第15話 確認した方が良さそうだ
サンチョさんのあまりに必死な形相に押されて、取りあえず話だけ聞くことになった。すでにサンチョさんは涙を流している。
「私には愛する妻がおりまして、その妻も、私と同じく毒にやられました。さいわい私は解毒剤が良く効いて、右腕のしびれと痛みで済んだのですが、妻は……半身不随になり、寝たきりになってしまったのです」
夫婦同時に毒にやられたとなると、だれかに毒を盛られたみたいだな。どう見てもサンチョさんがかつて冒険者だったみたいには見えないもんな。おなかもそれなりに出ているしね。
「構いませんよ。エベランに暮らしているのですか?」
「ひ、引き受けて下さるのですか! そうです、そうなのですよ。エベランなら薬が手に入りますからね」
ガバッと駆け寄ると、俺の両手を握った。どうやら相当、奥さんのために手を尽くしてきたようである。
「リリアも良いよね?」
「もちろんよ。ただし、あたしたちがエクストラ・ヒールを使えることは内緒にすること。それが守られないなら、お断りよ」
ビシッとリリアが指差した。サンチョさんともう一人の男の人が無言でコクコクとうなずいた。リリアはエクストラ・ヒールが「とても目立つ魔法」だと判断したようである。
これは俺もホイホイと使わないようにしなければいけないな。使うときは無詠唱にしよう。無詠唱だと魔力を多めに消費するし、効果も落ちるのであまりやりたくないんだけどね。でも仕方がないか。
話は決まった。サンチョさんはお金を支払うと言ったが、口止め料として一切受け取らなかった。どうやらお金を稼ぐだけなら、治癒院を開いた方が早そうだ。
部屋に戻る途中で、バルコニーに出た。
「リリア、エクストラ・ヒールを使うのはダメそうだよ。どうなってんの?」
「あたしもサッパリ分からないわ。封印されているうちに、どうも世の中の魔法事情が大きく変わってるみたいね。どこかで一度、魔法について調べる必要があるわね」
「そうだね。エクストラ・ヒール以外にも使うとまずい魔法があるかも知れない」
俺たちはお互いにうなずき合うと何事もなかったかのように部屋に戻った。このことがだれかに知れ渡ると面倒くさいことになりそうだ。
翌日から、サンチョさんの俺たちに対する態度がガラリと変わってしまった。俺たちはただの冒険者で、馬車に乗る資格はないはずなのに、しきりに乗せようとしてきた。
さすがにレイザーさんにおかしいと思われて、何があったのかを聞かれたが「食事のお礼をしたら気に入られた」と言って、何とか納得してもらった。
ウソはついていない。サンチョさんにも「気持ちはありがたいが、冒険者としてのテストの一つなのでそっとしておいて欲しい」と頼んでおいた。おかげで何とか静かになった。
まあ、休憩の度に色々と食べ物を差し入れして来たけどね。
何だか食いしん坊コンビのように思われているような気がする。別に良いけどね。
そんな感じで旅を続けていると、魔物の反応があった。道の両脇には腰の高さまで伸びた草が生い茂っている。
「魔物がこっちに向かってます。一応、警戒しておいて下さい」
「良く分かったな。マルチダ、どうだ?」
「いるわね。数は三つね」
マルチダさんもアナライズが使えるのかも知れない。それでも有効範囲が狭いのか、その後ろから来る次の団体に気がついていないようである。
「その後ろからさらに四匹来てるわよ」
「この辺りならグラスウルフなのかな?」
「足が速いからそうかもね」
会話している間にも迎撃体勢を取った。不意打ちさえ防ぐことができれば、そうそう後れを取ることはないだろう。ガサガサと茂みをかき分ける音が大きくなってきた。
レイザーさんとライナーはすでに剣を抜いていた。
前衛二人、後衛はリリアを含めて五人。バランス的にどうなんだろうか。まあその辺は魔法で援護すればいいか。後衛にいる男は俺だけ。ちょっと情けない?
グラスウルフの巨体が飛び出して来た。それをあっさりと跳ね返す前衛二人。すぐにマルチダさんの追撃の魔法がグラスウルフに突き刺さった。残った一体もベールスの弓が仕留めた。
ちなみに俺とリリアの出番はなかった。次こそは。
それほど間を空けずに、次の団体が飛び出して来た。今度は俺とリリアがグラスウルフが飛び出したタイミングでストーン・アローの魔法を放った。
数十本の石の矢が一斉にグラスウルフに襲いかかる。あっという間に魔石に変わった。
「恐ろしいな、お前たち……」
レイザーさんがつぶやいた。マルチダさんは首を左右に振っている。それなりに手加減したつもりだったけどダメだったらしい。今度マルチダさんに普通のストーン・アローを見せてもらおう。
「さすがはコリブリの街の冒険者。王国内でも五本の指に入るほどの冒険者ギルドに所属しているだけはありますね」
サンチョさんが感心した様子で声をかけてきた。どうやらそのまま休憩に入るようである。やはりコリブリの街は、冒険者がたくさん集まる、国内有数の冒険者ギルドがある街だったようである。俺たちの選択に間違いはなかったようだ。
散らばった魔石を回収すると、俺たちもその辺りに座り水を飲んだ。今日は天気がいい。雨が降るよりかはずっと良いが、汗をかくのが難点だ。
休憩中、アナライズに反応があった。
「だれかが向こうの茂みに隠れている。たぶん、こっちの様子をうかがっているんじゃないかな?」
「本当ね。一人で何をしているのかしら? ――どうやら緑色の服を着てるみたいね。パッと見た感じではどこにいるか分からないわ」
馬車の高さまで飛び上がって確認したリリアがすぐに降りてきた。相手に姿を見られないようにしたのだろう。
「どう思う?」
ライナーが聞いてきたので、俺の意見を返す。たぶん、みんな同じ意見だろう。ライナーも分かっているはすだ。だが、認めたくないのだろう。
「盗賊団の斥候だろうね」
「やっぱりか」
「そりゃそうだろ。こんな危険な草むらの中に一人で、しかも緑色の目立ちにくい服でいるんだぞ」
レイザーさんが締めくくった。明らかに、ライナー、ルシアナ、ベールスの顔色が悪くなった。どうやらまだ覚悟が決まっていないようである。
「盗賊団に会うまでにはまだ時間がありそうだ。それまでに覚悟を決めておけ」
「ためらうと死ぬわよ、あなたたち」
レイザーさんとマルチダさんがしっかりと釘を刺していた。三人はまだうなり声を上げていた。
「レイザーさん、グラスウルフがいる草むらに隠れていて大丈夫なんですか? 襲われたりしないのですか?」
「そうだな、グラスウルフは匂いに敏感だからな」
「匂いに敏感?」
「たぶん、臭いんだろう。グラスウルフが寄りつきたくないほどに」
レイザーさんの言葉を聞いたリリアの顔が年老いた老婆のようにクシャクシャになった。どうやら匂いを想像したようである。俺の顔も同じようになっていたに違いない。なるべくなら近づきたくないな。
草むらに盗賊の斥候らしき人物が隠れていることはサンチョさんにも伝えておいた。驚きはしていたが、俺たちが事前にそのことを察知していることで安心している様子であった。
「今から来た道を引き返しても、途中で野宿することになるでしょう。そっちの方が危険だと思います。それで、このまま進もうと思うのですが、どうでしょうか?」
サンチョさんが俺たち臨時パーティーのリーダーであるレイザーさんに尋ねた。
「進みましょう。この人数を見て、襲ってこない可能性も十分にありますからね。それにこの道沿いにはまだ盗賊団の本体がおらず、品定めしている段階かも知れません」
「なるほど。これから報告して、明日の襲撃の手はずを整えている可能性もあるということですね。それではこのまま進みましょう」
サンチョさんはうなずくと、そのまま次の町に向かって出発を指示した。
結局、その日は町にたどり着くまで盗賊団の襲撃はなかった。
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