第11話 リリアの追憶
あたしたちが出会ったのは、彼がまだ五歳のときだった。その当時、彼は今の「フェル」という名前ではなく「アルフォンス・ガイラム」という名前だった。
そんな彼は、魔導書の中に封印されていたあたしを解放してくれた。あたしが封印されていた魔導書を持っていたのは彼の母親だった。そして死の間際に、息子にその魔導書を託したのだ。
よくよく彼の話を聞いてみると、非常にまずい状況に置かれていることが分かった。このままではこの子は殺されてしまう。あたしが何とかしなければ。
あたしは迷わず契約を交わした。そうすることで、常に一緒にいることができる。
まだまだ魔力は貧弱だったが、少なくともあたしを魔導書の封印から解放できるほどの魔法の素養を持っているのだ。五年、いや、十年もすれば、立派な魔法使いになれるはずだ。
それまでは、あたしがしっかり守らなきゃ。
でも、それは杞憂に過ぎなかった。あたしの教えを素直に吸収し、次々と魔法を覚えていった。それに応じて、魔力もとんでもない勢いで増えていく。三年後には立派な魔法使いになっていた。
「お母様の復讐をしたところで、だれも喜ばないよ。それよりも、この家を出て、自由になった方がずっといい」
「あなたなら、ここの腐った父親を破滅させることができるのに。欲がないわね」
「そんなことしないよ」
眉を曲げて、目尻を下げて、困った表情をしていた。
これまで調べてきたことをまとめると、彼の母親がここの腐れ親父に毒殺されたのは明らかだった。すべては妾の生んだ息子をガイラム子爵家の次期当主にしたいがために。
人間は実に愚かだ。そんな自分勝手な人たちには天罰が下ればいいのに。
「リリア、また変なこと考えているんじゃないの?」
「考えていないわ。あなたが認められなくて悔しいだけよ」
「そんなこと気にする必要ないのに。出来損ないのフリをするのにも慣れてきたし、家から追い出されるのも、もうすぐだよ」
そう言って笑っていたが家から追い出されるまでには、あたしたちが出会ってから十年もかかった。
あたしは魔法を教えながら姿をずっと隠して生活していた。彼が周りから冷たい目で見られているのを黙って見ていた。
もちろん耐えられなくて散々イタズラした。だれかにバレるようなヘマはしない。強風で洗濯物を吹き飛ばしたり、庭の雑草の伸びる速さを早くしたり、訪ねてきたオッサンのカツラを風のイタズラで飛ばしたりした。だれもあたしの仕業だとは思わない。
そしてついにその日がきた。彼が廃嫡されることをだれも止めなかったし、むしろせいせいした様子で見ていた。すべてが計画通りなんだけど、どこか心に引っかかるものがあった。
彼は何も悪いことをしていないのに。どうしてこんな仕打ちができるのか。
何も言わずに魔法の誓約書にサインをすると家を出た。あたし以外、だれもついてくる人はいなかった。こんな家、潰れてしまえばいいのに。
なけなしのお金を持って隣の国へ向かう馬車に乗り込んだ。これはすでに二人で決めていたことだ。
自由になったらフォーチュン王国に行って冒険者になる。
フォーチュン王国は多種多様な人種が集まっている、自由の国だ。自由になった自分たちにはピッタリだった。
「リリア、また変なこと考えているんじゃないの?」
「そうよ。あの家を跡形もなく消してやろうかと思って」
「やめてよね。せっかく自由になったんだ。これ以上、望むものはないよ。そうだ、誓約書に二度と名前を名乗るなって書いてあったんだった。だから新しい名前をつけなきゃね」
「どんな名前にするの?」
うーん、と腕を組んで考え込んだ。あたしなら「フェル」って名前にするのに。この名前は、かつて存在した妖精王の名前だ。あたしのお気に入りの彼にピッタリの名前だ。
「フェル、にしようと思っているよ。どうかな?」
ちょっと照れるようにほほ笑んだフェル。思わずドキッとしてしまった。もしかして、あたしの心の中が読まれてる? 契約でつながると、相手の考えが読めるときがあるって聞いたことがある。もしかして、そうなの?
「え? い、良いんじゃないの? ちなみに、どうしてその名前にしようと思ったの?」
「何となく?」
「何となくかぁ」
そのとき、ザワリとした嫌な感触が背中をひとなでした。この感じは、人間の黒い部分が現れた何よりの証拠。あたしたちの、いや、フェルの命を狙っている不届き者がいる。抹消せねば。
「馬車に乗ってるときに襲ってくるかな?」
「気がついたの? どうかしら、さすがに他の人に見られるような場所で襲いかかってこないと思うんだけど」
フェルの耳元で、フェルだけに聞こえるような声で話す。もちろん、姿はまだ消したままだ。
「それなら安心だね。俺のせいで他の人が犠牲になるのは遠慮したいからね」
馬車はその日の目的地に到着した。それなりに大きな宿場町だった。もちろん、宿に泊まるお金なんかない。馬車だけを乗り継いで、どうにかフォーチュン王国にたどり着けばと思っている。
「さてと、どうしようかな」
「後ろから追いかけて来ているやつらを始末して、隣町まで魔法で飛んで行きましょう。もうすぐ日が暮れるし、そうなれば飛んでも目立たないわ」
「そうしようかな」
あたしたちはそのまま次の町に向かって歩き始めた。夕暮れに染まる森をしばらく歩いていると、ようやく後ろから来ていたやつらが襲いかかってきた。
全員が黒い頭巾を被っている。どうやら手にはナイフを持っているみたいだ。
あたしはそいつらのさらに後方から、こちらの様子をうかがっている見張り役を片付けた。植物を操り地面に引きずり下ろすとそのまま地中に埋めた。これで証拠も何も残らない。
こちらに向かって飛びかかってきたやつらは、あたしが手を下すまでもなくフェルが風魔法で両断した。
あっけなく五人の暗殺者が死体になる。それをフェルが土魔法を使って跡形も残すことなく埋めた。実に見事で、実に美しい魔法操作だった。
地面が元通りになり、ここで争い事があったことにはだれ一人として気がつくことはないだろう。
「思ったよりも罪悪感がないな。俺はもう人間じゃなくなっているのかも知れないね」
「そんなことないわよ。やらなきゃ、やられていたわ。正当防衛よ。だから何とも感じないのよ、きっと」
フェルが乾いた笑いを浮かべた。もう終わったことなんだから、放っておいてくれたらいいのに。そんな寂しい笑いだった。
「そうだといいな。さてと、日も暮れてきたし、そろそろ飛んで行こう。リリア、しっかり捕まっているんだよ」
「何言ってるのよ。あたしには羽根がついているから、一人でも飛べるわ」
「それもそうだったね」
「でもひっついちゃう!」
あたしはフェルの胸にしがみついた。こうしていると、何だか落ち着く。どうしてだろう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。