第14話 ご飯のお礼

 商業都市エベランに向かう街道はしっかりと整備されていた。それだけ人通りがあるということだ。そしてそれを狙う盗賊団も後を絶たないということだろう。

 街道を進んでいると、俺たちの隊商の後ろについてくる人たちが結構いた。ついでに守ってもらおうと思っているのかも知れない。


「今日中に次の町に到着するみたいですね」

「ああ、そうだ。この道は強行しなければ、二つの町を経由してエベランまで行くことができるようになっているからな」


 レイザーさんが答えてくれた。これならよほど急ぐか、トラブルでもない限り、野宿する必要はなさそうである。あとは天気の問題だが、こればかりはどうしようもないからね。


「レイザーさん、盗賊が出るのはどの辺りなんですか?」

「ライナー、そんなことを聞いてどうする。いつ、どこで盗賊が現れもおかしくないと思って、常に警戒しておかなければならないぞ」


 くっくと笑いながらレイザーさんが言った。それを聞いたライナーが渋い顔をしている。盗賊とはいえ、人間同士で戦うのには、まだためらいがあるようだ。ルシアナとベールスがそのことをどう思っているのか、ちょっと気になるな。

 ためらって殺されるようなことになれば、そこで何もかもが終わってしまう。


「この辺りで出没したという話はまだ聞いてない。俺が聞いたのは、今向かっている町の先に出るという話だ。だが、この辺りでも出没する可能性はある。用心に越したことはない」


 さすがに気の毒に思ったのか、それともレイザーさんが優しいのかは分からなかったが、予想地点を教えてくれた。だが、レイザーさんの言う通り、用心に越したことはないだろう。

 派手に暴れた盗賊が捕まることを恐れて、こちらに流れてきている可能性も十分にあるのだ。


 もちろん俺たちは油断することなく、常にアナライズの魔法を使って周囲を広く索敵している。範囲を広くしてるので精度はあまり良くないが、大体の生き物がいる場所くらいは分かる。


 初日は問題なく目的の町にたどり着いた。宿は雇い主であるサンチョさんが用意してくれていた。しかも、中々立派な宿である。さすがは大商人。

 レイザーさんから話を聞いたところによると、宿代を払うのを渋ってわざと野営する雇い主もいるそうである。それなら宿代がかからないからね。もちろん、そんなことをする雇い主の依頼はすこぶる評判が悪い。冒険者ギルドでも依頼を受ける前に教えてくれるらしい。


 俺たちに与えられた部屋は二段ベッドが四つある八人部屋だった。宿場町なだけあって、宿も大人数が泊まれるようになっているようだ。荷物を置くと、食事に行くことになった。もちろん、食事代もサンチョさんが出してくれる。


「至れり尽くせりだね」

「そうだな。これなら護衛依頼を引き受けるのも良いかも知れないな」


 俺とライナーが話していると、マルチダさんが首を挟んできた。


「甘いわね、坊やたち。これが普通だとは思わないことね。ここまでしてくれるのは雇い主が大商人だからよ。大体はボロ宿に詰め込まれてそれでおしまい。食事はご自由にって言うのは普通なのよ」

「うわぁ……野宿じゃないだけマシってことですか?」

「野宿の方がマシなときもあるわ。だから経由する町のことはしっかりと調べておくことね。申し出を断って自分たちで宿を探した方が良い場合もあるわ」


 これは思った以上に護衛依頼は大変そうだな。快適さと報酬を天秤にかけて、依頼を遂行しないといけないのか。それならもしかすると、みんなに人気の護衛依頼とかがあるのかも知れないな。

 冒険者ギルドで毎朝取り合いになっているのは、そのような依頼なのかも知れない。


 食事どころは大きな大衆食堂だった。どうやらこの町で一番大きな大衆食堂のようである。俺たちが全員入ってもまだ余裕があった。レイザーさんの話だと、宿場町にはこういった大きな食事どころが最低一つはあるらしい。


「注文をうかがいに参りました」

「定食で」

「俺も定食で」


 全員が定食だった。どうやらそれがマナーになっているようだった。もちろん俺もそれに従った。何でも食べていいとは言え、高いメニューを頼めば心証が悪くなることだろう。

 持って来られた食事をいつものようにリリアに食べさせていると、サンチョさんが尋ねてきた。


「妖精も食事をするのですか?」

「ええ、そうなんですよ。別に食べなくてもいいみたい何ですが、自分一人で食べるのが申し訳なくて、こうやって一緒に食べてもらっているんです」

「そうなのですか。それでは小鉢を追加しておきましょう」

「良いんですか?」

「構いませんよ。珍しいものを見せてもらったお礼ですよ」


 ホホホとサンチョさんが笑った。ずいぶんと気前がいい人だな。もしかして、妖精が欲しいのかな? まあ、リリアをあげるつもりは全くないけどね。


「あのオッサン、右腕が悪いみたいね」


 サンチョさんの右腕が悪い? 全然気がつかなかったな。リリアの目には別の世界が見えているのかも知れない。


「リリアはみんなをオッサン呼ばわりするよね。ちゃんと名前を覚えようよ」

「良いのよ、別に。ご飯をおごってくれたお礼に、オッサンの腕を治しちゃう?」


 確かに一理あるな。宿も食事も、良いものを提供してもらったしね。おまけに報酬もいい。


「そうだね。お礼に、そうするとしよう」


 食事が終わり、みんなが宿屋に戻ったのを確認すると、サンチョさんが泊まっている部屋に向かった。部屋の中にはサンチョさん以外の気配もある。商売の話でもしているのかな?

 ドアをノックすると、すぐに返事が返ってきた。


「これはフェルさんじゃないですか。どうかしましたか?」

「いえ、大したことではないのですが、食事のお礼をしたいと思いましてね」

「食事のお礼……?」

「はい。サンチョさん、右腕を悪くしているみたいですね」


 それを聞いて、サンチョさんの顔色が変わった。あれ、まずいこと言ったかな? サンチョさんの部屋にいた、相談役みたいな人は首をかしげている。


「良く分かりましたね。見た目は何ともないのですが、常にしびれる感覚がありましてね。時々ですが、痛むことがあるのですよ。お恥ずかしいことに、その昔、毒にやられてしまいましてね」


 眉を曲げて笑うサンチョさん。あまり思い出したくない出来事のようである。毒にやられたということは、昔は冒険者をやっていたのかな? それとも、サンチョさんを敵視している人に毒を盛られたのかな?


「腕の神経がいくつかダメになっているわね。でもそれをつなげちゃえば大丈夫そうよ」

「了解。エクストラ・ヒール」


 リリアの指示を受けて、エクストラ・ヒールを使うことにした。この回復魔法は失った体の一部を取り戻すことができる魔法だ。そんなわけで、サンチョさんは失った腕の神経を取り戻すことができたはずだ。


「え、エクストラ・ヒール! まさか、使える人物がいるだなんて! あれだけ探してもどこにもいなかったのに!」


 サンチョさんが興奮して叫んでいる。

 俺はリリアと顔を見合わせた。そしてお互いに首をひねった。おかしいな。リリアの話だと、この魔法はそんなに珍しい魔法ではなかったはずだ。魔法使いならだれでも使えると聞いていたのに。


「フェルさん、いや、フェル様、どうかもう一人、治療していただきたい人がいるのですがお願することはできませんか?」


 なぜか様付けになった。俺たちはもう一度、お互いに顔を見合わせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る