第36話 移籍
国王陛下との謁見も無事に終わり、夕食までにはハウジンハ伯爵邸に戻ってくることができた。
あのあと、すぐに国王陛下は退席したが、その場にいた高官や高位貴族たちと挨拶を交わすことになった。ハウジンハ伯爵が色々と手助けをしてくれたおかげで、何とか大きな問題を起こすことなく終わらせることができたが、かなり疲弊してしまった。
伯爵邸のサロンに用意されたお茶をいただきながら、先ほどの謁見でのお礼を言った。
「ハウジンハ伯爵、お世話になりました。おかげさまで無事に謁見を終わらせることができました」
「なんのなんの。世話をしたとは思っておらんよ。それで、これからどうするつもりかね?」
「そうですね……ひとまずは拠点を王都に移そうかと思っています。プラチナランクに昇格したいですからね」
「なるほど」
冒険者をプラチナランクに昇格させることができるのは、王都の冒険者ギルドだけである。それだけしっかりとした、実力と功績が必要になるということだ。そのため、しばらくは王都で活動しようと思っていた。
それともう一つ。プラチナランクの依頼は王都の冒険者ギルドでしか受けることができない。
「さすがにここを宿にするわけにはいかないか……」
「お気持ちは大変ありがたいのですが、さすがに目立ちますし、冒険者ギルドまでが遠いですからね」
「ああ、そうだな。それならば仕方がないか」
ハウジンハ伯爵はとても残念そうである。いくらまともな格好をしてるとは言っても、さすがに貴族街を冒険者がウロウロするのは目立ち過ぎると思うんだよね。
それにリリアのこともある。変な貴族にリリアが目をつけられてはたまらない。
そんなわけで、今日まではハウジンハ伯爵邸に泊まらせてもらった。明日からはここを出て、王都で拠点となる宿を探すことになる。
夕食は晩餐会と言っていいほどの、盛大な料理の数々が用意されていた。何でも俺がドラゴンスレイヤーになったことの祝いの席だそうだ。そこにはもちろんサンチョさんの姿もあった。
俺たちはお互いのこれからの健闘を称えながら食事をした。
翌日、朝食を食べるとすぐにハウジンハ伯爵邸を辞去した。そのままの足で王都の冒険者ギルドに向かった。これで当分の間は貴族街に足を踏み入れることはないだろう。
貴族街を抜けたところで肩の荷が下りたように感じた。どうやら知らないうちに肩に力が入っていたようである。
「冒険者ギルドに行ったあとは宿を探さないといけないわね」
「そうだね。どの辺りがいいのかな? エベランの街みたいに、有料で案内してくれる人がいたら良いんだけどね」
「これだけ大きな街だからきっといるわよ。あ、見えて来たわ」
リリアが指差した方向には目指す冒険者ギルドがあった。
朝にしては比較的遅い時間にもかかわらずかなりの人がいた。それだけ王都を拠点にしている冒険者が多いということなのだろう。
王都の冒険者ギルドには国中の依頼が集まると聞いたことがある。そして集まった依頼の多くは依頼報酬が高いそうだ。そのため、高額な依頼を求めて冒険者が集まるらしい。
俺はそんな人たちを避けながら、受付カウンターに向かった。
リリアの姿は消していない。昨日の国王陛下との謁見で、俺はドラゴンスレイヤーになった。冒険者ギルドでもその話はそのうち広がるだろう。そしてドラゴンスレイヤーは妖精を連れているというウワサが広がれば、ちょっかいをかけてくる人はいないはずだ。
「すいません、ランクの昇格について聞きたいのですが」
「ええと……フェルさん、ですよね? ドラゴンスレイヤーの」
「ええ、そうです。フェルです」
良かった。すでに冒険者ギルドには俺の情報が伝わっているようだ。妖精を連れた冒険者は今のところ俺しか見たことがない。そのため、すぐに分かったのだろう。
「初めまして、クラリスと申します。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
眼鏡をかけた、人族のお姉さんだ。スタイルは中々良さそうである。モテそうだな。その後ろでは、他のギルド職員が遠巻きにこちらの様子をうかがっている。
「それで……ランク昇格の件でしたね。フェルさんにはギルド長よりプラチナランクへの昇格許可が下りてます。すぐに手続きをしますね。冒険者証の提示をお願いします」
言われた通りに冒険者証を差し出した。これで俺もフォーチュン王国で最高峰の冒険者になったというわけだ。冒険者になってからまだ一年もたっていないが、もう上り詰めることができたぞ。これもリリアが俺に魔法を教えてくれたおかげだな。
手続きが終わるまでの間、依頼が貼られているボードを見て回った。先ほどの俺たちとギルド職員の話を聞いていたのか、冒険者たちからの視線を感じる。
「注目されてるわね」
「そうだね。でもそれもすぐに落ち着くさ。プラチナランクの冒険者は他にもいるだろうからね。ほら見てよ。プラチナランクの依頼があるよ。えっと……魔境での希少錬金術素材の入手か。大変そうだな」
他にも、希少生物からの素材採取依頼や、オーガの巣の破壊依頼、鉱山に現れた魔物の討伐依頼などもあった。プラチナランクに依頼するくらいなのだから、きっと難易度が高いのだろう。
つらつらと依頼を見ていると、手続きが終わったようである。名前を呼ばれたので、再び受付カウンターに行く。
「お待たせしました。こちらがプラチナランクの冒険者証になります」
渡された冒険者証は金と、銀でできており、中央で斜めに混じり合っていた。簡単に曲がらないところを見ると、どうやら何かしらの特殊な加工がしてあるみたいだ。
「ありがとうございます」
「さっそく何か依頼を受けますか?」
「いえ、今日はこれから王都を見て回るつもりです。まだ王都をすべて見て回れてないのですよ」
そう言って俺たちは冒険者ギルドをあとにした。先日、四分の一くらいは見て回れたので、残りはあと四分の三だ。案内人がいたとしても、今日中に見て回るのは無理だな。あきらめてゆっくりと見て回ることにしよう。
「次は宿屋ね。なるべく冒険者ギルドに近い方が良いから、この辺りから探さないとね」
「そうだね。まあ、この辺りの宿はすでに一杯だろうから、ちょっと離れたところになりそうだけどね」
「お、案内所らしき場所発見!」
「よし、行ってみよう」
案内所でお金を払っておすすめの宿を聞いた。ここから少し離れているが、それでも冒険者ギルドに通える範囲にあるらしい。教えてもらった場所に向かうと、どうやらその辺りは冒険者用の宿屋街になっているみたいだった。
この辺りは冒険者ギルドに近い宿屋に泊まることができなかった冒険者が集まっているようである。その中でも、少し値が張るが、マナーが良い冒険者がたくさん泊まっているという宿を教えてもらった。
教えてもらった宿は木造の宿だった。話を聞いたところによると、東方でよく見られる宿の形らしい。何だろう、ものすごく声が隣に聞こえそう何だけど……。
宿屋には大きな文字で「なごみ」と書いてあった。変わった名前だ。
「すいません、案内所で聞いてやってきたのですが、部屋は空いていますか?」
「いらっしゃいませ。お一人ですか?」
「えっと、妖精を入れて二人ですね」
「妖精……なるほど。それでは二人部屋を用意しますね」
従業員は台紙に書かれたページをペラペラとめくっていた。門構えはそれほど大きくなかったのだが、もしかして、奥行きが広いのかな?
「ねえ、音とか大丈夫なのかしら? さすがに周りがうるさかったら我慢できないわよ」
「そのご心配には及びません。全室に防音の魔道具を設置させていただいております」
「防音の魔道具?」
「はい。それを使えば部屋の中の音が外に漏れないようになっているのですよ」
そんな魔道具があるのか。どうしてもうるさかったら防音の魔法で何とかしようと思っていたのだが、どうやらその必要はなさそうだな。二人でうなずいて納得していると、部屋が決まったようで案内してもらった。
「こちらがお部屋になります。トイレとお風呂がついております。ご自由にお使い下さい。使い方はこちらに書いてあります」
そう言って、食堂のメニュー表のようなものを渡された。どうやらこれに、この部屋にあるすべての設備についてのことが書いてあるらしい。あとでよく見ておこう。
「それではごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
部屋の一室は畳と呼ばれるものが敷いてあった。これも東方のものらしい。部屋の壁は真っ白で、部屋を仕切る壁は木枠と紙でできていた。ちょっとビックリだ。
それにしても、お風呂つきとは思わなかった。さすが一泊、小金貨二枚だけはあるな。
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