第19話 サンチョ邸
俺はサンチョさんに連れられて店の中に入った。どうやらまずはお店の方でおもてなししてくれるようだ。そのサンチョさんはすぐに異変に気がついた。
「フェルさん、妖精様はどうされたのですか?」
周りに聞こえないようにコソコソと話しかけてきた。一応、気を遣ってくれているようである。それならわざわざお店の前で出待ちしていなくても良かったのに。
「リリアの姿が見えたら大騒ぎになりそうだから、姿を消してもらっています。姿を消した状態だと容赦なくイタズラするんで気をつけて下さいね」
どう気をつけるのかと聞かれると困るのだが、とにかくリリアが姿を消しているときは、リリアの意に添わないことをすべきではない。サンチョさんの頭の髪の毛をフーフーすることくらい、軽くやってのけるだろう。
「そ、そうなのですね。重々気をつけます。おっと、それよりもこちらにどうぞ。馬車を用意しておりますので」
どうやらこの店はただの待ち合わせ場所として使っただけのようである。本命はこれから馬車で向かうのだろう。店の裏口を出ると、そこには立派な馬車が用意されていた。
俺たちがその馬車に乗り込むと、心得たとばかりに馬車が走り出した。
「私が住んでいる家は商会から少し離れたところにあるんですよ。当初は商会の建物の中に住むつもりだったのですが、妻の具合が悪くなりましてね。少しでも静かなところに住むことにしたのですよ」
サンチョさんの話を聞きながら窓の外を見ると、馬車は住宅地へと向かっているようだった。さらに進むと、周囲の建物もどこか気品あるものへと変わっていった。
道を歩く人たちの服装も庶民的なものから、ちょっとおしゃれな街歩き用の服に代わり、先ほどの騒々しさがウソのように静かになった。
「サンチョさん、もしかしてこの辺りは高級住宅街なのですか?」
「ええ、そうですよ。そのためこの辺りはとても静かで、どの家も庭を持っているので緑あふれる場所なんですよ」
確かに窓から見える景色には色とりどりの花が咲く庭が見えている。木を植えている家もあり、生い茂る葉が涼しげな木陰を作り出していた。
高級住宅街と言うことは貴族もいたりするんだろうか。ちょっと嫌なことを思い出してしまったぞ。正直、あまりこの場所にはいたくないな。安請け合いするんじゃなかったかかも知れない。でも放っておくのも悪い気がするし。
「みんなおしゃれな服を着てるわね。あたしも着飾った方がいいかしら?」
そんな俺のことを知ってか、知らずか、窓の外を熱心に観察していたリリアがこちらに振り向いた。
リリアと契約を結んでいるからなのか、リリアが姿を消していても、俺はその姿を見ることができる。姿を消しているときのリリアはうっすらと後ろが透けて見えるのだ。それ以外はいつもと変わらない。
「それは良い考えかも知れない。少なくとも今のそのきわどい服装よりは良いと思う」
先ほどまで目の前に浮遊していた、プリプリとしたお尻の光景を慌てて打ち消す。
「きわどい服装って、フェルはこの服装を喜んでいるくせに」
バレてる! でもそれは俺一人が見る場合に限る話なんだけどね。他の人にはなるべくなら見られたくない。
「確かにそれは認めるけど、できれば俺以外の人の前ではもう少しおしとやかな服装をしてもらいたいかな」
「ふ~ん、思ったよりもフェルは独占欲が強いのね。分かったわ。これならどう?」
クルリと回ったかと思うと、リリアの服装がスカートをはいたものへと変わっていた。スカートの下からは白のカボチャパンツが見える。うん、これなら大丈夫だろう。
「良いんじゃないかな? すごく似合っているよ」
「そう? それなら人前に出るときはこの服装にしておくわ」
リリアが姿を現した。サンチョさんは驚いたようだったが、声を上げることはなかった。
窓の外に見えるのはいつの間にか人族ばかりになっていた。わずかにエルフ族や獣人族の姿が見えるくらいである。
どうやら多種族国家と言えども、その中心に立っているのは人族のようである。お金をたくさん稼いでいるのも人族なのだろう。もしかすると、貴族も人族だらけなのかも知れない。もしそうなら、あまり近寄りたくないな。
「フェルさん、あそこが私の家になります」
そんなことを考えている間にサンチョさんの家に着いたみたいである。指差された方向を見ると、青い屋根を持つ庭付きの一軒家があった。周囲の家よりも大きいことから、サンチョさんの財力の大きさがうかがえる。
「立派な家ですね。この辺りは貴族も住んでいるのですか?」
「いえ、この辺りには住んでいませんよ。もっと向こうの中央区画に住んでいますね」
サンチョさんが街の中央付近を指差した。良かった。ちょっと安心した。どうやら貴族と会わなくて済みそうだ。このまま治療を終わらせたら、ここからさっさと立ち去ろう。
馬車が止まり地面に降り立つと、モワッとした暑さが俺たちを出迎えてくれた。
どうやらサンチョさんの馬車には、先ほどの冷たい風が出る魔道具が設置されていたらしい。なるほど、なかなか役に立つ魔道具なのかも知れないな。
サンチョさんが俺たちを家の中へと案内してくれた。玄関の扉を開けると、すぐに使用人たちがやって来た。
「旦那様、お帰りなさいませ」
「こちらは私の大事な客人のフェルさんと妖精のリリア様だ。粗相のないように」
その言葉に使用人たちの目が大きく見開かれた。妖精を見たのは初めてなのだろう。そして様を付けて呼ばれたリリアは何だか嫌そうな顔をしていた。
リリアは様付けされるのが嫌いだもんね。リリアちゃんって呼ばれる方が好きなのである。
「さっそく妻のミースに会ってもらいたいのですが、よろしいですかな?」
「構いませんよ」
俺たちはサンチョさんに連れられて二階へと上がった。二階は廊下沿いに個室がいくつか並んでいる。サンチョさんはそのうちの一つ、一番大きくて、豪華な扉をノックした。
すぐに中から返事があり、使用人が顔を出した。
「ミース、私だ。中に入っても構わないかね?」
「ええ、それはもちろんですけど……?」
部屋の中から困惑するような声が聞こえた。いつもはノックもそこそこに部屋に入っているのだろう。今回は俺たちがいるので、一応中を確認したようである。サンチョさんに促されて俺たちは部屋の中に入った。
天蓋付きの大きなベッドに一人の夫人が横になっている。
「サンチョ、この方たちは?」
「二人は私が護衛として雇った冒険者だよ」
「まあ! もしかして、またご自分で仕入れに行ったのですか? 商人としての勘が鈍るからとはいえ、もうそろそろ他の人に任せてもよろしいのではないですか?」
妻に小言を言われたサンチョさんが苦笑いしている。どうやら内緒でコリブリの街まで来ていたようである。
「まあまあ、それは置いておいて。そのときにな、私の右腕を治療してもらったのだよ」
「右腕の治療……まさか?」
「ああ、そのまさかさ。ミースの体も元に戻せるかも知れない」
それを聞いたミースさんが目を輝かせてこちらを見ている。断るつもりはないので、最低限の口止めをお願いする。
「その代わりと言ってはなんですが、このことは内密にお願いします。どうも使う魔法が一般的には珍しい魔法のようでして……」
「約束致しますわ」
ミースさんが強い意志を帯びた目でこちらを見つめた。
「それでは、エクストラ・ヒール」
淡い光がミースさんを包み込むとすぐに消えた。これで治っているはずである。
「まさか、エクストラ・ヒールが使える人がいるだなんて!」
何か同じことをサンチョさんに言われたような気がする。やっぱりレア度の高い魔法のようである。
ミースさんが足をモゾモゾと動かしている。足の感触は戻っているはずである。ついでに失われた筋肉もある程度は回復しているはず。
「動くわ。私の足が動くわ!」
そう叫ぶと、ミースさんがベッドから立ち上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。