第30話 ウォータードラゴン
目をこらして空を見たが、ドラゴンらしき姿は見えない。だが俺のアナライズには近づいて来る、大きな魔力の反応があった。
「リリア、姿が見えない!」
「フェル、空じゃないわ。水の中よ!」
俺たちが騒いでいるのに気がついた魔導船の乗組員がつられて水面を見た。リリアが言うように、確かに大きな黒い影がジワジワと近づいて来ていた。
双眼鏡をのぞいていた船員が叫ぶ。
「ど、ドラゴンだ! ウォータードラゴンだ!」
甲板は火がついたかのように大騒ぎになった。代わる代わる双眼鏡で、そのだんだんと大きくなる姿を見ては、血相を変えてどこかへと走って行った。
「リリア、これはまずいんじゃないの?」
「そうかも。自分よりも大きなものが泳いでいるのが気に食わなかったのかもね」
「そんなまさか」
「そんなまさかよ。縄張り争いに巻き込まれたわね」
思わぬ展開に頭の整理が追いつかないでいると、ギイギイという音と共に、車輪が回り始めた。それと同時に、少しだけ魔導船の速度が上がったような気がした。どうやらドラゴンを振り切るつもりらしい。
「このまま逃げ切れるかな?」
「そうなった場合、下流にある王都がウォータードラゴンに襲われることになるんじゃないのかしら?」
それはまずい。もしそうなれば、この魔導船の被害どころでは済まないだろう。それにしても、このウォータードラゴンはどこからやって来たのだろうか。今まで冬眠でもしていたのかな? ドラゴンの生態はサッパリ分からない。
ウォータードラゴンが速度を速めた。急にその差が縮まる。あっという間に魔導船のすぐ後ろまで到達すると、ウォータードラゴンがその長い首を水面から持ち上げた。そしてその口が大きく開かれた。
「水のブレスが来るわよ! あたしは船を守るから、フェルは攻撃してちょうだい!」
「どうやら交渉する機会はないみたいだね」
「ドラゴンと話せると思ったの!?」
「可能性はあるかと……」
「ないわね。魔物と会話することなんて、できないわ」
リリアにバッサリと切られた。ドラゴンと話してみたかったな。本ではドラゴンと話す場面があるのに……あれは作り話だったのか。
「ウォーター・ジェット!」
こちらに向かって放射された水のブレスを、同じような水魔法で相殺する。威力はこちらの方が上だったみたいで、ウォータードラゴンの水のブレスを押し返した。
そのままいけるかと思ったが、ウォータードラゴンは首を曲げて回避すると、そのまま水中に潜った。
「もうちょっとだったね」
「そうね。あたしも攻撃に回れたら良かったんだけど……」
「リリアはそのまま船を守るのに専念してよ。その分、俺が攻撃に専念するからさ」
水面下でグルグルと回る魔力の反応がある。どうやら諦めてはいないようである。さて、どうしたものか。
「おい、今の見たか? ドラゴンの攻撃を打ち返したぞ」
「すげぇ、俺たち助かるかも知れないぞ」
船員たちが騒ぎ出した。歓声を上げている人もいる。まだ気が早いと思うのだが……。
どうやらドラゴンが襲いかかってきた情報は船内に伝わりつつあるようで、武装した人たちが次々と甲板に上がってきた。
ウォータードラゴンは直線状の水のブレスはやめたようで、水面から首を出しては水の塊をこちらに飛ばしてきた。
だがその程度の攻撃はリリアのシールド魔法が跳ね返していた。シールドに水の塊が当たる度にバシンと大きな音がしている。
「おい、あんなのにどうやって攻撃するんだよ!」
「あの攻撃が直撃したら助からないぞ!」
甲板に上がってきた冒険者たちは、どうやらあまり役には立ちそうにないようだ。さすがにウォータードラゴンが動き回っている川の中に入っていくわけにはいかない。そのため、攻撃は遠距離からになってしまうのだが、弓矢による攻撃ではドラゴンの硬い鱗を貫くことはできなさそうである。
そもそも、すぐに水中に潜るドラゴンに当てることすら難しそうだ。
そうなると、必然的に魔法による攻撃になるのだが……見た感じ、強力な魔法を使えそうな人はいなかった。
「どうするの? このままだと、王都に着いちゃうわよ」
「それはまずい。でも、顔を出したところを正確に狙うのは難しいと思う」
「それならまとめてドカンね」
まとめてドカン……さすがに水中で爆発魔法を使うのはやめた方が良いな。多くの魚が巻き添えになりそうだし、水しぶきもすごそうだ。
よし、それなら水流を操ってウォータードラゴンを空中に引っ張り出そう。そこをドカンだ。
「リリア、ウォータードラゴンって空を飛ぶの?」
「うーん、翼は小さくなってるみたいだし、飛ばないんじゃないかな?」
「了解。それならやつを空中で爆破する」
「え? フェル、本気で言ってる!?」
「もちろん。ウォーター・トルネード!」
水面に大きな渦が現れた。それはウォータードラゴンを飲み込み、そのまま竜巻のように空中へと伸びていった。
「お、おい! あれ、何だよ!?」
「一体何が起こっているんだ?」
「見ろ! あの中にドラゴンがいるぞ!」
どうやらウォータードラゴンの潜水能力よりも、俺の魔法の方が上だったようである。水のブレスを押し返した時点で、何となくいけそうな気はしていたけど、内心ヒヤヒヤしていた。
水の竜巻がはじけるとウォータードラゴンが空中に放り出された格好になった。体をくねらせているが、それでは次の攻撃はよけられないだろう。
「フレア・バースト!」
まばゆい閃光が空をかけ抜けた。直後、空に轟音が鳴り響いた。ミシミシとリリアのシールド魔法が悲鳴を上げている。だがしかし、空から熱と衝撃波が降りそそぐことはなかった。さすがはリリアのシールド魔法。何ともないぜ。……たぶん。
ウォータードラゴンのものと思われる大きな魔石が空から落ちてきて、ドスンと甲板にめり込んだ。これはあとで弁償しないといけないやつだな……。
「ちょっとフェル! なんて魔法を使っているのよ! もう少しであたしのシールドが割れちゃうところだったじゃない!」
めっちゃリリアに怒られた。何なら飛び蹴りまで入った。よっぽどまずかったらしい。俺はその場で正座させられて、ひたすら説教される他なかった。
あちらこちらで歓声が上がっていたが、こちらはそれどころではなかった。
「フェルさん、これは一体どうしたことで……?」
振り向くと、困惑した表情のサンチョさんと、心配そうにこちらを見ているハウジンハ伯爵の姿があった。周囲に他の魔物の気配はない。甲板に上がってきても大丈夫だろう。
「ちょっとやり過ぎたみたいで、リリアに怒られているところです……」
「やり過ぎた……やはりさっきの轟音はフェルさんの魔法だったのですね。ウォータードラゴンが出たと、ものすごい騒ぎになっていたのですが、もしかして?」
「ええ、ついさっき、倒したところです。ですが、倒し方がまずかったみたいで」
俺は鬼のような形相をしているリリアをチラリと見た。まだ怒ってらっしゃる。
「フェル殿、あの大きな魔石がウォータードラゴンの魔石ですかな?」
「ええ、そうです。落ちてきた衝撃で甲板に穴が空いてしまったんですけど……やっぱり弁償ですよね?」
それを聞いたハウジンハ伯爵が笑い始めた。サンチョさんも笑っている。
「サンチョから聞いていたが、フェル殿は実に面白い人だな。魔導船を守ってくれた恩人にお金を請求する人などいないだろう。もしそんな輩がいたとしたら、代わりに私が全額を支払おう」
良かった。どうやら修理代を支払わなくて済みそうだ。あとはどうやってリリアのご機嫌を取るかだな。……お酒でも飲ませちゃうか? うん、何だかいけそうな気がしてきたぞ。
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