第34話 謁見
日が傾き始めたのでハウジンハ伯爵邸に戻ることになった。おそらく、まだ王都全体の半分どころか、四分の一も見学できていないだろう。しばらくは王都にいることになりそうなので、そのうちすべてを見て回りたいと思っている。
「ただいま戻りました」
「お帰り、フェル殿、リリア様。先ほど知らせが届きましたよ。やはりフェル殿を引きとめておいて良かった。そうしておくように通達が来ましたよ」
「そうですか。お手数をおかけします」
「なんのなんの、気にしないで下さい。私にもメリットがありますからね」
確かに竜殺しと縁があれば、何かといいのかも知れないな。明日はサンチョさんのところを尋ねてみようかな。サンチョさんのところにも知らせが行っているかも知れない。
夕食までにはまだ時間がかかるみたいである。客室ではふかふかのベッドが待っていた。
リリアがヒャッホーと飛び込んだ。俺も飛び込みたい。
「いいなぁ、リリアはそんなことができて。俺にはとてもできない。せめて自分が買ったベッドならやるのに」
「一回くらいなら大丈夫なんじゃない?」
自分だけ楽しむのは悪いと思ったのか勧めてきた。良いんだよ、俺のことは気にしなくても。さて、どうしようかな? 特にすることがないんだよね。魔法の練習をするわけにもいかないし。こんなときに、部屋でできる趣味でも持っておけば良かったと思う。
料理の本でも買って読むかな? うん、それが良さそうだ。
リリアと二人でベッドの上でゴロゴロしていると、コンコンとドアがノックされた。返事をすると、お風呂の準備ができたとのことだった。どうやら夕食の前にキレイにしてねと言うことのようである。そう言うことならと、遠慮なくお風呂を使わせてもらった。
「おお、さすがに広いね! 二人だけで使うのはもったいないね」
「本当ね。床も壁も真っ白だわ。何あれ? ライオンの口からお湯が出てる」
立派なたてがみを持った、ライオンの石像の口からは絶え間なくお湯が出ていた。もしかして垂れ流しなのか? いや、そんなことないか。どこかで魔道具を使って循環させているのだろう。さすがに伯爵家は違うな。
「お、石けんもあるぞ。使って良いよね?」
「良いんじゃないの? ダメだったら後で謝るしかないわね」
そう言いながらリリアが飛んできた。俺は両手を石けんで泡まみれにすると、リリアの体を洗い始めた。リリアは気持ちよさそうにしている。指がリリアの体に吸い付いているように感じる。相変わらずスベスベの肌をしているな。
「リリア、これからどうしようか?」
「どうって……コリブリの街に戻るかどうかってこと?」
「うん、そうだね。王都を拠点にするのも良いかもって思ってさ」
話ながらリリアの背中にある羽根の間を洗う。時々リリアからあえぎ声が聞こえる。感じるらしい。
「そうね、ゴールドランクの依頼も多いって言ってたし、お金をたくさん稼ぎたいなら、ここを拠点にするのが一番かもね。あんっ! ちょっと、優しくしてよね」
「ごめんごめん」
すごく優しくしているつもりなのだけど、なかなか難しいな。いきなり触ったのがまずかったのかも知れない。
「お金が欲しいの?」
「そうだね……お金をためて、冒険者をやめて、二人で自由気ままな旅をしたいな。何にも縛られないで……」
「んー」
うーん、もしかしてリリアは反対なのかな? どこか静かな場所で暮らしたいと思っているのかも知れない。もしリリアがそれを望むならそれでも……。
「それでいいじゃないかしら? 世界は思っているよりもずっと広いわよ。世界中を回って、色んなところに行って、色んなものを一緒に見ましょう! きっと世界にはまだまだ楽しいことがたくさんあるはずよ。どこかで静かに暮らすのはそれからでもいいわ」
「確かにそうだね。静かに暮らすのは後からでもできるからね」
世界中を二人で巡っているうちに安住の地が見つかるかも知れない。静かに暮らすのはそのときでいいはずだ。そうだな、そうしておこう。やっぱり世界をこの目で見て回ろう。
「ありがとう、リリア」
「どういたしまして?」
首をかしげながらリリアが返事をした。
お風呂の後には豪華な夕食が待っていた。ハウジンハ伯爵と同じテーブルに座るのはどうかと思ったが、勧められた席に座った。
久しぶりに貴族のマナーで食事を食べる。ただただ窮屈なだけで、いつものようにマナーなどそっちのけで食べた方が断然おいしく感じた。
「フェル殿はずいぶんとテーブルマナーが上手だな」
「あはは、こんなこともあろうかと、その昔、練習したのですよ」
「そうか。それなら国王陛下とご一緒しても大丈夫そうだな」
「不吉なことを言わないで下さいよ」
国王陛下と食事会とか、考えただけでも喉に食事が通らなくなりそうだ。その可能性があるのかな? 勘弁してもらいたい。
ハウジンハ伯爵は俺たちのこれまでの冒険譚を聞きたがった。それで少しだけ話したのだが、なぜか大いに関心を持たれた。
理由を聞くと、その昔、ハウジンハ伯爵は冒険者になりたかったらしい。だがしかし、自分が貴族の、しかも伯爵家の嫡男だったので、泣く泣く諦めたそうである。今でも時間を見つけては剣の練習をしているらしい。
そのため、今回のウォータードラゴンの件では、大いに血潮が燃えたそうである。
ドラゴンに出会って喜ぶとか、相当冒険者に憧れていたんだな。
翌日、朝食の席で慌ただしく使用人が手紙を持って来た。すぐに開封するハウジンハ伯爵。目を通すと、その手紙を俺に渡してきた。
手紙には今日の午後に迎えの馬車が来ることが書いてあった。もちろん、リリアも一緒に来るように書いてある。
「思ったよりも早かったな。さて、急いで準備をせねばならんな。フェル殿は他に服を持っていないのだろう?」
「ええ、そうですね。さすがにこの格好ではまずいですか?」
「そうだな……冒険者なので許されるかも知れないが、ドラゴンスレイヤーならば、もう少し品質が良い装備の方が良いだろう」
確かにそうかも知れないな。コリブリの街で買える装備の中ではそれなりに良い装備なのだが、王都の一級品に比べるとさすがに見劣りしてしまうだろう。
そんなわけで、午前中は急遽、装備を買いそろえることになった。お金はハウジンハ伯爵が出してくれるらしい。
太っ腹過ぎて後が怖いんですけど、大丈夫かな?
向かった先はサンチョさんのお店だった。どうやら王都のサンチョ商会支店では冒険者用の装備も取りそろえているらしい。
「お待ちしておりましたよ、フェルさん。私も午後から登城することになっているんですよ。ほら、礼の魔石ですよ」
どうやらウォータードラゴンの大きな魔石は国が買い取ってくれるみたいである。なるほど、だから買い手に心当たりがあると言っていたのか。
国と取り引きする立場にいることを大々的に宣伝できるので、サンチョさん的にはありがたいと言うことか。さすがは大商人。
俺の装備についても、すでに取りそろえておいてくれたようである。今、王都で流行りの装備から、伝統的な装備、多くの人に愛されている装備まで様々だった。
その中で俺はあまり目立ち過ぎないように、多くの人が使っている装備にした。
それでも、今使っている装備よりもずいぶんと性能が良かった。俺は魔法使いなのでローブを着ることになるのだが、細かい刺繍が施されており、魔法耐性だけでなく物理耐性も高いそうである。
サンチョさんのお店から、ハウジンハ伯爵邸に戻ると、すでに昼食の時間が迫っていた。食事を食べると、休むことなく、すぐに装備を新しく買ったものに着替えた。これで国王陛下に失礼のならないだろう。
準備を整えた俺たちは迎えに来た馬車に乗り込んだ。
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