第12話 護衛依頼

「この街で依頼を受けることにも慣れてきたんじゃないの?」


 拠点としている”銀の居待ち月亭”の部屋で、ぼんやりと窓から外を見ているとリリアが隣に飛んできた。


「そうだね。最近はシルバーランクからしか受けられない依頼を中心に引き受けるようになっているからね。そのおかげで、報酬も、魔石を売ったお金も、最初の頃よりもずっと稼げるようになったよ」

「良いことだわ。フェルのおかげで、あたしもゆっくりと休めるわ」


 今では二人だけで暮らして行くには何の不自由もなくなった。この調子でどんどんお金を稼いでも良いのだが、リリアに「定期的に休みを取るべし」と言われたので、今日は休みの日である。依頼を達成したその次の日は休むことにしているのだ。


「思ったよりも簡単にお金が稼げてビックリしてるよ」

「フェルの実力なら当然ね。早くプラチナランクに上げてくれれば良いのに、あのオッサンもなかなかしぶといわね」


 冒険者ギルドのギルドマスターは、相変わらずリリアからオッサン呼ばわりされていた。きっと最初の印象が悪かったからなのだろう。俺を試そうとしたのがまずかったのかな? 俺はそのことについては別に何とも思っていないんだけどね。


「リリアの言うように、そろそろゴールドランクに上がっても良いと思うんだけどね。依頼もちゃんと達成してるし、何が問題なんだろう?」

「今度聞いてみましょうよ」

「そうしようか」


 そのままボケーッとベッドに寝転んだ。ほほにリリアの羽根が当たってくすぐったい。確か羽根は敏感だって言っていたのに、気がついていないのかな? まあいいや。ダラダラしてよう。


 ゴロゴロしていると、部屋の掃除をしに女将がやって来た。慌ててリリアを抱き上げて部屋の外に出る。銀の居待ち月亭は毎日部屋の掃除をしてくれる。追加で頼めば洗濯だってやってくれるのだ。とてもありがたい。もう一軒家を借りずに、宿暮らしで良いんじゃないかなと思っている。


 今もある意味、使用人を雇っているみたいなものだしね。私物をあまり置くことができないのが欠点だが、今は私物がほとんどないので問題ない。リリアが教えてくれている空間魔法を使えるようになれば、その欠点が解消されるんだけどね。残念ながらまだ習得には至っていない。難しいのだ。


「リリア、今日は何が食べたい?」

「そうね、自家製ベーコン盛りが良いんじゃない?」

「よし、それにするか。ここのベーコンは最高だからね。長旅することになったら、ぜひ食料として持って行きたいところだね」




 翌日、俺たちは朝の混み合う時間をさけて冒険者ギルドに向かった。シルバーランクの依頼を受ける人はそれほど多くはない。なので依頼の取り合いになることはほとんどないのだ。


 それに、基本的に俺たちは残り物の依頼を受けるようにしている。何だかんだ言っても、俺たちはまだ新参者だからね。先輩たちに目をつけられるよりも、かわいがられた方がずっとお得だということに気がついたのだ。


「おう、きたか、二人とも」

「ギルマス、おはようございます。どうしたんですか?」

「オッサンが私たちに話しかけてくるなんて珍しいわね。厄介事?」


 リリアのぞんざいな口ぶりに苦笑いを浮かべるギルマス。ギルマスも相手が妖精なだけに、取り扱いに慎重にならざるを得ないみたいだ。かわいいのに。


「お前たちに依頼を頼もうと思ってな。ゴールドランクに上がるためには、少なくとも一回は護衛依頼を受けなくちゃならない規則になってるんだよ」

「ああ、だからランクが上がらなかったんですね」

「まあ、そういうこったな」

「何でもっと早く言わないのよ。もしかして、わざとじゃないわよね?」


 リリアの後ろに黒い魔力のようなものが浮かんでいるような気がする。だぶん気のせいだと思うけど、ギルマスの顔が引きつっている。


「もちろんわざとじゃない。前から言おうと思っていたんだが、大概の護衛依頼は四人以上で募集することが多くてな。二人がだれかとパーティーを組むのを待っていたんだよ。だが、どうもそのつもりがないみたいで、頭を抱えていたところだよ」

「そうだったんですね。パーティーは……まだちょっと組むつもりはないですね。二人で困ることもないですし」


 悪気はないんだけど、どうもリリア以外を信じることができない自分がいる。この気持ちがある限り、パーティーを組んだら、きっと俺の心が安まることはないだろう。

 リリアもそれに気がついているのか、パーティーを組むように薦めて来ることはない。


「そこでだ。今回、六人以上での護衛依頼があってな、そこにお前たちが加わるのはどうかと思っているんだよ」

「他のパーティーはどんな感じなのかしら?」


 リリアが腕を組んで尋ねた。何だかちょっぴり偉そうである。空飛んでるから、上から目線だし。


「一つはお前たちも知っているライナーたちだ。彼らが三人。そして男女の二人組のパーティー。そこにお前たちが加わって、六人編成になる」


 三つのパーティーで一つの依頼をこなすのか。これが普通なのか分からないが、ランクアップのチャンスと言えばチャンスなのだろう。わざわざギルマスが俺たちに提案してきたところを見ると、相手側はシルバーランクくらいの実力者が同行して欲しいと思っているのかも知れない。


「ギルマス、その依頼を達成すれば、ゴールドランクに昇格できるんですか?」

「ゴールドランクに昇格することを約束しよう」


 キッパリとギルマスが言った。ギルマスも俺をゴールドランクに上げたいと思っていたのかな? それともリリアが怖いだけなのかな?


「分かりました。引き受けますよ。いつ出発ですか?」

「三日後だ。それまでに準備しておいてくれ。目的地は商業都市エベランだ」

「商業都市エベラン……分かりました」


 依頼書にサインをすると、長旅の準備をするべく冒険者ギルドを後にした。商業都市エベランまでは馬車で二日くらいかかる。護衛を六人も必要とするところを見ると、かなりの資金力を持つ人物なのだろう。おそらくは商人かな?


「途中の街で追加購入できると言っても、それなりに食料を準備する必要があるわね。あたしたちも馬車に乗れたら良いんだけど……難しいわよね」

「難しいだろうね。毎日地道に走り込みをして、体力をつけておいて良かったよ」

「うふふ、フェルはずいぶんたくましくなったもんね」


 そうなのだ。リリアの言うように、ひ弱だった体に少しずつ筋肉がつき始めたのだ。最近は腕立て伏せなどをして腕の筋肉も強化している。さすがに近接戦闘は無理だが、間合いを取るための移動が素早くできるようになっている。


「空間魔法が使えるようになっていたら、荷物の心配をする必要がなかったのに……」

「仕方ないわよ。あの魔法は特殊だからね。大丈夫、そのうちきっと使えるようになるわ」


 銀の居待ち月亭に戻ると、護衛依頼のことを女将さんに話した。半額の料金で、部屋をそのまま取っておくかどうか聞かれたのでそうしてもらった。何事もなければ五日くらいで戻って来ることができるだろう。


 これまでに野営をしたことは何度もある。道具も一式そろっているので、新たに購入するのは食料だけだ。自家製ベーコンを買うのを忘れないようにしないとな。

 野営の欠点はおいしいご飯が食べられないことだけなんだよね。あれさえどうにかなれば、もっと楽しい野営になるのに残念だ。

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