の人たちは少しでも自分の船が標的になるのを避けるために、集団で港から出るようにしているらしい。ということは、船が出発する時間は大体決まっていると言うことだ。それならクラーケンを監視しやすいぞ。


「あとはクラーケンが現れるのを待つだけだね」

「念のため、クラーケンが海に潜って逃げないように、海面を凍らせておく? 凍った海はあとで溶かせばいいだけだし」

「確実に倒すためにもそうしよう。リリアも協力してよね」

「もちろんよ。任せてちょうだい!」


 リリアが順調に発育しつつある胸を張った。何だか最近リリアの体つきが大人っぽくなりつつあるんだけど、身に覚えがないか聞いた方が良いのかな? 変な病気とかだったらどうしよう。


 そんなことを考えていると、貿易商の船団が海を渡り始めた。その船団が向かう方向にアナライズの魔法を拡大する。特に変化はなさそうだけど……。


「フェル、来たわよ! 海の底から上がってきてるわ!」


 さすがはリリアのアナライズ。俺ではとてもかなわないな。急いで船団の元へと飛んだ。俺のアナライズにもようやく反応があった。確かに反応は下だ。

 漁師さんたちの話によると、一気に浮上してから船を引きずり込むはず。その浮上したときを狙う。


 クラーケンが海中を移動するに連れて波が高くなってきた。それに気がついた船団が慌ててその場所から離れようとしていた。

 そのとき、海中から巨大な赤黒い塊が姿を現した。丸い胴体に何本もの足が生えている。クラーケンはすでに船に絡みついていた。


「いくよ、リリア! アイス・グラウンド!」

「オッケー! アイス・グラウンド!」


 一瞬にして周囲の海が凍りついた。逃げようとしていた船が数隻、氷に閉ざされて動けなくなっている。クラーケンはその体の半分くらいが氷像になっていた。

 クラーケンにトドメを刺すべく、一気に近づいた。苦し紛れに、クラーケンが口から黒い水を吹き出した。


 だがしかし、事前にその攻撃は漁師さんたちから聞いていたため、シールドの魔法を使い、余裕を持って回避する。


「アイス・ソード!」


 クラーケンはバラバラになり、光の粒へと変わっていった。

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