第16話 盗賊団

 その夜、俺たち冒険者パーティーは明日のことについて話し合った。昼間の怪しい人物はおそらく盗賊団の偵察だろう。そいつが俺たちの護衛する隊商のことをどのように報告したのか。それが問題だった。


「町の中を偵察してきたが、俺たちの隊商が一番大きいな。つまり、盗賊団が襲って一番利益のあるのが俺たちだということだ」


 レイザーさんたちが夕食の時間まで姿を見せなかったのはそのためだったらしい。依頼主の安全を確保するためにできる限りのことをする。それが護衛依頼を受けた冒険者に必要なことなのだろう。良い勉強になったな。


「でも、俺たちを襲うと、相手にもかなりの被害が出ますよ。それでも襲ってきますかね?」


 ライナーが不安そうな声を上げた。ルシアナとベールスは沈黙している。


「相手の戦力がどのくらいか分からないのが問題だな。向こうが数で押し切れると思ったら襲撃してくるだろう」

「この先に盗賊団がいるという話はだれもしていなかったわ」


 マルチダさんは聞き込みを担当していたようである。しっかりとパーティーで役割分担をしておく。これも大事だな。ソロだとすべて自分の足でやることになる。短時間で情報を集めるなら圧倒的にパーティーの方が有利だな。パーティーを組むメリットはそこにもあるのかも知れない。


「それじゃ、つい最近になってこの辺りにやって来た盗賊団ということですね。ここに来るまでの街道にいたはずの盗賊団がこっちに移って来たんですかね?」


 ライナーの意見はもっともかも知れない。警備が厳しくなり、少しでも安全なこちら側に移動したとも考えられる。ウワサになるくらいまで有名になっている盗賊団だ。きっと人数も多いことだろう。


「そうかも知れん。それなら一番お金を稼ぐことができる俺たちを狙う可能性は十分にあるな。フェルの意見はどうだ?」

「昼間の怪しい人物はマークしているので、魔法の効果範囲内に入ればすぐに分かりますよ。そいつが俺たちを引き続き監視していたら、たぶん道中で襲いかかってくるでしょうね」

「おいおい、そんなこともできるのかよ。とんでもない魔法が使えるんだな。さすがは賢者様」

「一体どんな魔法なの? 気になるわ」


 マルチダさんがこちらを見ている。どうやらマルチダさんが使っている魔法と、俺たちが使っているアナライズの魔法は別物みたいだな。これはまた世に知れ渡るとまずい魔法なのかも知れない。


「それはもちろん秘密ですよ。我が一族秘伝の魔法ですからね」


 もちろんウソである。そう言っておけばあきらめるだろう。当然のことながら、教えてもらったのはリリアからである。

 このウソは効果があったみたいで、マルチダさんとルシアナが残念そうな顔をしつつも、それ以上は聞いてこなかった。


「それじゃ、明日になればハッキリするということだな。ライナーたちは覚悟はできたのか? 盗賊団と遭遇する可能性はかなり高いと思っている」


 レイザーさんが三人に尋ねた。事前に覚悟を決めておくことができるだけ、まだありがたいのかも知れない。ライナーはしばらく目を閉じていた。次に目を開いたときには、その目に決意の色が見てとれた。


「大丈夫です。やれます」


 ライナーが言うと、ルシアナとベールスもうなずいた。その日の夜はライナーのため息をつく音が何度も聞こえた。




 次の日も快晴だった。昨日よりも多少雲があるが、雨が降ることはないだろう。

 俺たちが護衛する隊商は朝食を食べるとすぐに出発した。今日の俺たちはなるべく隊商の先頭を進んだ。この位置なら盗賊団が現れてもすぐに分かる。

 町から出るとすぐにレイザーさんが近づいて来た。


「どうだ、フェル、来てるか?」

「来てますね。前方の左手の草むらにいます。こちらと同じくらいの速さで、同じ方向に移動してますね」

「それじゃ、間違いないか。ライナー、抜かるなよ」

「わ、分かってますよ」


 ライナーの緊張感が高まっている。本当に大丈夫かな? 何だか心配になってきたぞ。ルシアナとベールスは落ち着いた様子をしている。こっちは問題なさそうだ。


「サンチョさんに知らせた方が良いんじゃないですか?」

「そうだな。一応、知らせておくか。今日のところは引き返すという判断もあるかも知れない。だが、いつまでもあの町にとどまるわけには行かないからな。どうなることやら」


 レイザーさんがそうぼやくと、サンチョさんが乗る馬車へと向かった。どのような結果になっても良いように、周囲の警戒は怠らない。俺たちの前方には別の隊商が進んでいる。もしかすると、そちらを狙っている可能性もあるだろう。


 程なくしてレイザーさんが戻って来た。できれば先に進みたいとのことだった。

 あれかな、初日の俺との約束がサンチョさんを急がせているのかな? どうも、奥さんの調子は良くないみたいだったし、できるだけ早くエベランに戻りたいのかも知れない。


 それでも、盗賊団に襲われて死んでしまったらどうしようもないと思うんだけどね。こちらにシルバーランクの冒険者が二組いることも、サンチョさんを前に進ませる要因になっているのかも知れない。


 シルバーランクの冒険者ともなれば、その辺りのごろつきには絶対に負けないだろうからね。凶暴な魔物と日々戦っているのはだてじゃないと言うことだ。


「大変よ! 前の人たちが襲われているわ!」


 リリアが声を上げた。リリアのアナライズの範囲は俺よりも一回りほど大きい。俺がまだ気がつけない範囲でも、リリアは見通すことができるのだ。さすがは妖精といったところである。


「リリア、盗賊団の数と、前の隊商の人数は?」

「盗賊団は三十人くらいね。あたしたちを見張っているヤツは、そのままこっちを見張ってるみたい。前の人たちは七人よ。どうする?」

「このままだと、前方の隊商が全滅してしまうかも知れない。もしかすると、そのままの流れでこっちに来るかも知れないね。今から反転して戻っても、追いつかれるんじゃないかな?」


 町を出発してからそれなりに進んでいる。それに引き返すにしても、反転するまでには時間がかかるだろう。レイザーさんはあごに手を当てて考えている。

 俺たちのリーダーはレイザーさんだ。方針が決まるのを静かに待った。


「よし、町まで戻る途中で追いつかれる危険性があるなら、前のヤツらと合流して盗賊団をたたこう。前の隊商を助けることができたら報酬をガッポリもらえるぞ。ついでに冒険者ギルドの評価も大幅アップだ!」


 レイザーさんは俺たちを鼓舞するかのように言った。それもそうか。危険なところにわざわざ向かうんだからな。それなりの餌がないと食いつかないか。


「そうですね。助けに行きましょう!」


 そう言ったライナーの目には曇りはなかった。これなら大丈夫そうだな。ルシアナとベールスの二人もうなずいている。


「急いで依頼主に報告してくる。お前たちは先に行け! 油断するなよ!」


 そう言うと、レイザーさんが風のように走って行った。俺たちはお互いにうなずくと、前方に向かって走り出した。


「それじゃ、見張り役とはここでさよならね」


 リリアがつぶやくと見張り役の反応が消えた。

 走り出してすぐに俺のアナライズにも反応があった。前方の隊商の護衛はまだ戦っている様子だ。


「ルシアナ、魔法で相手をかき乱してくれ。ベールス、俺の援護を頼む」


 ライナーが走りながら叫んだ。すでに剣を抜いている。


「フェル、あたしたちはどうする?」

「俺たちは隊商の救護に当たろう。ケガ人がいるはずだからね」


 盗賊たちが見えた。

 ルシアナがストーン・ランスを密集した盗賊たちに向けて撃った。突然の不意打ちに盗賊団の数人がなぎ倒された。

 盗賊団の動きが止まる。


「くそっ、あいつは何をしているんだ! 動きがあったらすぐにのろしを上げるように言っていただろうが!」


 盗賊団の頭らしい人物が叫び声を上げた。たぶんその「あいつ」は、すでに土の中に埋葬されていると思う。

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