第28話 船の旅

 多くの人が行き交う船内は、まるで一つの町が移動していると言っても良いほどにぎわっていた。船の中では食べ物も飲み物も売っている。

 サンチョさんが用意してくれたのは二段ベッドが一つだけある狭い部屋だったが、個室だった。どうやら俺とリリアの二人で一部屋を借りてくれたらしい。


 船内を見て回ったが、何人もの人が同時に使っている大部屋がほとんどであり、個室を使っているのは貴族かお金持ちの人だけのようだった。冒険者で使っている人はほとんどいないだろう。


「狭いけど、あたしたちだけなのはうれしいわね。大部屋だったらゆっくりできそうにないもの」

「あとでサンチョさんにお礼を言っておかないといけないね。さすがに船内で問題が起きるようなことはないと思うけど、一応警戒はしておいた方が良さそうだね」

「水の上じゃ逃げられないし、そんなことする人なんていないわよ」

「どうかな? 救命ボートで逃げるっていう手もあるかもよ」


 初めての船の旅なのでどのように警戒したら良いのか分からないが、できる限りの手を打つつもりだった。船内は常にアナライズで監視しておくとして、念のため、船の周りも警戒しておいた方が良いかも知れない。


「リリアは船の周りを注意しておいてもらえないかな?」

「分かったわ。でっかいお魚さんが襲ってくるかも知れないからね」

「そんな大きな魚がいるの? 不吉なこと言わないでよ……」


 この船を飲み込むくらいの大きな魚。そんなの存在するのかな?

 そのとき、ボーっと大きな音がした。どうやら魔導船が出港するみたいだ。リリアと一緒に急いで甲板に駆け上がった。


 甲板には多くの人がおり、川岸に向かって手を振っていた。船の側面についている大きな車輪が回っている。これはすごい。

 船はゆっくりと川の中央付近へと進んでいた。


 中央まで進んだところで車輪は止まった。王都はこの川の下流にある。ここからは川の流れに任せて行けばそのうち到着するはずだ。水運を使った物資の移動はとても効率が良さそうだった。


「すごいわね。あの車輪がどうやって動いているのか気になるわ」

「どんな魔道具が使われているのか、一度見てみたいね」

「案外、人が動かしていたりしてね」


 イタズラっぽくリリアが笑った。……まさか、奴隷が回しているとかないよね? そんなわけないか。奴隷を乗せておくスペースはなさそうだもんね。

 しばらくの間、リリアと二人で魔導船が作り出すさざ波を見ていた。




 俺たちは今、サンチョさんと一緒に食堂に来ていた。個室のお礼と、船についてもっと知りたいと思ったからだ。


「それじゃサンチョさん、この船は夜は動かないのですね」

「そうだよ。真っ暗な川を進むのはとても危険だからね。その昔、遅れを取り戻そうと夜に進んで、何隻も沈没したみたいだからね。今は禁止されているよ」


 大きな川なので大丈夫だろうと思っていたのだが、危険な場所もあるみたいだ。それでも馬車よりも揺れは少ないし、ずっと快適に移動できる。利用者が多いのもうなずける。


「サンチョさんは王都に行くときはいつも魔導船を利用するのですか?」

「最近はそうだよ。安全だし、荷物をたくさん運ぶことができる。そこから得られる利益を計算すると、魔導船を利用した方がはるかに利益を得られるからね。行きよりも帰りの方が時間がかかるけど、それでも一日しか変わらないからね」

「帰りはあの大きな車輪が回るんですよね?」

「そうだよ。あれが動くのを見に来る人も結構いるからね。すごい迫力だよ。最近はもう慣れてしまったがね」


 サンチョさんが笑った。確かにすごい迫力だと思う。じっくりと見てみたいものだな。話によると、途中で川沿いの町や村にも立ち寄るそうである。ただし、そこには魔導船を停泊させる場所がないため、小舟を下ろして向かうことになるらしい。


 小舟や荷物を上げ下げする用の魔道具も設置されているらしい。それが動いているのも迫力があるらしく、多くの人が見学に来るそうである。俺も見てみたいな。


「すごい魔道具があるもんだね。リリアもビックリしたんじゃないの?」

「ビックリしたわよ。またこんなすごい物を作れるようになっているんだもの。でも、昔はもっとすごい魔道具があったわよ。あの頃は機械って言っていたけど」

「機械? 魔道具と違うの?」

「魔道具なんかよりももっと複雑な作りをしているのよ。作り方は絶対に覚えられないわ。精巧な設計図が必要ね」


 どうやらこの世界には、その昔、機械と呼ばれる魔道具を使ったものすごい文明があったみたいだ。だが、今はもう存在していないようである。その名残が魔道具なのかも知れないな。

 それにしても、どうしてそんなすごい文明がすっかりと消えてしまったのだろうか。


「リリア、どうして機械を使っていた時代の文明はなくなったの?」

「怒らせちゃダメな人を怒らせたからよ」

「だれなの?」

「それは……あたしの口からは言いたくないわ」


 うーん、残念。だがリリアの口から言いたくないってことは、リリアにとって縁の深い人物なのだろう。妖精の王様か何かかな? 確かに妖精を怒らせたら、妖精のイタズラによって、全部の機械が動かなくなってしまうかもね。俺もリリアを怒らせないように気をつけないと。


「ほらリリア、この果物、おいしいよ」


 リリアが食べやすいように切った果物を、リリアの口元に持っていった。


「どうしたのよ、急に。何か下心があるのかしら?」


 リリアのご機嫌を取ろうとしたことがバレたようである。鋭い。リリアはずっとリリアのままでいて欲しいかな。


「フェルさん、船内にいるときは自由行動で構いませんからね。さすがに問題は起こらないでしょうし、ハウジンハ伯爵のそばには常に何人かの護衛がついているはずですからね」

「サンチョさんの護衛は大丈夫ですか?」

「私にも護衛がいますからご心配なく」

「あの……俺って必要でした?」


 ハッハッハと笑うサンチョさん。どういうことなの?


「何かあったときの切り札ですよ。切り札は常に取っておくべきですからね。何事もなければそれで良いじゃないですか」


 再び笑うサンチョさん。確かにそうなのだが、何だか仕事をしていないようで気が重い。かと言って、何か大きな問題が起こっても困る。考えてみれば贅沢な悩みだな。

 思わず苦笑いしていると、リリアがほっぺたに顔をこすりつけてきた。どうやら慰めてくれたらしい。


 お返しをしたいところだが、リリアの顔が小さすぎて難しい。せめて俺が小さくなることができたら良かったのに。……いや、もしそれができたら理性が失われそうだから、できない方が良いのかも知れない。


 魔導船の中にはお風呂まであった。川からくみ上げるので、水は実質使い放題だ。だが、火を使うのは禁止されている。火事になったら大変だからね。

 そのため、料理を作るときも火を使わない「加熱の魔道具」が使われているそうである。


 もちろん、お風呂の湯を沸かすのも魔道具だ。魔導船の乗船券が高いのは、魔石を大量に使うからなのかも知れない。だがそのおかげで、魔石の需要が尽きることがなく、冒険者たちが魔石を売ってお金を稼ぐことができるのだ。


 魔道具師と冒険者はお互いに持ちつ持たれつの関係なのかも知れない。そうなると、魔石を生み出し続けている魔物の存在は、非常にありがたい存在だと言えるだろう。

 魔物は一体何のために生まれてくるのだろうか。そんなことを考えると、夜眠れなくなりそうである。

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