第31話 いざ王都へ

 両手を広げても届かないくらいの大きさの魔石が、荷物を上げ下げしていた魔道具でつり上げられて行く。みんながみんな、「これほど大きな魔石は見たことがない」とウワサしていた。だがしかし、甲板に空いた穴が痛々しい。


 あのあと、俺は船長から何度も何度もお礼を言われた。甲板の修理の件は、ハウジンハ伯爵が言っていた通り、費用を請求されることはなかった。ドラゴン討伐記念にそのまま残そうかとしていたので丁重にやめさせた。絶対に邪魔になるだけだ。


 その後はドラゴン討伐記念ということで祝賀会が開かれた。出された食べ物はすべて無料で提供された。ずいぶんと太っ腹である。逆に言えば、そこまでするほど危なかったということなのだろう。


 この国に魔導船はまだ五隻ほどしかなく、とても貴重な船だったらしい。そして貴族もたくさん乗っていた。それが乗客、積み荷と共に無事だったのだ。それらを失うのに比べれば、祝賀会を開くくらい安いものだということのようである。

 他にも、乗客を危険にさらしてしまったことのおわびもかねているらしい。


「やっぱりタダで食べられる食事はいいね。ほらリリア、こっちもおいしそうだよ」


 かいがいしくリリアに給仕する俺。そのかいあって、徐々にリリアの機嫌は直りつつあった。目の前には見たこともない料理が並んでいる。まだまだ知らない料理がたくさんあるな。


「色んな料理があるわね。人間の食に対するこだわりの強さに感心するわ」

「そうだね。妖精は料理を食べないんだったね。もしあるなら、妖精料理とか食べてみたかったなぁ」

「確かにないわね。その昔、妖精王に妖精クッキーを献上したって話を聞いたことがあるけど……」

「妖精クッキー? 何だが御利益がありそうだね」

「そう……かも?」


 何だろう。リリアが何とも言えない顔をしているな。作り方を知っているなら、今度教えてもらおうかな。

 祝賀会は好きな時間に退出して良いみたいだった。船員さんたちも代わる代わる参加していた。ご苦労様です。


 日が暮れる前には俺たちも個室に戻った。さすがに今回のウォータードラゴン討伐の功労者だけあってなかなか帰してもらえなかった。これでこの船に乗っている人たちの間で顔が知れ渡ってしまったことだろう。しょうがないね。


 ウォータードラゴンの魔石はサンチョさんにお願いすることにした。さすがにこれだけ大きな魔石をどうすれば良いのか分からない。サンチョさんが笑顔で引き受けてくれたことから、どこかに伝手があるのだろう。さすがは大商人。

 部屋に戻ると、リリアと二人で乾杯した。ひそかに手に入れていた果実酒を取り出す。


「このお酒、リリアが気に入ると思うんだ」

「お酒を飲んでも良いの?」

「ちょっとくらいなら良いよ。リリアのおかげでこうして無事にいられるからね。ありがとう、リリア」

「ちょっとやめてよね。フェルを守るのは当然じゃない」


 木の実の殻でできた器にお酒をそそぐ。いつかリリア専用のコップを作ってあげたいな。王都の職人に頼めば、もしかしたら作ってもらえるかも知れない。王都での目標ができたぞ。

 俺も自分のコップにお酒をついだ。


「それじゃ、俺たちの勝利に乾杯」

「フェルの勇姿に乾杯!」


 お互いに杯を交わしてお酒を飲んだ。たまには良いよね、こういうのも。

 リリアは果実酒を気に入ったようで一気に飲み干していた。そして一杯で、ぐでんぐでんになった。もちろん脱いだ。




「リリア、朝だよ。今日は王都に到着する日だよ。甲板から王都を見るんだろう?」

「うーん、あと五分~」

「それ、さっきも言ったよ。ほら起きて。起きて服を着てよ」


 裸のリリアをタオルでくるみ、ベッドの上に寝かせている。朝から裸のリリアが顔のすぐ隣で寝ているという刺激的な光景は、俺を一気に目覚めさせるのに十分だった。

 慌ててタオルでくるんだが、暑いのか、寝相が悪いのか、俺がちょっと目を離したすきに、とんでもない格好になっていた。


 ようやく起きたリリアが服を着替えた。

 ……何で大人の女性が着るようなランジェリーなんだ? まだ寝ぼけているみたいだが、一体だれにそんな服を教えてもらったんだ?

 ハッ! まさか、サンチョさんの奥さんのミースさん!? 確かにあのとき、仲よさそうに話していたな。


 とてもではないが、この格好のリリアを食堂に連れて行くわけにはいかない。俺は魔法袋から保存用の食料を取り出して朝食にした。


「もう、フェルのエッチ!」

「ごめんなさい。そんなつもりはなかったんです」


 朝食を食べて、顔を洗ったリリアがようやく目覚めた。

 それは良かったのだが、自分の格好を見て真っ赤になり、悲鳴を上げた。そしてすぐにいつもの格好に着替えた。

 ……リリアの恥ずかしさの判断基準が良く分からないな。お風呂での裸は良くて、ランジェリーはアウトなのか。一体どうしてそうなった。


 平謝りして何とか許してもらった俺は、リリアを連れて甲板に上がった。甲板の上では今日も心地良い風が吹き抜けている。昨日ウォータードラゴンが襲ってきたのがウソのようである。


「おはようございます、フェルさん」

「おはようございます。順調に進んでいますか?」

「ええ、順調です。お昼過ぎには王都が見えてくるはずですよ」


 船員さんが声をかけてくれた。名前を覚えているということは、俺はちょっとした有名人になっているようである。これはもう仕方がないな。あそこで自分たちだけ逃げるわけにはいかなかったしね。


 早めの昼食を食べ終わると、甲板の上にある展望台に登った。そこではすでに何人もの人が王都が見えるのを待っていた。色んな人に挨拶を返しながらそのときを待った。


「王都が見えて来たぞ!」


 だれかがそう叫んだ。その声につられて前を見ると、周囲をグルリと壁に囲まれた街が見えて来た。船が進むほど、どんどん大きくなって行く。とても大きな街だ。コリブリの街とエベランの街を足しても、まだ足りないだろう。


「すごい! あんなに大きい街を良く作ったわね」


 頭の上に乗っているリリアが驚きの声を上げていた。悠久の時を生きているはずのリリアが驚くくらいだ。本当に大きな街なのだろう。さすがはフォーチュン王国の首都だけはあるな。


 王都フォーチュンは大きな三つの城壁によって区分けされているようである。もちろん、一番外にある城壁の外側にも街が続いている。街の真ん中には白亜のお城がある。それを中心に王都は作られているようだ。


「見てよ、リリア。王都の向こう側に海が見えるよ。初めて見た」

「本当ね。この護衛依頼が終わったら行ってみましょうか。港町もあるみたいだしね」


 リリアの言った通り、海岸線の近くに町があるみたいである。海の上に小さな船も見え始めた。


「おいしいものはあるかな?」

「きっとあるわよ! おいしいお酒もあるかも」


 お酒は、うん、ちょっとにしておこうか。展望台の中がさらににぎやかになってきたころ、船内に「もう少しで王都に到着するので、下船の準備をお願いします」という放送が流れた。俺たちも部屋に戻り、準備を整える。


「やっぱり王都で降りる人が一番多いのかしら?」

「そうだろうね。でもこの船はそのまま港町まで行くみたいだから、全員が降りるわけではなさそうだね」


 港から折り返して運ばれてくる商品もあるはずだ。それらもまた、王都に運ばれて来るのだろう。魔導船は非常に効率がいい輸送手段のようである。川が近くにある街が栄える理由が良く分かる。


 準備が終わるとサンチョさんたちと合流した。お互いに身だしなみを確かめ合い、船が到着するのを待った。甲板から見える景色には王都の港と、川を行き交うたくさんの船が見えた。魔導船は大きな桟橋のところで泊まった。


 ほどなくして、俺たちがエベランの街で利用した木の橋が架けられた。船員たちのチェックが済むと、乗船客や荷馬車が次々と降り始めた。


「さて、名残惜しいが私たちも降りるとしよう」


 ハウジンハ伯爵の声を皮切りに、俺たちも船を降り始めた。

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