第21話 商業都市エベランの領主

 その日の夕食は、サンチョさんの奥さんであるミースさんの全快祝いということもあり、非常に豪華な食事が用意された。

 この晩餐会には俺たちの他にも、サンチョさんと関わりが深い人や、役職を持つ従業員たちも参加している。


 エベランの街を拠点にしている冒険者も何人か来ていたので、俺たちがいてもそれほど目立つことはなかった。一応念のため、リリアには姿を消してもらってはいたが。

 リリアがいないことに気がついたミースさんがちょっと挙動不審になっていたが、みんなからお祝いを言われてそれどころではなくなっていた。


 ミースさん、リリアと意気投合してたもんね。きっとみんなに友達を紹介したかったのかも知れない。残念だけど、あまりリリアのことを大っぴらにしたくなかったので、隠させてもらったけどね。


 俺はテーブルの隅っこに陣取ると、他の人にバレないようにリリアにご飯を食べさせていた。久しぶりに食べる豪華な食事だが、特に感慨深いことなどなかった。「そういえばこんな食べ物もあったよね」くらいである。


 食事が終わると、お風呂に入らせてもらえることになった。どちらかと言うと、食事よりもこちらの方がうれしかった。久しぶりのお風呂だ。もし自分の家を持つことができるようになったら、絶対にお風呂場を設けたいと思っている。


「ようやくお風呂に入れるわね。ここまで長かったわ」

「そうだね。いくら魔法でキレイにできるとはいえ、お風呂に入らないと何だか味気ないもんね」


 魔法を使えば体だけでなく、着ている服の汚れもすぐに取ることができる。だがしかし、心の疲れまでは取れないんだよね。そこはやっぱりお風呂につかってリラックスしないと。

 服を脱いでお風呂場に入る。そこにはすでに全裸になったリリアがいた。湯煙に霞む、艶やかに輝く肌が見えた。ほほがお風呂場の熱でほんのりと赤くなっている。

 慌てて前かがみになる。久しぶりで、そのことを忘れていた。




 ふかふかのベッドに横になると、気がつくと朝になっていた。ふかふかのベッドがここまで高い睡眠効果を持っているとは思わなかった。どうやら以前は当たり前すぎて気がつかなかっただけみたいである。これは高価なベッドが欲しくなってきたぞ。


「フェルさん、今日のご予定は?」


 朝食の時間にサンチョさんが尋ねてきた。きっと昨日の呪い解除の件だろう。俺の動きを把握しておきたいみたいだ。


「午前中に冒険者ギルドに行くつもりです。盗賊団絡みの報酬が用意できているかも知れませんからね。そのあとは街の中を観光したいと思っています。お昼には一度ここに戻って来るつもりですよ」

「そうしてもらえるとありがたいです。午前中のうちにできる限り話を進めるつもりなので、早ければ午後からハウジンハ伯爵のところに行けるはずです」


 商業都市エベランを治めている領主はハウジンハ伯爵というらしい。伯爵と縁ができるのか。これは正体がバレるのをできる限り避けなければいけないな。

 サンチョさんが「馬車を用意する」と言ってきたが丁重にお断りした。馬車なんかで冒険者ギルドに乗り付けたら悪目立ちするだけだ。


 サンチョさんからもらった地図を頼りに冒険者ギルドへ向かう。昨日行ったばかりなので大体の道を覚えている。それでもサンチョさんの屋敷からはそれなりに距離があったので、到着するまでに時間がかかってしまった。


「冒険者ギルドまでの距離が遠いと、こうなるのね。あたしたちが家を借りるときには気をつけないといけないわね」

「そうだね。確かに静かで、良い場所なのかも知れないけど、毎日この距離を行き来するとなるとちょっとつらいかな?」

「早起きしなきゃいけなくなるものね。朝はゆっくりと、気の済むまで寝たいわ」


 周囲の人にリリアの存在がバレないようにコソコソと話ながら冒険者ギルドに入った。朝のラッシュの時間帯は過ぎており人影はまばらである。残っている依頼はそれなりに報酬が良さそうだった。

 それでも依頼を受ける人がいないということは、依頼主に問題があるのだろう。俺はその名前をしっかりと覚えておくことにした。気をつけておくに越したことはないからね。


「すみません、盗賊団の討伐報酬の件で来たのですが、報酬はどうなりましたか?」

「少々お待ち下さい……えっと、これですね。お名前をお願いします」

「フェルです」


 名前を告げると、報酬金を入れた袋を渡された。受け取りのサインをすると、盗賊団の討伐の件については終了である。これで俺の冒険者ギルドでの評価も大きく上がったことだろう。

 俺は受付嬢にお礼を言ってから冒険者ギルドを後にした。


「ねぇ、これからどうするの?」

「そうだな、まずは珍しい食べ物を探そう。せっかくここまで来たんだし、新しいものに挑戦しないとね」

「賛成ー! 変わった果物とかあるかな?」

「王都からの商品も入って来ているみたいだし、あるんじゃないかな?」


 そんな感じで俺たちは昨日行くことができなかった生鮮市場へと向かった。場所は冒険者ギルドとサンチョ商会の中間くらいの位置である。よく見ると、この辺りの裏通りでは子供たちが遊んでいる。


 どうやら裏通りの先は住宅地になっているようだ。だからこんなに店がにぎわっているのだろう。コリブリの街の市場よりも活気がありそうだ。

 道行く人をうまく避けながら店を見て回る。姿を消したリリアは俺の頭の上に張り付いていた。人が多いところではそこが安全地帯になるのだ。


 怪しい食べ物を買い食いしながら、約束通り昼前にはサンチョさんの屋敷に戻った。なかなか刺激的な果物があり、世界の広さを思い知ることができた。これはもっと世界中を見たくなるな。


 食べた部分によって味が変わる果物とか、罰ゲームにしか使えないのではなかろうか。すごくからかったんだけど。リリアが食べたところは酸っぱかったようで、しおれた花みたいになっていた。


「ただいま戻りました」

「フェルさん! 待ってましたよ。ハウジンハ伯爵がすぐにでも来て欲しいと言ってました」


 言っていた? もしかしてサンチョさん、直接ハウジンハ伯爵のところに出向いたのかな? そうなると、サンチョさんとハウジンハ伯爵とのつながりはかなり深いことになる。


 サンチョさんに伝わった情報は、もれなくハウジンハ伯爵に伝わると考えた方が良いだろう。正直に言わせてもらえれば、あまり深くは関わりたくないな。貴族という権力を振りかざして来るかも知れない。

 まぁそうなったら、またどこか遠くへ逃げるだけだな。国は他にもある。ここだけではない。隣の大陸もあるしね。


「分かりました。昼食を食べてからでも良いですかね?」

「もちろんですとも。昼食はすでに用意してありますよ。おっと、その前にこれをお渡ししておきましょう」


 サンチョさんが持ってきたのは怪しい服だった。どうやら東方から運ばれてきた品のようである。見慣れない模様が隅々まで刺繍で施されている。

 それからもう一つ。怪しい仮面だ。確かに顔は見えなくなるけど、この格好は怪しすぎるのではないだろうか。まあ、サンチョさんが選んだものなら大丈夫なのだろう。


 サンチョさんが用意してくれた昼食を食べると、慌ただしく衣装を着替え、屋敷を後にした。

 乗せられた馬車はまっすぐに街の中央区画へと向かって行った。行く手には青くとがった屋根が見えた。おそらくあれが街の中央にあるという大聖堂の屋根なのだろう。


 トピアリーがいくつも並んでいる大きな庭が見えて来た。馬車はその大きな屋敷の前で止まった。どうやらここが目的地のようである。あのトピアリーはハウジンハ伯爵の趣味なのかな?


 御者が門番に何かを見せると、すんなりと中へと入れてもらえた。俺たちの確認はしなくても良かったのかな? こんな怪しい格好をした人物が馬車に乗っていたら、普通なら門前払いされると思うんだけど……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る