第20話 謎の治癒師

 サンチョさんとミースさんが抱き合って泣いている。残された俺たちはどうすれば良いのか分からず、取りあえず後ろを向いておいた。


「ねぇ、あたしたち、もう帰っても良いんじゃない?」

「俺もそう思う。早く戻って宿を探さないと野宿することになるかも知れない」


 これ以上の長居は無用である。やるべきことは終わったし、俺たちもライナーたちを見習って、すぐにでも良い感じの宿を探すべきだろう。

 だがしかし、俺たちがコソコソと話をしていたのが聞こえていたようである。


「その必要はありませんよ、フェルさん。今日はここに泊まっていって下さい。いや、エベランに来たときはいつでもここに泊まっていって下さい!」


 サンチョさんが涙を流して俺の手を取りながらそう言った。何だろう、どういう顔をすればいいのか分からない。いつもは陽気なリリアも顔を引きつらせていた。

 そしてそのまま、俺たちはなし崩し的にサンチョさんの屋敷に泊まることになった。

 一応、断ったがダメだった。


「リリアちゃんはこっちの服装も似合うわよ」

「さすがママさん、どう、これ、どう?」


 すっかり意気投合したリリアとミースさんがファッションショーを始めた。さすがは大商人の奥さんと言うだけはあって、王都で流行の服をたくさん持っており、センスも良いみたいだ。


 リリアに服を再現させて、着せ替え人形で遊ぶかのようにはしゃいでいる。リリアもリリアで新しい服に目覚めたようである。とっかえひっかえ、色とりどりの花が咲くように服装を変化させていた。


 どうやらリリアの服は魔力で作られているようだ。そのため、リリアのイメージでどのようにも変化させることができるみたいである。知らなかった。

 服の色も、いつも身につけている緑色の服だけでなく、赤や黄色、ピンク、果てにはゴールドやシルバー、ミスリルなんかの色に変化させていた。リリアのキラキラ感がさらにキラキラになっていた。まぶしい。


「すみませんね、フェルさん。妻がはしゃいでしまっているみたいで」

「構いませんよ。リリアも楽しんでいるみたいですしね」


 そんな二人の様子を男連中はお茶を飲みながら温かい目で見守っていた。楽しそうだな、二人とも。


「サンチョさん、以前に毒でやられたって言っていましたが、毒を盛られたんですよね?」

「ええ、そうです。ちょうど私の商会が王城に出入りできるようになったころでしたね。それをねたむ同業者の仕業ではないかと思っています。証拠は何もありませんがね」


 苦笑いを浮かべるサンチョさん。商人の業界でも足の引っ張り合いはあるみたいだ。それはどこの国でも同じなのかも知れない。巻き込まれたくはないものだな。


「ですが、同じ手には二度と乗りませんよ。今はこれがありますからね」


 そう言って指輪を見せてくれた。それは毒を無効化することができるリングだった。確かにそれがあれば、毒を盛られても大丈夫そうである。よく見ると、ミースさんの指にも同じ指輪がついていた。


「それなら安心ですね。食べ物に毎回注意するのも大変ですからね」

「フェルさんも十分気をつけて下さいよ」

「そうしますよ」


 解毒のリングはないが、アナライズを使えばそれに毒が入っているかを簡単に調べることができる。リリアのおかげで大概のことは魔法で何とかできるようになっている。ありがたいことだ。


「ところでフェルさん、アンチ・カーズの魔法を使えたりしませんか?」

「アンチ・カーズ? だれか呪いにかかった人がいるのですか?」

「アンチ・カーズって、サンチョ、もしかして……」


 リリアとミースさんもテーブル席へとやって来た。すぐに使用人が温かい飲み物を持って来た。何だろう、何だかサンチョさん以上の大物が出てきそうな予感。使えるけど、使えないことにしてこうかな……。


「アンチ・カーズなら使えるわよ。でも相手に呪いをかけるのって、ものすごく大変だったと思うんだけど?」


 リリアが首をひねっている。どうやらリリアは魔法だけでなく、呪いも使えるみたいである。

 呪いをかけると言えば、やっぱり生贄を捧げたりするのかな? ちょっと気になる。


「実はこのエベランの街を治めている領主の奥さんが、声が出なくなるという恐ろしい呪いにかかっているのです」


 尋ねてないのにサンチョさんが語り始めた。どうやらすでに俺がその魔法を使って呪いを解く方向で進んでいるみたいである。リリアが余計なことを言うから……。


「声が出ない……相手から何か要求はあったのですか?」

「ええ、もちろん。領主を辞めろ、とのことでした」


 領主を辞めろか。確かにそれだけじゃ、相手がだれなのかは分からないな。領主の退陣を望んでいるのはライバル貴族かも知れないし、この街の住人なのかも知れない。

 だが呪いを解くのは良いとして、聞いておかなければならないことがある。


「その領主はどのような人物なのですか?」

「おお、フェルさん。もちろん、悪い人物では決してありませんよ。賄賂と不正で腐りきっていたこの商業都市エベランを浄化した、素晴らしい人物なのです」


 なるほど、ますます呪いをかけた相手がだれなのか分からないな。そんなことをすれば、あちらこちらから恨みを買っていることだろう。それでもその浄化を成し遂げたということは、相当優秀で正義感のある人物なのだろうけどね。


「ねぇ、フェル、助けに行きましょうよ」


 ミースさんからもらったお菓子を食べながらリリアが言った。すでに餌付けされているいる! 妖精にとって食べることは、ただの嗜好品に過ぎないんじゃなかったっけ? よく見ると、すでに高そうなお菓子をいくつも食べているようである。

 これは断れないな。悪い人物じゃなさそうだし、まあ、いいか。目立たなければね。


「分かりました。やりましょう。ただし、条件があります」

「何でしょうか?」


 ゴクリとサンチョさんが唾を飲み込むような音が聞こえたような気がした。


「俺の正体を明かさないようにしていただきたい。謎の治癒師が治療したということにして下さい」

「ええー! 相手がお金持ちなら、ガッポリとお金を稼げるのに。もったいない」


 リリアが反対意見を述べた。確かにそうかも知れないが、そこから芋づる式に国につながって行くと非常に困る。俺は大金よりも自由が欲しい。何とか生きていけるだけのお金がありさえすれば良いのだ。

 そしてそのお金は、今の状態でも十分に稼ぐことができる。


「分かりました。フェルさんの希望を全面的に聞き入れます。通りすがりの謎の治癒師ということで話をさせていただきます。衣装も私が準備します。すぐに話をつけますので、今しばらく、ここに滞在していただけますか?」

「分かりました。それまでお世話になります」

「お世話になるだなんて。これだけじゃ、全然恩を返せていないわ」


 ミースさんがそう言った。俺としては別に恩に着せるつもりは全くなく、単にサンチョさんの奥さんが困っているから治療しただけである。それがどうやら思わぬ方向に進んでいるみたいだ。この辺りで軌道修正しないと、ズルズルと行ってしまいそうな気がする。


 リリアは特に気にしていないみたいだけど、一体何を考えているのやら。リリアと一緒にお菓子を食べながら、一人不安を感じていた。

 ん、なかなかおいしいな、このお菓子。

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