第27話 魔導船

 商業都市エベランに来てから三日後、俺たちはサンチョさんの屋敷へと向かった。

 この三日間は仕事をすることもなく、ひたすらエベランの街中を歩いて回った。エベランの街はコリブリの街よりも広くて、王都から珍しい商品も入ってくる。


 食べ物を売っているお店や、魔道具を売っているお店だけでなく、武器屋や防具屋、本屋にも行った。

 本屋には、残念ながら魔法の本は売っていなかった。「魔法全集」とかあれば、自分の使える魔法が普通なのかが少しは分かるのに。


 以前、マルチダさんに魔法について聞いてみたことがあるのだが、そもそも魔法は師弟関係でなければ教えてもらうことができず、自分の手の内を明かす魔法使いはいないらしい。

 確かに俺も、それを理由にして魔法をごまかしたもんな。詳しく教えてもらえるわけがないか。


 そんなわけで、多くの魔法使いが使っている「初級魔法」と呼ばれる魔法以外は教えてもらえなかった。その「初級魔法」とはアロー系やボール系の魔法のことであり、それ以外の魔法はどんな魔法があるのか分からないという結論で落ち着いた。


 今後も魔法については調べる必要があるな。魔法使いのところに弟子入りするという方法もあるが……時間を無駄にしそうなのでやめておこう。

 リリア以上の魔法の使い手はいないだろう。俺だってまだ全てを教えてもらっていないのだ。そんなことを考えながらサンチョ邸へと向かった。

 サンチョ邸ではサンチョさんが俺たちが来るのを首を長くして待っていたようである。


「お待ちしていましたよ、フェルさん。もっと早くいらっしゃるかと思っていたのですが、冒険者は忙しいようですね」

「ええ、まあ……」


 三日ほど遊び回っていましたとは言えず、言葉を濁した。何だかちょっぴり罪悪感を抱いた。お金がたくさんあるのも、問題なのかも知れない。

 客間に案内されると、すぐにサンチョさんの奥さんのミースさんが挨拶に来た。二人とも元気そうである。


「今回王都に向かうのは私と、ハウジンハ伯爵の一団なんですよ」

「そうですか」


 うーん、何となくそんな気はしていたが、やはりエベランの街の領主、ハウジンハ伯爵も王都に向かうのか。それなら伯爵の兵士だけでも十分に護衛できると思うんだけど。

 そうなると、俺たちはおまけかな?


「ハウジンハ伯爵の護衛もいるのですが、道中何が起こるか分かりませんからね。念には念を入れようと言うことになりましてね。そこでフェルさんの名前が挙がったのですよ。ゴールドランクの冒険者がいれば心強いですからね」


 どうやら俺がゴールドランク冒険者になったことは知られているようである。エベランの街の冒険者ギルドには二回しか顔を出したことがないんだけどね。思っていたよりも、各街にある冒険者ギルド同士のつながりは深いみたいだ。


「分かりました。護衛依頼に全力を尽くしますよ」

「ありがとうございます」

「ところで、王都までの道中で何か問題が起きていたりしませんか?」

「今のところは聞いていないですね。基本的には魔導船の上にいますからね」


 魔導船……どうやら川を行き来する船の名前は魔導船と言うらしい。名前からして、魔道具で動いているのかな? もしそうなら、船を動かすほどの大きさの巨大魔道具が存在することになる。これは驚きだな。


「それなら道中の危険性は少なそうですね」

「まあ、そうなりますな。魔導船を襲う魔物がいるという話は聞いたことがないですからね」


 うん、ますますなぜ俺たちが呼ばれたのか分からないな。正直なところ、別に要らないんじゃないかと思う。俺たちとの縁を強くしたかったのかな? その線ならあり得そうだ。

 まあ、こちらとしてはタダで王都まで行くことができるし、お金ももらえる。ハウジンハ伯爵の護衛依頼ということであれば、冒険者としての評価もさらに上がることだろう。悪い話ではないかな?


「出発は明日になります。必要な食料などはこちらで準備しています。何か欲しい物があったら、追加しておきますよ?」

「それじゃ、お酒……ムグッ」


 お酒を要求しようとしたリリアの口を塞ぐ。護衛依頼中にお酒を飲むのは禁止だ。たとえ何も起こりそうにないとしてもダメだ。それに、どのくらいの広さがあるのか分からない船内で裸になるのはもっとダメだ。


 サンチョさんには念のため、酔い止めだけを用意してもらった。魔導船は大きくて、揺れも少ないので船酔いすることはあまりありませんよと言われたが念のためである。なるべく万全な態勢で臨みたい。




 翌日、俺たちはハウジンハ伯爵邸で、もう一人の依頼人であるハウジンハ伯爵と合流した。

 前回、ハウジンハ伯爵と会ったときは、俺は旅の治癒師の姿だった。そのときはもちろん、リリアは姿を見せていない。


 どうやらハウジンハ伯爵は俺がそのときの治癒師だとは気がついていないみたいである。若いのに、すでにゴールドランク冒険者になっている俺を、驚きの目で見つめていた。

 挨拶を交わすとリリアを紹介した。俺がゴールドランク冒険者であることを知られていると言うことは、妖精が一緒にいることも知られているはずだ。今さら隠す必要はないだろう。


「ウワサでは聞いていたが、本当に妖精様を連れているんだな。これは良いものが見られたぞ」


 伯爵はとても喜んでおり、奥さんのペトラ夫人を呼んでいた。見世物になっているのが嫌なのか、リリアが微妙な顔をしている。ちょっとだけ我慢してもらいたい。

 挨拶が終わると、そのまま出発することになった。すでに準備は整っているようであり、すぐに馬車が玄関に寄せられた。


 すぐにアナライズの魔法を使い警戒態勢に入った。周囲に怪しい人物はいない。人が多いので、小さな悪意も見逃さないように索敵範囲は最小限にしている。この距離であれば、何かあればすぐに対応できるだろう。


 まあ、俺たちが対応する前に、護衛の兵士たちが何とかしそうだけどね。俺たちが手を貸すのは、兵士たちではどうにもならないときだけかな? そんな場面が来なければいいんだけど。


 ハウジンハ伯爵とサンチョ商会の一団はエベランの街の西門から出た。川まで続いていると思われる道は、馬車が二台すれ違えるほどの大きな道幅だった。

 商業都市エベランの物流は陸路だけでなく、水運を利用したものも活発なようだ。その証拠に、俺たちだけでなく、多くの荷馬車や人が行き交っている。


 三十分ほど進んだところで、大きな川が見えて来た。そしてその川の上に大きな船が浮かんでいた。船の左右の側面には大きな車輪のようなものがついている。もしかしてこれが回るのかな?


「すごいわね、あの船。あんな船初めて見たわ」

「魔導船っていうくらいだから、あの車輪が回る魔道具が設置されているのかも知れないね」

「あの車輪で船を前に進めるのかしら? 何だかすごそうね」


 近づくにつれて、川も船もどんどん大きくなっていった。船が停泊している場所は人工的に整備された場所のようである。他の川岸と違い、石でしっかりと補強されていた。

 そこから船に向かって、木の橋が架けられている。どうやらこれを通って船に乗り込むみたいだ。


 受付らしき人がハウジンハ伯爵の馬車に駆け寄る。何かの書類を確認した後は人数を数え始めた。それが終わるとすんなりと通してもらえた。

 ところで気になったのだが、妖精の料金はどうなっているのかな? 特に何も言われなかったので、タダなのかも知れない。


 魔導船は何と外側が金属でできていた。甲板は本で読んだ通り木製だ。木よりも重い金属が浮かぶだなんて、もし本に書いてあったとしても疑ったことだろう。

 それに両側についている大きな車輪! よく見ると水車のような構造になっていた。これを回して前に進むのは間違いなさそうだ。その気になれば、後ろにも進めそうだ。動くのが楽しみだな~。


 頭と目をキョロキョロさせながら、慣れた様子で船内を進んで行く依頼人の後をついて行った。リリアの顔もせわしなく動いている。やっぱり気になるよね。俺だけじゃなかった。

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