第37話 食器
ゴロゴロと畳の上に寝転がる。ベッドのような柔らかさはないが、これはこれでいい固さと弾力性を持っている。癖になりそう。
「フェル、これからどうするの? 無事に泊まるところも見つかったことだし、お金もあるし、どっか行く?」
「少しこの宿の周囲を見て回ろうか。これだけ近くに冒険者用の宿があるんだから、この辺りには冒険者に必要なものが、色々とそろっているんじゃないかな?」
「ナイスアイデアね。何か面白いものが見つかるかも知れないわ」
そんなわけで、俺たちはさっそく宿の外に出た。道行く人たちはさすがに庶民が多いみたいだったが、冒険者の姿もチラホラと見かける。これから出かけるのか、それとも戻って来たのか。
「まずはどこに行く?」
「武器屋に行こう」
「今度こそ、杖を買うのね!」
「うーん、それなんだけど、杖がなくても十分強いよね、俺たち?」
「そうかも?」
今回のウォータードラゴンとの戦いで分かったのだけど、杖による魔法の強化は俺たちに必要ないと思う。逆に杖を使うとやり過ぎてしまう恐れがある。ひょっとしたら、魔法に耐えられずに一回で杖が壊れてしてしまうかも知れない。
「それじゃ、何で武器屋に行くの?」
「リリア専用の食器を作ってもらえないかと思ってね」
「まーだ諦めてなかったのね。あたしは別にいいのに」
「俺が欲しいんだよ」
通り沿いに進むと武器屋が見えた。これまでも何度かお願いしてみたが、ことごとくダメだった。こうなったら、片っ端から武器屋を訪ねて回るぞ。
武器屋の扉を開けるとガランガランと音がした。中には数人の冒険者がいた。そこそこにぎわっているようだ。
「いらっしゃい」
奥に座る店主と思われる人物が言った。人族の店主だ。客の動きに目を光らせている。腕の筋肉はそれほどついていないところを見ると、恐らくこの店で売っている武器を作っているのはこの人じゃないな。
「すいません、注文とかはできますか?」
「何だ? ここに売っているものじゃ不満か?」
不思議そうにこちらを見ている。言い方はぶっきらぼうだが、別に怒っているわけではなさそうだ。
「いえ、そうではなくて、食器をいくつか作って欲しいのですよ」
「食器?」
「ええ、ナイフとかフォークとか。妖精が使えるサイズのものが欲しいんですよ」
俺がそう言うと、店主がリリアの方を見た。うなずいているところを見ると、納得しているようである。
「それじゃ、場所を教えてやるから、親方に直接交渉してくれ」
おお! 初めて引き受けてくれそうな人を見つけたぞ。ありがたい。今までは門前払いだったもんな。店主は簡単な地図を書いてくれた。それにお礼を言うと、使い勝手が良さそうなナイフを何本か購入してから店を出た。
「やったぞ、リリア。ついに念願のリリア専用の食器を手に入れたぞー!」
「喜ぶのはまだ早いわよ。早すぎるわよ。交渉はこれからなのよ」
「大丈夫、心配ないさ」
「その自信、どっから出てくるのよ……」
何だか疲れた様子のリリアを抱きしめながら、スキップでその場所に向かった。着いた先は職人通りのようであり、陶芸工房や、機織り工房、武器工房、防具工房、魔道具工房などが軒を連ねていた。
「教えてもらった場所はここかな? すいませーん!」
入り口付近からはすでに熱気があふれ出していた。間違いなくここで作業をしているようである。ガンガンと何かをたたくような音もしているからね。
すぐに中から若い職人さんが出てきた。
「何かご用でしょうか?」
「あの、作ってもらいたいものがありまして……あ、これ、店主からの紹介状です」
俺は先ほどの武器屋の店主からもらった紙を渡してた。それを受け取ると、職人さんはちょっと待ってくれと言うと、奥へと戻っていった。
しばらくすると、一人のずんぐりむっくりしたドワーフがやってきた。毛の色は焦げ茶色で腕と足が丸太のように太かった。
「お前さんか? 妖精が使えるサイズ食器が欲しいって言ってるやつは? おお、こいつはたまげたぜ! 本当に妖精がいるとはな。妖精を見たのは何十年ぶりだ? だが妖精が食事するって話は聞いたことないぜ」
「こんにちは。フェルと言います。こっちはリリアです」
「こんにちは。ドワーフはいつ見てもヒゲもじゃね」
ちょっとリリア! そんなこと言ってへそを曲げられたらどうするんだ!? 俺は慌ててリリアの口を塞いだ。
「ハッハッハッハ! そうだろう? 自慢のヒゲだぜ?」
どうやら問題なさそうだ。ドワーフはヒゲのことについては心が広いことを先に言って欲しかった。心臓に悪い。
「あの、普通は妖精は食事をしないようなんですが、俺がリリアに無理を言って、一緒に食べてもらっているんですよ」
「別に無理して食べてないわよ!」
リリアが否定しつつ、俺の目の前まで飛んできた。
「おいおい、まさかフェル、お前さん、妖精と契約を結んでいるのか?」
「そうよ。何か文句ある?」
いきなりケンカ腰になるリリア。何だか胃が痛くなってきたぞ。
「いや、文句はねぇよ。ただ、初めて契約をしてるやつを見たから驚いただけさ。……フェル、お前、よく生きてるな」
「はい?」
え? いきなり何を言い出すんだ? よく生きてる? なんで!? 思わずリリアの方を見たが、リリアは首をかしげていた。だよね。意味が分からないよね。
「いや、何でもねぇ。俺はルガラドだ。よろしくな。お嬢ちゃんに合うサイズの食器だったな。任せておけ」
「作ってくれるんですか?」
「もちろんさ。そんなものを作る機会なんて、滅多にないだろうからな」
どうやらドワーフは本に書いてあるように、職人気質が強いようである。どうも珍しいものを作れそうだと喜んでいる節がある。断る理由はないのでお願いすることにした。
「フッフッフ、これだけ小さいものを作ることになるとはな。腕がなるぜ」
ドワーフのルガラドさんはうれしそうに笑っていた。ドワーフは困難なほどよく笑うのかも知れない。その後はリリアのサイズを測定して、その日は終わった。
「大丈夫かしら、あのヒゲもじゃ?」
「ちょっとリリア、ルガラドさんだよ。大丈夫なんじゃないかな? ドワーフは物作りが得意だって評判だしね」
「それは分かっているけど、普通のものを作るかしら?」
リリアの顔が雨雲のように暗くなっていく。そんな顔を見ているこっちも、何だか悪い予感がしてきた。
「どういうこと?」
「何か特殊な機能をつけそうなのよね。知ってる? ドワーフって、物に色んな効果を付け加えることができるのよ」
聞いたことないな。でも確かに、世の中には炎を噴く剣や、氷の氷柱を打ち出せる槍があるって聞いたことがある。もしかして、それのことかな?
「魔法武器のこと? 確かにそんなものがあるって聞いたことがあるけど、あれってドワーフが作っていたの?」
「そうよ。……そう言えば武器屋に置いてなかったわね。作るのやめたのかしら?」
リリアが首をひねっている。もしかすると、リリアが封印されている間に失われてしまった技術なのかも知れない。リリアが教えてくれた魔法のように。
俺がそう言うと「まっさか~」とリリアは冗談のように言っていた。だが俺は、リリアの顔が引きつっているのを見逃さなかった。
「リリア、図書館に行こう」
「奇遇ね、フェル。あたしもそう提案しようと思っていたところよ」
お互いにうなずき合うと、王都にある一番大きな図書館を目指した。ここに行けば、きっと魔法のことや、この世界の技術のことが分かるはずだ。
間違いなく、俺とリリアの感覚は、現在の感覚とはズレている。それを早いところ矯正しなければならない。
王都のグランド図書館は、王都一の大図書館と言うだけあってとても大きかった。世界中の本が集まっていると言われても、俺は疑わないだろう。これは期待できるぞ。
入場料を払って中に入ると、そこには本の壁が幾重にも並んでいた。
「……ここから探すのは無理じゃないかしら?」
早くもギブアップするリリア。だが俺に良い考えがある。
「そんなときは司書に本のある場所を尋ねるんだよ。お、いたいた。すいませーん」
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