第33話 王都見学
ハウジンハ伯爵邸に到着したのは十五時を少し過ぎた時間だった。この時間帯なら王都の冒険者ギルドに行って依頼完了の報告をするくらいはできそうだ。
「ハウジンハ伯爵、冒険者ギルドに報告に行きたいのですがよろしいでしょうか?」
「そうだな……分かった。すぐに準備しよう」
ハウジンハ伯爵はチラリと懐中時計を見ると、すぐに使用人に手配をした。どうやら馬車を用意してくれるようである。それもそうか。俺たちは王都についてのことは何も分からないからね。それに王都は広い。案内人や、馬車があれば迷うことなくここに戻って来られるはずだ。
しばらくハウジンハ伯爵邸でお世話になるのは間違いないだろう。もし俺たちが行方不明になったら、ハウジンハ伯爵やサンチョさんに迷惑をかけることになるはずだ。
自分の行動でだれかを不幸にするのは嫌だからね。落ち着くまではご厚意に甘えることにしよう。
「王都の冒険者ギルドは貴族街からは遠い場所にあってね。済まないが、ちょっと時間をもらうことになるよ」
「構いませんよ。その間、ゆっくりと王都を見学させてもらいますよ」
「それでは、時間が許す限り観光スポットを回ってもらえるようにしておこう」
「ありがとうございます」
とんだ好待遇だな。もう二度とこんな待遇にはならないと思っていたのに、人生は何があるか分からない。
「どんな面白いお店があるか楽しみね」
「そうだね。面白そうなお店があるといいね」
こうして俺たちは冒険者ギルドに向かって出発した。馬車はすぐに退屈な貴族街から抜けだし、多くの人が行き交う通りへと出た。まだ裏通りを進んでいるはずなのに、ずいぶんと人が歩いている。その中にはエルフ族やドワーフ族、獣人族などの姿も見える。
やはり貴族街以外の場所には結構な数の種族が住んでいるみたいである。俺たちを乗せた馬車は、まずはまっすぐに冒険者ギルドに向かうみたいだ。
「最初に今回の目的を達成してから、王都を見て回ろうかと思います」
「ありがとうございます。それで構いませんよ」
御者台にいる人が声をかけてくれた。どうやら馬車は人通りが多いと思われる大通りを避けて、冒険者ギルドに向かってくれるようである。
馬車が進むにつれて、だんだんとにぎやかな声が聞こえてきた。貴族街の静けさとは正反対の、活気ある声だ。
貴族街と離れたところに冒険者ギルドがあるのは、この活気と言うか、騒がしさのせいかも知れないな。夜もこの調子で騒がれたら、ゆっくりと眠れないことだろう。
「目的地が見えて来ましたよ。あそこが王都の冒険者ギルドです」
「あれが冒険者ギルドなの?」
「おっきい! まるで砦ね」
リリアの言うとおり、加工した大きな石をいくつも積み重ねた砦のような建物だ。実際に何かあったときには砦として利用するのだろう。周辺には五階建ての宿がいくつもあった。
あれは間違いなく冒険者のために作られた宿だな。それだけ王都には冒険者がたくさんいると言うことか。冒険者ギルドの中に入った瞬間に絡まれたりしないかな? 念のためリリアには姿を消しておいてもらおう。
「リリア、何かあったら困るから、姿を消しておいてもらえないかな?」
「そう? フェルがそう言うならそうするけど」
リリアの姿が半透明になった。これで俺以外の人からはリリアの姿は見えないはずだ。
冒険者ギルドから少し離れたところに馬車を止めてもらった。さすがに直接馬車で乗り込むと目立つに違いない。
「それでは行ってきます」
「はい。ここでお待ちしております」
馬車にはハウジンハ伯爵家の家紋が掲げられている。貴族にちょっかいを出すようなバカな冒険者はいないだろう。そうでなくては冒険者を続けることはできないはずだ。
ドキドキしながら冒険者ギルドのアーチ状の入り口をくぐる。
十六時ちょっと前なのにかなりの人がいた。コリブリの街の冒険者ギルドだと、ほとんど人がいない時間帯のはずである。王都ってすげぇ。良く見ると、パーティーを組んでいる人ばかりのようである。一つのテーブルを四、五人の冒険者が囲んでいた。
「一人で冒険者をやっているのはフェルくらいね」
「そうみたいだね。コリブリの街ではそれなりにいたんだけどね」
「ここではそれじゃやっていけないってことね」
「そうなのかも……」
俺は他の冒険者とあまり目を合わせないようにして受付カウンターに向かった。受付カウンターにはどこぞのご令嬢みたいな人が並んでいる。本物のご令嬢じゃないよね?
「あの、依頼完了の報告に来たのですが……」
そう言って恐る恐る護衛依頼の依頼書を提出する。すぐに慣れた手つきで手続きをしてくれた。
「はい。確認が取れました。ゴールドランクのフェルさんですね。王都の冒険者ギルドへようこそ。こちらが今回の依頼の報酬になります」
小さな袋が置かれた。中身を確認して、受け取りのサインをした。これで完了だ。手続きが終わると、一目散に冒険者ギルドを後にした。おかげでだれからも絡まれることはなかった。
「戻りました」
「ずいぶんと早かったですね。それでは時間の許す限りゆっくりと戻りましょうか」
「はい。よろしくお願いします。リリアも姿を消さなくていいよ」
「ゴールドランクって言われたときに、結構な数の人がフェルの方を見てたわよ」
「やだなぁ。その話を聞いたら、冒険者ギルドに行きたくなくなるじゃないか」
どうやらさっそく目をつけられてしまったらしい。あの受付嬢が余計なことを言わなければ良かったのに。
さて、これからの活動拠点をどうしようかな。コリブリの街に戻るか、王都にとどまるか。ゴールドランクの依頼の数なら王都の方が多いって言っていたしな。お金を稼いで早期リタイアするなら王都かな。
俺が考えている間にも馬車は進んで行く。いかんいかん、今はそんなことを考えるのをやめよう。観光スポットも回ってくれるみたいなので、そっちを楽しまないと。リリアもきっとそっちの方を楽しみにしているはずだ。
目の前に大きな木が見えて来た。王都のシンボルツリーかな? 木の周辺は広場になっており、そこだけポッカリと土が露出していた。
「あの木は何か意味があるのかな?」
「んー、特に何も感じられないわね。ただの大きな木ね」
「何だ。何かしらの精霊が住んでいるとか、エルフの大事な木とかかと思ったよ」
「そんなのが街のど真ん中にあるわけないわ。あるとしたら人が来ない、山奥の森の中よ」
そのまま馬車は次のスポットへ。今度は大きな時計台だった。背の高い塔の上部に時計がついている。そのさらに上には大きな鐘だ。きっと時間が来たら鐘が鳴るのだろう。あの大きさなら遠くまで聞こえそうだ。
通りにあるお店には見慣れないものも並んでいた。それを食べている人がいるところを見ると、どうやら食べ物のようである。
「おいしいのかな、あれ……」
「見た目がなんか気持ち悪いわね。あ、でも中身はおいしそうよ」
リリアが言うように、中身は鮮やかなオレンジ色をしておりおいしそうだ。切り分けて出されたら手を出すかも知れない。見た目はどう見ても何かの目玉みたいなんだけどね。
他にも、ちょっと見かけないような変わった色合いをした服や、曲がった形の剣があったりした。あれで切れるのかな?
「見てよ、フェル! 図書館があるわ。おっきいわね」
「これだけ大きいと、魔法についての本もたくさんあるかも知れないね。ここで探せば魔法についても色々と分かるかも知れない。今度、行ってみよう」
「そうね。珍しい本もたくさんありそうだもんね」
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