第32話 王都の決まり事

 俺が引き受けた護衛依頼はサンチョさんとハウジンハ伯爵を王都の目的地まで届けること。サンチョさんは王都のサンチョ商会支部へ、ハウジンハ伯爵は王都のタウンハウスが目的地である。


 サンチョさんは商業都市エベランからの商品を王都へと運んでいた。その中には先日コリブリの街で仕入れた魔石も混じっているようである。そして、俺が途中で討伐したウォータードラゴンの魔石も含まれていた。


 巨大な魔石についてはサンチョさんにどうにかしてもらうしかない。サンチョさんは売るルートに自信があるみたいだったけど……。当然のことながら、売り上げの一部はサンチョさんに支払うことになっている。サンチョさんは断ったのだが、何とか受け取ってもらえるようにねじ込んだ。


「サンチョさんとはここでお別れですね」

「何を言っているのですか、フェルさん。またすぐにお目にかかることになりますよ」

「あ、そうなんですね」


 どうやら、ほんのしばしのお別れらしい。それもそうか。魔石が売れたらお金をもらいにいかないといけないからね。

 サンチョさんに依頼完了のサインをもらってから別れると、次はハウジンハ伯爵のタウンハウスへと向かった。


 俺たちが乗った馬車はどんどん中央の城の方へと向かって行く。

 どうしてこうなったのか分からないが、俺たちはハウジンハ伯爵の馬車に乗せてもらっていた。ただの冒険者である俺たちが貴族の馬車に乗るのはどうなのかと思うのだが、断り切れなかった。


 馬車は二つ目の城壁の内側へと入っていった。

 先ほどまではにぎやかだった石畳の道が、だんだんと静かになっていく。そして道行く人たちの服装が高そうな服へと変わっていた。どうやら貴族が住む場所に入ったようである。


「みんな高そうな服を着てるわ。あたしも着飾った方がいいかしら?」

「別に今のままでも十分だと思うよ?」


 今のリリアはスカートの下にカボチャパンツという服装だ。カボチャパンツは見せることを意識しているため、見られても問題ない。

 だがしかし、サンチョさんの奥さんのペトラ夫人に教えてもらっていた他の服は、ヒラヒラしたスカートだけをはいていた。あれだとたぶん、パンツが丸見えになってしまう。


 基本的にリリアは空を飛んでいるのだ。そのため、スカートだとパンツが見える。どんなパンツをはくのかは分からないが、先日のランジェリーだと非常に困る。俺以外の人に見られたくない。


「そう? それならこのままにしておこうかな?」

「それが良いよ。今でも十分にかわいいからさ」


 そんな俺たちのやりとりをハウジンハ伯爵は温かい目で見守っていた。

 ……いまいちハウジンハ伯爵が何を考えているのか分からないな。サンチョさんが、俺たちがあのときの「謎の治癒師」であることを話していたら、この待遇にも分かるような気がするのだが、そんな感じじゃないんだよね。


「あの、リリアをこのまま人に見える状態で連れていても、問題はないですかね?」

「ああ、大丈夫だよ。フェル殿は知らないのかな? この国の法律で、『妖精には一切手を出してはいけない』と決まっているのだよ」

「えええ! それじゃ、俺ってまずいんじゃないですか?」


 ハッハッハと笑うハウジンハ伯爵。


「フェル殿とリリア様は契約を結んでいるのだろう? それならば問題ない。リリア様の様子を見ていると、どう見ても無理やり一緒にいるようには見えないからね。どちらかと言うと、恋人同士にしか見えないね」

「こ……!」

「恋人同士!?」


 叫んだリリアと目が合った。まさかそんな関係に思われているとは。やっぱり餌づけしているのがバレバレだったか。


「フフッ……だから問題になることはないよ。そのままの、ありのままの君たちでいるといい」


 どうやらリリアに姿を消してもらう必要はないみたいだ。安心した。それにしても法律で妖精に手を出してはいけない決まりになっているとは驚きだ。その昔、妖精に手を出してひどいイタズラでも受けたのかな? 本気になれば、天変地異くらい起こしかねないからね。


 窓から見える景色に映るのは、ほとんどが人族だった。わずかにエルフ族や獣人族の姿が見えるくらいである。

 やっぱり商業都市エベランで感じたように、多種族国家と言ってもその中心に立っているのは人族のようだ。貴族も人族が中心なんだろうな。予想はしていたけど、ちょっと残念だ。


 そう言えば、魔導船に乗っていたのもほとんどが人族だった。船員には獣人族の人が何人かいたけどね。その辺りも格差があるのかも知れない。多種族国家を掲げていても、やはり種族による格差は避けられないみたいだね。他の国よりはずっとマシみたいだけど。


 話しているうちに、どうやらハウジンハ伯爵のタウンハウスに到着したようである。目の前に大きな屋敷が見えてきた。屋敷と同じくらいの広さの庭も広がっており、資金力の多さがうかがえる。王都の貴族街にこれだけの広さのを確保しようと思ったら、一体いくらかかるのだろうか。


 鉄格子が開き、馬車が進んで行く。てっきり、俺たちの護衛が完了するのは門の外だと思っていたのだが、違ったようである。というか、完全に降りるタイミングを失っているように思える。

 ハウジンハ伯爵の屋敷は明るい茶色のレンガを積み立てた、柔らかな空気を感じさせる建物だった。


 正面玄関の前で馬車から降りた。いつの間にか、使用人たちがズラリと並んでいる。久しぶりに見たその光景に、嫌な思い出がよみがえった。


「ほら、フェル、しっかりしなさい」


 ぺちんとリリアが俺のほほをたたいた。前を向いてハウジンハ伯爵の後に続く。


「旦那様、お帰りなさいませ」

「ウム、留守の間ご苦労」


 家令と思われる人物が代表で挨拶をした。少し白髪が交じっているが、ハキハキとした受け答えに活力を感じる。優秀な人物であるような気がする。


「こちらは私の命の恩人であるフェル殿とリリア様だ。みな、粗相のないように」


 はい、とそろった声が聞こえて来る。

 何だか雲行きが怪しくなって来たぞ。ここで任務完了のサインをもらって王都の冒険者ギルドに向かい、そのあと王都のおすすめ宿に泊まるつもりだったのに。


「あの、ハウジンハ伯爵、私たちはこの辺で……」

「フェル殿、そういうわけにはいかないのだよ。しばらくは我が家に泊まっていきなさい。フェル殿はウォータードラゴンを倒した英雄。間違いなく国王陛下からの声がかかる」

「やっぱりですか」

「ウム。恐らくはドラゴンスレイヤーの称号がもらえるだろう」

「ドラゴンスレイヤー……」


 ドラゴンスレイヤーなんて称号、物語の中の主人公くらいしかもらえないだろうと思っていた。まさか自分がもらえる日が来るだなんて。


「やったじゃない。もしかしたら、プラチナランクになれるかもよ?」

「ほぼ間違いなく、プラチナランクに昇格するだろうな。ドラゴンを倒せる者がゴールドランクにとどまることなどありえないだろう」


 ハウジンハ伯爵が昇格のお墨付きをくれた。思ったよりも早く昇格できたような気がする。運が良かったのか、悪かったのか。

 ドラゴンに襲われて運が良かったと思う人はいないだろう。たまたま結果が良かっただけだ。自分が不幸体質でなければ良いのだが。

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