第10話 新しい生活

 冒険者ギルドを後にした俺たちはその足で森へと入った。もちろん俺は走っている。小走りだけど。


「ほら、頑張って、あっちに薬草があるわよ!」

「はぁはぁ、分かったよ。もっと、はぁ、もっと近いところに生えている薬草はないの?」

「あるけどそれじゃ訓練にならないでしょ!」


 現実は非情だ。ちょっと走るつもりだったのに、リリアの監修により、かなりの距離を走っている。

 まあ、リリアがアナライズの魔法を使ってくれているおかげで、俺は周りを警戒する必要も足下の草をいちいち確認する必要もないんだけどね。

 リリアが指差した方向に進むと、ようやく薬草を見つけた。それをむしりながら休憩する。


「周りに魔物はいない?」

「いないわね。昨日ゴブリンの数をずいぶん減らしたから、しばらくはゴブリンを見かけないでしょうね。狩るならフォレストウルフかしら? もっと森の奥に行けば、ワイルドボアやブラウンベア、フォレストスネイクがいるみたいだけどね」


 どちらも魔物図鑑でしか見たことがない魔物だな。確かどれも複数人で相手する魔物だったはずだ。それだけ厄介な魔物なのだろう。

 魔石の大きさはどのくらいなのかな。ちょっと気になる。強い魔物ほど魔石が大きくなるみたいだけど、どうしてそうなるのかは不明らしい。


「お、魔力草をみーつけた! あれを採取して今日は終わりにしましょう。ほら、走った走った」

「お、鬼……」

「何言ってるのよ。かわいい妖精さんだぞ?」


 俺はリリアに指示されるがままに走った。そして魔力草を入手してコリブリの街へと帰った。これで少しは体力がついたかな? そうでなければ報われないぞ。もちろんお金は手に入ったけど。


 街に戻ると、銀の居待ち月亭付近にある飲食店を探した。これからはこの近辺の店を利用することになるはずだ。今のうちにマッピングしていても損はないだろう。

 リリアもそのことは分かっているらしく、真剣な表情で周囲を見ていた。


「あそこにお風呂屋さんがあるわ」

「そんなにお風呂に入りたいの? 時間はあるし、せっかくだから入って行く?」

「んー、男女で別れてるみたいだからやめておくわ」

「そ、そうだね」


 どうやらリリアは、何が何でも俺と一緒にお風呂に入りたいようである。……もしかして、俺って男として見られていない? ひょっとしたら弟としか思われていないのかも知れない。それはちょっと困るぞ。何とか意識してもらえるように頑張らないと。


 付近には風呂屋だけでなく、洗濯代行や、預かり所なんかもあった。他にも魔道具屋に家具屋、武器屋、防具屋、宝石店もある。

 静かな場所だったが、それなりににぎわいがあるようである。商品を見ると、どれも品質が高く、値段もそれ相応に高かった。


 この辺りはどうも、中級所得者が利用するお店が並んでいるようである。確かによく見れば、着ている服もおしゃれなものが多い。幸運にも俺が着ている服もそこそこ上等なものだったので、浮いてはいなかった。


「お金に余裕ができないと、どれも買えそうにないな」

「何か武器を持っていた方が良いんじゃないの?」

「魔法があるからいらないと思うけど……杖くらいは持っておこうかな」


 ものは試しとばかりに武器屋に入った。奥のカウンターにいる、職人のようなおじさんがこちらにチラリと目を向けた。おじさんはすぐに目をそらしたが、再び驚愕の瞳でこちらを見た。

 ハッキリと分かる二度見だった。間違いなくリリアに驚いているのだろう。


「あ、大丈夫ですよ。イタズラしないように言い聞かせてますから。そうだよね?」

「ええ、イタズラはしないわ。約束する」


 リリアが改めてそう言った。おじさんが引きつった笑顔をしている。これはしばらくの間はリリアのことで驚かれるんだろうな。リリアが不愉快な思いをしなければ良いんだけどね。


 おじさんに注目されながらも、魔法使い用の杖が並んでいる場所に向かった。

 疲れたときに体を支えられるように長い杖にしよう。タクト状の短い杖の方が持ち運ぶのには便利だが、魔法力増強効果は低いみたいだ。これなら杖を持たないのと大差ない。タクト状の杖を手に持ち、そう感じた。


「こっちの方が良さそうだな」


 長さもちょうどよく、何だか手になじむ気がする。素材は一体何なのだろうか。ただの木の枝には見えないんだけどな。


「それにするのかしら? トレントを使ってるみたいね。悪くはないけど、良くもないって感じかな」

「ちょっとリリア、もうちょっと言い方があるだろう。値段は……高っ! これは買えないな」


 ちょっとビックリするくらい値段が高かった。そりゃ良さそうな感じがするはずだ。あわてて棚に戻した。それにしても、リリアの「妖精の目」は便利だな。話を聞いたところによると、鑑定する力があるそうである。


 鑑定の魔法はあるのだが、どうも経験不足らしく、いまだに使えるようになっていない。リリアに言わせると「これから世界を見て回ればきっと使えるようになる」そうである。そのときを期待しよう。

 リリアが使えるサイズのナイフやフォークなどの食器がないかを尋ねたが、さすがにないみたいだった。これはだれかに頼んで作ってもらうしかなさそうだな。


 その後は魔道具屋を見たが、やはりどれも値段が高い。魔道具はどれも高級品のようである。一番出回ってると思われるランタンの魔道具があの値段だもんな。確かにそうなのかも知れない。当分は買えないな。


「夕食はどうしようか?」

「んー、宿でも食べられるみたいだから、いっぺん試してみる?」

「それじゃ、そうしよう。宿の食事で十分ならその方がわざわざ出かけなくてすむからね」


 そのまま宿に帰ると、一階に併設されている食事処へと向かった。こちらは息子さんが経営しているのかな? 俺よりもちょっと年上のような青年が調理場に立っていた。

 すでにお客がいるようで、テーブルの間を従業員が注文を取りに移動していた。


 あいているテーブルに座ると、壁に貼り付けてあるメニューを見た。おすすめは鳥の唐揚げのようである。


「鳥の唐揚げにしようと思う」

「問題ないわ」


 リリアの許可をもらい、鳥の唐揚げを注文する。すぐに従業員がやってきた。


「鳥の唐揚げですね。少々お待ち……もしかして妖精ですか!? お母さんが妖精を連れている客がいるって言ってたけど、あなたたちだったのね」


 どうやら宿の女将の娘さんのようである。それじゃ、調理場に立っているのは女将の息子さんではなく、彼女の旦那さんなのかな?


「イタズラしないように言ってあるから、心配はいりませんよ。リリアは良い子ですからね」

「リリアちゃんって言うのね。かわいい!」


 そう言って注文を伝えに行った。やっぱりリリアは見えないようにした方が良いのかな? いやでも、これ以上リリアに不自由な思いをさせるわけには行かない。


「もっと妖精がたくさんいれば、リリアも珍しがられずにすむのにね」

「あたし以外にもいるのかしら?」

「大丈夫、きっとどこかにいるよ」


 この世界にはドラゴンだったり、精霊だったり、魔王だったりがいるみたいだしね。リリア以外の妖精もきっといるはずだ。

 そんなことを思いながら、運ばれてきた鳥の唐揚げを食べる。噛むと油と旨味がジュワッと出てきて、とてもおいしかった。


 お店の中に次々と客が入っているところを見ると、どうやらこの辺りでは評判の良いお店のようである。これからもご飯を食べるときはここを利用した方が良さそうだな。




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