第8話 一緒に食べる夕食

 報酬をもらうと、冒険者ギルドの階段をのぼり、借りている部屋へと向かった。すでに夕暮れになりつつあったので、宿探しは明日からにすることにした。

 今日はほぼ一日中歩きっぱなしだったので、足にかなりの疲労がたまっているようだ。足がプルプルしてる。ベッドに座って足をもみほぐしていると、リリアがダメ出ししてきた。


「フェルはもっと体力をつけるべきね」

「自分でもそう思うよ。これからは毎日走って体力をつけないとね」

「それがいいわ。魔法だけに頼っていたらダメよ。ダメダメのフェルになっちゃうわ」


 これまで体力作りができる環境じゃなかったことは、言い訳にしかならないな。明日から頑張らないと。

 そのまましばらくベッドでゴロゴロすることで、体力を回復させた。


「よし、それじゃ夕食を食べに行こうか。今日は昨日とは別の方向に行ってみよう」

「ついでに他のお店も見て回りましょうよ。今なら少しはお金があるからね」


 リリアを肩に乗せて部屋から出る。部屋の中でも声が聞こえていたが、廊下に出たことでもっと大きくなった。一階に下りると、戻って来た冒険者たちであふれ返っていた。

 冒険者ギルドに泊まれば宿代はかからない。しかし、この騒々しさとは無縁ではいられなくなる。やはり冒険者ギルドとは別の、もう少し静かな場所に泊まりたいな。


 冒険者ギルドから外に出ると、昨日とは逆の方向に進んだ。お店の軒先につるされているランタンが夕闇に染まりつつある道を明るく照らしている。

 おっとそうだった。まずはランタンを買わないといけないな。大通り沿いに並ぶ店を見ながらランタンを探す。目的の場所はすぐに見つかった。


「色んな種類があるな。油を使った燃料タイプと、魔石を使った魔道具タイプか。魔道具の方が値段が高いな」

「フェル、ランタンを買うの? 魔法を教えたじゃない」

「確かにそうなんだけど、どうも目立っている気がするんだよね」


 はたと何かに気がついたリリアが周囲を見渡した。街の人たちが使っている明かりはすべてランタンであった。


「本当だ、気がつかなかったわ。いつの間にスモール・ライトが使われなくなってるの……」


 リリアが絶句している。まさか自分が封印されている間に、こんなことになっているとは思わなかったのだろう。リリアも良かれと思って、俺に色んな種類の生活魔法を教えてくれていたはずだ。


 だがその生活魔法も、廃れたのか、失われたのかは分からないが、使われなくなったものがいくつかあるようだ。


「俺たちはもっと慎重に周りを見渡した方が良いかも知れないね」

「そうね……」


 落ち込むリリアをなでてあげると、首元にしがみついてきた。どうやらかなり衝撃的だったみたいである。

 世間知らずの俺に色々と教えてあげようと思っていたところが、自分も世間知らずだったのだ。落ち込むのも無理はないか。


「ほらリリア、どっちのランタンが良いと思う?」

「そうね、燃料タイプの方が安いけど、荷物が増えることになるわ。その点、魔道具タイプは予備の魔石を持っていてもそれほどかさばらないし、安全性も高いわ。でもその分、高いわね」

「高いね」


 燃料タイプのランタンが銀貨二枚なのに対して、魔道具のランタンはその五倍の小金貨一枚。

 迷った挙げ句、燃料タイプのランタンにした。お金にもっと余裕ができたら魔道具タイプに買い換えようかな? 燃料には虫除けの効果を兼ねたものがあるらしく、虫除けタイプの燃料を購入した。

 さっそくランタンに燃料を入れて火をつける。暖かい光が手元に浮かぶ。


「スモール・ライトの光も良いけど、これはこれで暖かくていいね」

「フェルの言う通りね。何だかホッとするわ」


 二人で笑いながら食事ができる店を探す。大通り沿いの店はどこも長い行列ができていた。さすがに無理だとあきらめて一つ裏道に入った。

 道行く人の数は減ったが、それでもまだそれなりに人が行き交っている。家族連れの人もいた。


「この辺りに良いお店がありそうな気がするんだけど……」

「こんなときは魔法で探すのよ。ほらあった。たくさん人が入っているわ。きっとおいしいお店よ」

「よし、それじゃ、今日はそこにしよう」


 リリアの案内でその店に向かった。やっぱりこんなときは魔法が便利だね。

 たどり着いた場所は定食屋さんのようである。外からでも人がたくさん入っているのが分かる。これは期待できそうだ。

 店内に入ると、すぐに従業員さんが声をかけてきた。


「いらっしゃいませ。お一人……ですか?」

「えっと、二人ですね」

「えっと、妖精は……ちょっと聞いてきますね!」


 慌てて女性の店員さんが奥へと戻って行った。リリアは小さいが、一人には間違いないはずだ。すぐに店長らしき人物を連れて戻ってきた。


「長いことここで店をやっているが、妖精が来たのは初めてだな。そうだな、今日は混み合ってるし、一人席を二人で使ってもらえるか?」


 ニカリとおじさんが笑った。それを見て、俺たちも笑って返す。


「もちろんですよ」

「そうさせてもらうわ」

「おお! 本物だ。これは死ぬまでに良いものを見たぞ」


 おじさんは喜んでいた。店員さんもお客さんも喜んでいた。妖精パワーってすごいな。ちょっと嫉妬しちゃいそう。

 店員さんに連れられて席に座る。日替わり定食がおすすめだと言われたので、それにした。リリアからは「主体性が感じられない」と言われたが、今の生活に慣れるまで許して欲しい。


 隣の席に座っている子供に愛嬌を振りまくリリア。それをほわほわとした気持ちで見ていると、間もなく定食がやって来た。


「おお、これはすごい! ハンバーグだ」

「昨日の串焼きよりもずっと豪華ね。さあ、食べましょう!」


 リリアの言う通り、昨日の夕食よりもずっとボリュームがある。それにとてもおいしそうだ。まずはハンバーグを食べよう。ナイフとフォークで切り分けると、口に運んだ。中から幸せがジュッと出てきた。


「これはおいしい。ほら、リリアもどうぞ」


 俺は小さく切ったハンバーグをスプーンの上に載せた。小さくてフォークにうまく刺さらなかったからである。

 ちょっとためらったリリアだったが、口を大きくしてそれにかぶりついた。どうやら大きすぎたみたいである。大きさの加減が難しい。


「うん、おいしいわね。肉汁がジュワッと出てきて、肉を食べてる感じがするわ」

「良かった。次は何が食べたい?」

「そうね、野菜が良いわ」

「了解」


 今度は野菜を切り分けた。リリアが使える食器があれば良かったのに。そうだ、明日、宿を探すときに道具屋に行って探してみよう。もしかすると、ちょうど良いのがあるかも知れない。


 こうして俺たちは夕食を満喫して宿に戻った。終始、周りからの視線を感じていたが、妖精がいるのは珍しいみたいなので仕方ないと思うことにした。この街でしばらく過ごしていれば、そのうち視線も気にならなくなるだろう。

 部屋に戻るとすぐにベッドに横になった。


「今日は疲れたから、ちょっと早いけどもう寝ようかな。おっと、その前にクリーン・アップ、クリーン・アップっと」

「クリーン・アップは良いんだけど、たまにはお風呂につかりたいわね」

「うーん、リリアだけなら何とかなるんじゃない? 桶を借りてくれば良いだけだし」

「あたしはフェルと一緒にお風呂に入りたいわ」

「そ、それならしばらくは無理かな?」


 思わずドキッとしてしまう。一緒にお風呂に入ったことはもちろんある。そのたびにリリアの裸が美しくて、体の一部が反応してしまう。それをリリアにバレないようにするのが大変なのだ。なるべく見ないようにしているんだけど、背徳感をすごく感じてしまう。


 何か、こう、見てはならないものを見てしまったような感じがするのだ。本人は気にしていないみたいだけどね。それがまた、心にモヤッとしたものを残して行くのだ。

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