第35話 ドラゴンスレイヤー

 馬車に乗った俺たちは、それほど時間をかけずに王城の大きな門の前にたどり着いた。何と言うか、冒険者ギルドに行くよりも早かった。それだけ貴族街と王城が近い位置にあると言うことだろう。

 門の前にはサンチョさんの姿があった。どうやら個別ではなく、まとめて謁見することになるようだ。


 それもそうか。国王陛下も忙しいだろうからね。それにもかかわらず、俺たちが王都に着いた次の日に謁見をするとは。何かあったのかな? ずいぶんと急いでいるような気がするけど。


「サンチョさん、こんにちは。さすがに魔石は持って来てないみたいですね」

「フェルさんこんにちは。魔石はすでに城の中に持ち運ばれて行きましたよ。買い手が見つかって一安心ですよ」


 サンチョさんが笑った。本当かなぁ?


「ハッハッハ! サンチョ、良く言う。知っていたのだろう? 国が巨大な魔石を欲しがっていたことに?」


 ハハハと笑いながらサンチョさんが額に手を当てた。どうやらその通りらしい。


「サンチョさん、国は巨大な魔石を一体何に使うつもり何ですか?」

「うーん、話して良いものか……」

「別に隠すほどのものでもないさ。どうせそのうち民衆にも広がるのだ。大海原を行く巨大な船を造っているらしい。その動力源として魔石を必要としているみたいだな」

「海を渡る巨大な魔導船ですか! それはすごいですね」


 そんなものを造って、隣の大陸と交易するつもりなのかな? まさか戦争を仕掛けたりしないよね? それはちょっと嫌だぞ。

 話している間に手続きが終わったみたいである。俺たちは兵士たちに連れられて城壁をくぐった。


 そこには魔導船から遠目に見た、美しい白いお城があった。見上げるほど高い尖塔がいくつも天に突き出ている。青色の屋根が、青い空と一体化しているように見えた。


「なかなかキレイね。まぁ、あたしたちのお城ほどじゃないけどね」

「妖精の国にも城があるのか。そんなにキレイなら一度見に行ってみたいものだね」

「そうね。そのうち機会があれば案内してあげるわ」


 おっと、予想外の答えだ。どうやら人間でも妖精の国に行くことができるみたいである。それなら行ってみたいところだな。リリアの両親もそこにいるのだろうか? と言うか、妖精ってどうやって増えるんだ? 人間と同じなのかな?


 疑問に思っているうちに来賓室に着いたようである。ものすごく高そうな調度品に囲まれてくつろげない。そしてリリアがイタズラをしないように見張っていなければならないので落ち着かない。


「わ~、あの花瓶、高そうね~」

「触ったらダメだからね。やめてよね」

「じゃ、あっちの壁に並んでいるお皿は?」

「そっちもダメ」

「え~、ケチ~」


 分かっててやっているな、リリア。俺をおちょくっているな、リリア。さすがは妖精。もうすぐ国王陛下と会うことになるのに、全く動じていない。

 サンチョさんだって緊張しているんだぞ。少しは落ち着いた方がいい。部屋にはカチャカチャカチャと食器が当たる音がしていた。


 サンチョさんと同じように手を震わせながらお茶を飲んでいると、ついにお呼びがかかった。ハウジンハ伯爵、サンチョさん、俺の順番で重苦しい空気に包まれた長い廊下を進んで行く。ハウジンハ伯爵は慣れているのか、普段と特に変わらない。


 サンチョさんは王城には来たことがあるみたいだが、国王陛下との謁見は初体験のようである。俺にいたっては、王城に入ることすら初めてである。

 俺たちは見事な装飾が施された、大きな扉の前に並んだ。


 兵士が扉を押すと、大きな扉が音もなく開いた。中には赤いカーペットが玉座の前まで続いている。玉座にはまだ人影がなかったが、すぐ近くに巨大な魔石が置いてあった。

 そしてカーペットの両サイドには高官と思われる人たちが何人か立っている。


 一歩一歩踏みしめるように中へと進んで行く。足下のカーペットのふかふか具合がすごかった。雲を踏んだらこんな感じがするのかな?

 玉座の前にひざまずくと、間もなく国王陛下が来ると告げられた。ハウジンハ伯爵によると、国王陛下の声がかかるまで顔を上げてはいけないらしい。


 リリアは何かしでかすといけないので、両手でしっかりと捕まえている。ほほを膨らませてちょっと不服そうだが、イタズラされるよりかははるかにマシである。立派なお髭を触ってみたり、バレないように肩をたたいてみたり、髪の毛の薄い人を狙って、風を送ったりをやりかねないからね。

 すぐに前を横切る気配があった。


「みんな、面を上げるように」


 顔を上げると、そこには五十台前後の人物が玉座に座っていた。国王陛下に間違いないだろう。温和な印象を受けたが、目つきは鷹のように鋭かった。


「まずはゴールドランク冒険者のフェル、よくぞウォータードラゴンを倒してくれた。魔導船はこの国が管理する貴重な戦略兵器でな。失うとかなりの痛手になっていたところだった。それに、多くの者が犠牲になっていただろう。そしてあのままでは、間違いなく王都にまで被害が出ていたはずだ。それを未然に防ぐことができたのは実に幸運だった」

「いえ、同船していた者として、当然のことをしたまでです」

「フム、そうか。ハウジンハも、サンチョも良くやってくれた。二人がフェルを護衛として雇っていなければ、被害は甚大だったことだろう」

「いえ、そのようなことはありません」


 ハウジンハ伯爵とサンチョさんがかしこまっている。確かに俺に指名依頼が来なければ、同じ船に乗船していなかっただろう。そうなれば、二人もどうなっていたものか。


「次にサンチョよ、よくぞ魔石を確保してくれた。これがもし国外に持ち出されていたら、国にとって、大変な損害になっていたぞ。これで予定通りに計画を進めることができる」

「ありがたいお言葉でございます」


 国王陛下の声が弾んでいる。魔石の確保が計画の障害になっていたのだろう。確かにあの場にサンチョさんがいなければ、魔石がだれの手に渡ったかは分からない。

 魔導船にはこの国の人だけでなく、他国の商人も乗っていたはずだ。その人たちに売っていた可能性も十分にありえる話だろう。俺が持っていても何の役にも立たないからね。


「それでは財務大臣、あの魔石はいくらくらいの値になりそうだ?」


 謁見の間にいた人たちの視線が巨大な魔石の方を向いた。黒い魔石が時々七色に輝いている。


「そうですな、白金貨百枚ほどかと……」

「百……!? ムグッ」


 叫びそうになったリリアの口を押さえた。国王陛下の目がこちらを向いた。俺はすぐに頭を下げた。ここで機嫌を損ねるのはまずいぞ。


「申し訳ございません」

「よいよい。本当に妖精と仲が良いのだな。この国には妖精を守る法律がある。気にする必要はないぞ。それで、どうかな? サンチョ」

「ハハッ! 異論はございません」

「それでは決まりだな」


 白金貨百枚か。手数料としてサンチョさんに一割払うから、残りは九十枚か。それでもかなりのお金持ちになったぞ。働かなくても王都で楽に暮らしていけそうだ。さっそく冒険者を廃業しようかな?


「それでは次に、冒険者フェルに魔導船を守り、ウォータードラゴンを討伐した証しとして、ドラゴンスレイヤーの称号を授けよう」

「ハッ! ありがとうございます」


 ハウジンハ伯爵に教えてもらった通りに答えた。とにかくもらえるものはもらっておけ。それが伯爵の教えである。ドラゴンスレイヤーの称号により、毎年金貨十枚がもらえるらしい。結構な金額である。


 そのあとは、魔導船の上でウォータードラゴンとどのように戦ったのかを話すことになった。やはり俺が使う魔法は他の魔法使いよりもはるかに強力なようであり、国王陛下から正式に「賢者」を名乗ることを許された。

 これで俺は自称ではなく、正式に賢者として認定されることになった。


「本来ならオリハルコンランクとして認定したいのだが、あれはプラチナランクの者にしか与えることができなくてな。フェルがプラチナランクに昇格した暁には、再びここを訪れて欲しい。待っているぞ」

「覚えておきます」


 オリハルコンランクになると言うことは国の支配下に置かれると言うことである。破格の待遇になるのだが、その分、自由は制限されることになる。

 当分の間は保留だな。今のところそこまでの待遇は必要ない。


 こうして国王陛下との謁見は終わった。ドラゴンスレイヤーとなった俺は、おそらくプラチナランクに昇格できると思う。

 さて、これからどうしようかな。リリアと一緒に世界を見て回るとして、次はどこに行こうかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る