第29話 下流の町

 ガランガランという音が聞こえてきた。何の音だろうかと甲板の上を走る。よく見ると船の側面から、鎖が次々と川の中へ飛び込んでいた。しばらくして魔導船が川の真ん中で止まった。どうやら先ほどの鎖はいかりを降ろしていたようである。


「こんな大きな船を泊めることができるだなんてすごいね。本を読んだだけでは分からないことだらけだ」

「そうね。聞くよりも、読むよりも、一目見た方が絶対に分かりやすいからね。ほら見てよ、あそこ! 小さな船を下ろすみたいよ」


 リリアが指差す方向を見ると、大きな金属製の柱から伸びる鎖が、船を軽々と持ち上げているところだった。


「すごいね、船が空を飛んでいるみたいだよ」

「そうなんだけどさ……魔法を使った方が早いわよね? 重いものを飛ばすのは大変だけど、あの距離なら問題ないわ」

「リリア、それは言わないお約束だよ」


 魔法が得意な妖精のリリアは、すぐに何でも魔法で片付けようとする。だが、この世界には妖精のように、魔法を自由自在に使える人はほとんどいない。そのため、様々な魔道具を生み出すことで、だれでも使うことができる魔法のようなものを生み出しているのだ。


 船が水面まで降りると、次は四角い木枠の中に入った荷物と、人が下ろされてゆく。対岸ではすでに人が集まり始めていた。

 荷物をたくさん載せた馬車、逆に何も載っていない馬車が小舟が来るのを待っていた。ここでもそれなりの人が乗り降りするようだ。次々と船が下ろされ、川と魔導船の間を行き交っていた。


 どうやら今日の移動はここまでのようである。日が暮れ始めてもいかりは降ろしたままだった。夕食は船内にある食堂を利用することになる。食堂は一つだけでなく、ランクによっていくつかに分けられていた。


 食事はどこの食堂でも食べて良いと言われたので、俺たちは一般庶民が多く利用する食堂にやって来た。街で提供される食事と遜色ない出来映えなのだが、値段は少し高くなっている。多分、魔石を利用しているので、その分割高になっているのだろう。


 魔法袋に入っている食料を食べようかとも思ったが、せっかくなので魔導船の食堂を利用した。こんな機会はもうないかも知れないからね。


 王都に行くには魔導船だけじゃなく、もちろん陸路もある。ただし途中でいくつもの町や村を経由して行くことになるので日数は五日ほどかかる。その点、水路だと二日ほどで到着する。

 値段の関係上、貴族や商人以外の人たちは陸路を選択する人が多いだろう。


「ふむ、魚料理か。もしかして船上で釣りができるのかな?」

「その可能性はあるわね。気になるなら明日、探してみましょうか」

「そうだな、それよりも魔導船で使われている魔道具を見てみたいかな」


 焼き魚の身をほぐしてリリアに食べさせてあげる。そのもぐもぐする姿を見ながら、リリアって好き嫌いないよねって思っていた。


「魚の味はどう?」

「うん。淡泊ね。でもこれはこれで悪くはないわよ」


 俺もリリアと同じ意見だ。もしかして味覚が人間とは違うのかなと思っていたが、そんなことはないようである。妖精に関する記述は色んな本に出てくるものの、その生態は不明であった。研究者がいなかったのか、できなかったのか。


 ひょっとすると、俺がその研究者の第一号になるかも知れない。妖精の本を出したら売れるかも知れないな。

 そんな実現するかも分からないことを期待しながら、出された飲み物を飲んだ。


「飲み物はレモン水だね。サッパリしてるからどんな料理にも合うね」

「料理の味を邪魔しないのは良いけど、あたしは果物を搾った飲み物の方が好きね」


 ふむふむ、妖精は果物の方を好む……と。次に街で飲み物を購入するときは、果物を搾ったものにしよう。

 栄養のバランスが悪くならないように野菜も食べさせる。こちらも嫌いな野菜はないみたいだ。どんな野菜でもモリモリと食べている。


「リリア、今日のお風呂はどうする? 調べた感じだと貴族以外は大浴場になるみたいだけど」

「それならお風呂には入らないわ」

「分かったよ。それじゃ、そうしよう」


 リリアは俺以外の人とは一緒にお風呂に入りたがらない。そのため、お風呂の事前情報は必要不可欠である。今回もやはりそうだった。お風呂は嫌いじゃないけど、無理してまで入ることはないようだ。


 夕食が終わり、個室に戻るとクリーン・アップの魔法を使って体をキレイにした。個室の円い窓からは、二つの月に照らされた水面がほのかに輝いているのが見えた。


「これは船の上でしか見られない光景だね」

「本当ね。これだけ水面を近くで見ることができるのはここだけかも知れないわね」


 月明かりにリリアの横顔が美しく輝いている。その光景はまるで月の女神のようだった。


「ところでリリア、今日は何か怪しい反応はあった?」


 見とれているのがバレないように、言葉を紡いだ。


「なかったわ。フェルは?」

「こっちもなかったよ。船旅は思ったよりも安全みたいだね」

「そうみたいね。安心して眠れそうだわ」


 そう言ってリリアが胸元に飛びついてきた。俺はリリアを抱えたまま、ベッドに潜り込んだ。




 翌日、起きたときにはすでに船は動き出していた。どうやら夜が明けてすぐに動き出したようである。なるべく移動距離を稼ごうということなのかな?

 朝食を食べに食堂に向かうと、すでに多くの人でにぎわっていた。


 街でよく食べていたパンにハムと卵と野菜を挟んだ食べ物を購入すると、あいている席を探した。

 せっかくなので、甲板の上で朝食を食べたいと思ったのだが、昨日確認したところ、甲板では飲食禁止だった。それもそうか。汚したら掃除する人が大変だからね。


 食事が終わるとさっそく船内の探検だ。昨日は積み荷の上げ下ろしが忙しそうだったので、その邪魔をしないように大人しくしていたのだ。今日は今のところ川を下っているだけなので、船内を動き回っても問題ないだろう。


 目指すはあの大きな車輪を回している魔道具のところだ。どんな大きな魔道具が置いてあるのか楽しみだ。


「フェル、あっちみたいよ」

「あっちか。おっと、どうやら俺たち以外にも見学者がいるみたいだぞ」


 見ると、数人の男たちが何かを見上げていた。つられて俺も上を見る。そこには大きな歯車がいくつもあった。


「あれが回って車輪を動かしているのか。これだけ大きいと、回転速度は思ったよりも速くないのかも知れないね」

「これだけ大きなものを動かすのにはきっとすごい力が必要よ。見てよ、あれが動力源みたいね」


 そこには大きな四角い箱から円い柱が突き出ていた。その先端は他の歯車につながっている。どうやらこの円い柱が回転することで、他の歯車が回る仕組みになっているようである。


「さすがにあの箱の中は見られないみたいね」

「秘密なんだろうね。あの柱を回すのに、どれだけの魔石がいるんだろうね」


 きっと大きな魔石が使われているに違いない。その大きな魔石をどこで手に入れたのか。ドラゴンなんかを倒せば手に入るのかな? きっと信じられないくらいのお金になるんだろうな。


「ん? 何かしら、この感じ……」

「どうしたの、リリア?」

「何か大きな魔力を持った生き物がこちらに近づいて来るわ」

「急いで甲板に上がろう」


 俺はリリアを連れて狭い通路を走った。途中で人にぶつかりそうになりながらも上を目指す。外に出れば、リリアの感じたものが何なのか、もっと詳細に分かるはずだ。

 甲板の上に出た。特にだれかが何かに焦っているような様子はない。


「リリア、どっちだ?」

「後ろよ」


 リリアに言われて、アナライズの索敵範囲を後ろに伸ばした。確かにリリアが言うように、大きな魔力の反応がこちらに向かっている。

 この魔力の感じ方は魔物に間違いない。何か大きな魔力を持つ魔物がこちらに向かってきているようだった。


「あれは……もしかしてドラゴン!?」


 リリアが驚きの声を上げた。

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