第9話 銀の居待ち月亭

 ランプの魔道具の明かりを消してベッドに潜り込む。すぐにリリアが胸元に張り付いてきた。リリアのお気に入りの場所であり、今は大の字で張り付いている。

 何でもそうやって魔力を補充しているらしい。今日はそれなりに魔法を使ったからね。いつもよりも補充量が多いのかも知れない。


「うーん、やっぱりこの方法は効率が悪いわね」

「効率が悪い? って、リリア、何してるの!?」


 リリアが俺の服の中に潜り込んできた。こんなの初めてだ。モゾモゾと動いている。


「ちょっとリリア、くすぐったいよ」

「もう、男の子なら大人しくしなさい!」


 くすぐったいのに男の子も女の子もないと思うんだけど……そんなことを思っていると、胸にぺったりとした感触があった。それはまるで、肌と肌が密着する感触だ。


「リリア!?」

「あっ、ダメ! 今引っ張り出したらダメ! 裸だから!」


 服の中からリリアを引っ張り出そうとしていた手を慌てて戻した。裸!? 何でそんなことに……。


「こうやって肌と肌で触れあった方が魔力の受け渡しの効率が良いのよ。勉強になった?」

「ハイ」

「そう。それじゃ、寝ましょうか」

「ハイ」


 疲れているけど眠れるかな? 意識してはならぬ。悟りを開くんだ、悟りを。




 翌朝、目を覚ますとリリアが顔に張り付いていた。だが魔力の補充は終わったようであり、しっかりと服を着ていた。残念なような、これで良かったような、そんな複雑な気持ちだった。

 すでに日が昇っている。どうやら昨日は思った以上に疲れていたようだ。改めて、体力がないことを情けなく思ってしまった。今日から頑張ろう。目指せ、マッスルフェル。


「おはよう、リリア」

「おふぁよー、フェル」


 まだ半覚醒状態のリリアをなでて、リリアがしっかり起きるのを待った。リリアからは良い匂いがしている。……何かがおかしい。こんな香り、今までしてたっけ?

 何だか頭の中がモヤがかかったようにもうろうとしてきた。リリアに怒られると分かっていながらも匂いをスンスンと嗅いでしまった。


「ちょっと、フェル! 起きなさいよ!」


 ペチンとリリアにたたき起こされた。あれ? いつの間にか二度寝してた?


「ごめんごめん、起きたよ」

「まったく、お寝坊さん何だから。他の冒険者たちはもう仕事に行ってるわよ」

「面目ない」


 ベッドから降りてすぐに服装を整える。と言っても、寝間着なんて気の利いたものはないので、脱いだ上着を着るだけである。

 一階に下りるとそのまま外に出た。途中の屋台で買った肉と野菜が挟んであるパンをリリアと一緒に食べながら今日の予定を話す。


「まずは宿探しだな。それが見つかったら、宿の周囲を探索してからコリブリの街の外周を走る」

「宿はできるだけ冒険者ギルドに近い方が良いわね。きっとその方が便利よ」

「そうだね。まずは近場から探してみるとしよう。コリブリの街のマッピングもかねてね」


 オート・マッピングの魔法を使って、さっそく行動を開始した。

 やはりと言うか、当然と言うか、冒険者ギルドに近い宿はすでにどこも冒険者で一杯だった。どうやら少し離れた場所になりそうだ。


「しょうがないわね。それならそれで、居心地の良い宿を探しましょう」

「そうした方が良いね。宿にいる間くらいはゆっくりしたいし、むしろそっちの方が良いかも知れないね」


 方針を変えて、静かな住宅地で宿を探すことにする。裏通りをいくつか入れば、一軒家が建ち並ぶ住宅街になっていた。石の土台の上に木でできた家が建っており、ベランダには洗濯物が干してある。玄関周りには花が咲いていた。


「一軒家を借りるのも良いわね」

「さすがにそれはまだ無理かな? でも、家を借りるのも良いね。掃除や洗濯が大変そうだけど」

「そこは魔法で何とかするのよ」

「なるほど」


 確かにリリアが教えてくれた生活魔法を使えばあっという間に終わるだろう。もっと定期的にお金を稼ぐことができるようになったら一軒家を借りるとしよう。

 裏通りを進んで行くと、おしゃれな木の看板が見えた。そこには「銀の居待ち月亭」と書いてあった。たぶん宿屋だと思う。


「リリア、あそこに行ってみよう」

「そうね、なかなか良さそうじゃない」


 周囲の家々に溶け込むように並んでいる宿屋を訪れると、どこかで俺たちを見ていたのか、タイミング良くふくよかな女性が奥から出てきた。


「いらっしゃい。泊まりかい?」

「はい。冒険者をやっているのですが、泊めてもらえますか?」

「もちろんだよ。二人部屋からなんだけど、良いかい?」

「構いませんよ。一泊いくらですか?」

「一泊、小銀貨六枚だよ。別料金を払えば朝食と夕食も食べられるから、良かったら利用しておくれよ」

「分かりました。では五泊お願いします」


 俺は銀貨三枚を渡し、部屋の鍵を受け取った。昨日のゴブリンジェネラルの魔石を売ったおかげで、懐にはまだ余裕がある。そう考えると、昨日はついていたな。こんなことを言ったらキャロットさんに怒られそうだが。


「部屋は二階みたいだよ」

「どんな部屋なのか楽しみね」

「ちょっとあんた、それ、もしかして妖精かい? 大丈夫だよね?」

「大丈夫ですよ。イタズラしないように良く言い聞かせておきますから」


 どうやら妖精はイタズラ者として庶民には認知されているようである。しかも事実なので、否定することはできなかった。リリアもイタズラはするけど、どれもかわいいイタズラなので、笑って許してくれるはずだ。


 借りた部屋には窓が二つあり、部屋の中は非常に明るかった。ベッドもそれなりにふかふかになっていた。机、イス、テーブルだけでなく、ワードローブもあった。これなら服を買っても良さそうだな。


「この部屋は静かね」


 開け放った窓の枠にリリアが座りながらつぶやいた。その新緑のように輝く髪を心地良い風が揺らしている。


「冒険者ギルドは大通りに面していたし、一階は受付になっていたからね。それに比べればずいぶんと静かになったね」


 リリアと一緒に窓からボンヤリと空を見た。ようやく落ち着くことができたように感じた。これまでの気を張り続けた生活がウソのようである。


「冒険者ギルドに戻って借りていた部屋を掃除しないといけないわね」

「そうだった。掃除して、お礼を言わなければいけなかったね。それが終わったら、走るついでに薬草でも採取しに行くとしよう。ただ走るだけじゃ時間がもったいないからね」

「確かにその方が一石二鳥ね。森もマッピングもまだまだだし、ちょうど良いんじゃないの?」


 女将に挨拶をして冒険者ギルドに戻った。

 冒険者ギルドで俺たちが部屋を出ること告げるとキャロットさんたちは驚いていた。しかし俺たちは、日が浅いとはいえシルバーランクだし、その実力があることを証明している。最後には「それもそうか」と納得してもらった。


 シルバーランクがいつまでも新米冒険者用に用意してある部屋を占拠するわけにはいかない。きっと部屋が空くのを待っている冒険者もいることだろう。それに昨日のゴブリンの分布調査依頼でそれなりにお金が入っているのだ。やはり部屋を空けるべきだと思う。


 魔法で部屋を掃除すると、受付カウンターで鍵を返した。そこでライナーたちに会った。鍵を返しているところを見て察してくれたようである。


「別に宿を借りたのか。それもそうか。俺たちももう少し稼げるようになったら、ここを出るつもりさ。まぁ、三人なんで、なかなか難しいかも知れないな。せめて四人になれば……」


 チラリとライナーがこちらを見た。俺はそれを見て申し訳なく思ってしまった。


「いい人が見つかると良いね」

「フェルは加わってくれないのか?」


 ライナーの声が少し下がった。それに対して苦笑いを返すことしかできなかった。リリアは何も言わずに俺にひっついていた。


「……ごめん。まだしばらくは一人で頑張ろうと思っているんだ」

「そうか。気が変わったらいつでも言ってくれ。それじゃあな!」

「ありがとう。それじゃ」


 そう言って冒険者ギルドを後にした。いつかはパーティーを組まなければならない日が来るのかも知れない。でもそれは今じゃない。

 今はリリアと一緒に、だれにも縛られない自由な日々を満喫したい。


「……フェル、もしかして、あたしに気を遣ってる?」

「そんなことないよ。俺がそうしたいだけさ」

「そう? ならいいけど……」

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