第38話 これはひどいわね

 首尾良く司書を捕まえると、魔法、魔道具、鍛冶技術関連の本が置いてある場所を教えてもらった。司書にお礼を言って魔法の本が置いてある場所に向かった。その際「図書館ではお静かに」と注意を受けた。ごめんなさい。


「たった……たったこれだけなの!?」


 リリアが驚くのも無理はない。俺の両手を広げれば収まるほどしか、魔法関連の本はなかったのだ。これはもしかして、魔法の本のほとんどは閲覧禁止区域にあるのかも知れない。

 そんなことをリリアに言うと、納得したような様子だった。


「だから忘れ去られた魔法がいくつもあるのね。さすがに教えてもらえなかったら使えないもの」

「それはそうだね。生活魔法も載ってないのかな?」


 俺は数少ない魔法の本を手に取って中身を確認した。リリアも俺の後ろからのぞいている。そこに書かれていたのは、本当に初歩の魔法。そして「こんな魔法もありますよ」という説明だけだった。もちろん魔法名すら載っていない。


「なに……これ……こんなんじゃ魔法は使えないわよ」


 リリアがプルプルと小刻みに震えて絶句している。よほど衝撃的だったようである。俺は本の中に書いてある注意書きの部分に目を通した。


「見てよリリア。マルチダさんが言っていたように、ほとんどの魔法が師匠から弟子に伝承する形になっているみたいだね」

「それって、伝承する前に死んじゃったらどうするの?」

「失われるんじゃないかな?」


 お互いに顔を見合わせた。何となく分かってきたぞ。

 この世界にはだれにも知られていない魔法がたくさんあると言うことだ。俺がスモール・ライトの魔法を使って注目を集めたのは、みんなが初めて見る魔法だったから珍しかっただけであり、それ以上でも、それ以下でもない。単に「便利な魔法があるのね」くらいの感覚だったのだ。


「フェル、これってもしかして、どんな魔法を使っても良いってことかしら?」

「そうだね。ここに載っている『珍しい』って書いてある魔法以外は何でもありってことじゃないかな?」


 珍しい魔法の中には「エクストラ・ヒール」の魔法があった。何でも聖女クラスが使える大変貴重な魔法らしい。この魔法は「教会が使える魔法一覧」に載っていた。

 教会の権威を高めるためなのか、どうやら治療関係の魔法は公開されているようだ。ただし、魔法名とその効果だけだが。これでお布施を集めているのだろう。教会もお金は必要だろうし、しょうがないのかも知れない。


「なるほどね~。これだと治癒魔法以外はどんな魔法も使っても良さそうね。でも治癒魔法はほとんどがダメね」


 リリアがうなずきながら、納得の表情をしている。


「本当だ。どれも治癒師か教会の関係者しか使えないみたいになってるね」

「もしかして、アンチ・カーズもまずかったんじゃないの?」

「謎の治癒師にしておいて良かった……」

「あの貴族のオッサンにはバレてそうだけどね」

「それは言わないお約束」


 思わずため息がついた。ハウジンハ伯爵は俺の正体に気がついているだろうな。それでも黙っていてくれているみたいだけどね。感謝しかない。

 そう言えば盗賊団を討伐したときに、隊商の人たちのケガを治療したんだよね。あれって危険な行為だったのか。まあ、どちらにしろ、放ってはおけなかったんだけどね。


「極力、人前で回復魔法を使わないようにしないといけないな。治癒師になるつもりはないからね」

「そのことが分かっただけでも十分よ」


 確かにリリアの言う通りだ。これからは気をつけないと。

 次は魔道具の本が置いてある場所に行った。こちらは先ほどと違い、たくさんの本が置いてある。どうやら魔道具の分野は大変盛り上がっているようだ。

 その中でも、最新の魔道具が載っている本を手に取った。パラパラとページをめくる。


「どれも魔法で代用できるな」

「本当ね。でも、回復魔法以外は何でもありだって分かったから、わざわざ買う必要はないわね」

「そうだね。生活魔法を使っても『便利な魔法があるんだ』で済みそうだしね」


 これで魔道具にそれほどお金をかける必要がなくなったぞ。まあ、今では使い切れないほどのお金を持っているので、あまり関係ない話になってしまったけどね。そのため別に魔道具を買っても問題ない。興味本位で魔道具を買うのもありだ。

 最後に鍛冶の技術書が置いてある場所に向かった。


「それなりに本の数はあるけど、付与のやり方は書いてないみたいだね」

「うーん、そうみたいね。最近の本にはないわね。もっと古い本なのかしら?」


 鍛冶の技術書の中でも古そうな本を引っ張り出した。しかしそこにも付与の文字はなかった。もし付与の技術がドワーフ固有のものであったら、ドワーフが書いた本を探した方がいいのではないだろうか。


「ドワーフが書いた本を探した方が早そうだね」

「ドワーフって、本なんて書いてたかしら? あのヒゲもじゃたちは自分さえ満足できればそれでいい人たちばかりだもんね……あ」


 何かに合点がいったのか、リリアが声を上げた。確かにドワーフなら、本を書いている暇があったら、鍛冶仕事をしているような印象がある。


「ドワーフの書いた本は貴重なのかも知れないね」

「何だか嫌な予感がしてきたわ。どうしてあいつらは技術を伝承しようとしないのかしら?」


 プリプリとリリアが怒り始めた。何となくだけど、付与の技術が失われている原因が分かったような気がした。ところで気になったことがある。


「ねえ、リリア、妖精が書いた本はあるの?」

「あるわけないじゃない。そんなもの書いている暇があったらイタズラするわ」


 さも当然とばかりにリリアがあきれている。どうやら妖精が書いた本は存在しないようである。それならドワーフのことを怒る資格はないような気がするんだけど、それは言わないでおこう。リリアのご機嫌をこれ以上斜めにするのは良くないからね。


「大体のことは分かったし、帰ってご飯にしよう。比較的自由に魔法が使えることが分かっただけでも十分だよ。目立つ魔法を使っても、『使い方を教えるわけにはいかない』って言えば済みそうだしね」

「そうね。ただし、治癒魔法はのぞく、だけどね。気をつけましょう」


 図書館から出ると、辺りはすでに日が落ちていた。ランタンの魔道具に明かりをつけると、宿屋のなごみ亭がある方面へと向かった。今日は宿屋の近くのお店でご飯を食べよう。


「さてと、気を取り直して、夕食は何にしようか?」

「そう言えば、宿屋の近くに東方の料理を出すお店があるって話を小耳に挟んだわ」

「東方の料理か、気になるね。よし、今日はそこにしてみよう」

「どんな料理が出てくるか楽しみね!」


 そんなわけで、俺たちはそのお店にやってきた。リリアの前情報通り、料理店の店構えは宿屋と良く似ていた。どうやら座布団というものの上に座るらしい。厚みのないクッションといったところだな。


「これは座りにくいな。慣れるまでが大変そうだ」

「ほら、頑張って。あ、料理が出てきたわ! うな重だって。串焼きの魚が白い粒の上に乗ってるみたいね」

「えっと、白い粒は米って名前みたいだよ。おいしいのかな?」

「食べてみましょうよ」


 俺は切り分けたうなぎと、タレで茶色になった米を、リリアが食べやすいように取り分けた。もちろん、うな重と同じ形になるようにしている。お箸で食べるらしい。爪楊枝という棒を折ると、リリアにちょうど良いお箸ができた。


「む、食べにくいな、これ」

「そうね。慣れないからなのか、使いにくいわね。でも……おいしい!」

「本当だ。これはおいしい!」


 思わぬおいしさに、箸の使いにくさなど、どこかに飛んで行ってしまっていた。米とうなぎと茶色いタレのハーモニーが素晴らしい。何杯でも食べられそうだ。

 もっと、もっと、とせがむリリアにうな重を分けながら堪能させてもらった。


「よし、フェル、あの店の料理を全部食べ尽くすわよ」

「ずいぶんと気に入ったみたいだね。俺もその意見に賛成だよ。次は『親子丼』に挑戦しよう」

「どんなのが出てくるか楽しみね」


 王都に拠点を定めて一日目だが、どうやら良いスタートが切れたみたいである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る