第2話 勇者召喚は拉致よ

「それで、勇者を知らないかな? もしかしてアキトが勇者?」

「俺は、普通の一般人だが、敢えて言うなら、星見人(ホシミスト)だ」


「星見人(ホシミス)? 聞いたことがない称号ね」

「星見人(ホシミス)は、星空をこよなく愛する人のことだな」


 星空を眺めるのは、俺の唯一の趣味だからな。


「ふーん。ところで、『ホシゾラ』ってなに?」

「星空といえば、星が煌めく夜空のことだが……。そういえば、曇っているわけでもないのに星が見えないな?」


「ねえ、『ホシ』なんて聞いたことないんだけど」

「まさか、この世界には星がないのか?! じゃあ、太陽は? 昼間はないのか?」


「空全体が明るくなったら昼間だけど、アキトの世界では違うの? それと、『タイヨウ』は知らないわ」

「太陽もないのに空が明るくなるのか? 曇り空みたいな感じか?」


 この世界は、俺たちがいた世界とは随分と違うようだ。


「アキトがいた世界と、この世界は随分と違うみたいね」

「そうだな」


 アルテも同じように感じたようだ。


 違い、といえば、あの浮遊大陸だ。

 気になったのでアルテに聞いてみた。


「この世界は、今まで、あの大陸しかなかったのか?」

「大陸なら、他にもいくつかあるわよ。アトランティスとかムーとか」


「ちょっと待て! それって、レムリアも含めて失われた大陸じゃないか」


 伝説の大陸とか、幻の大陸とも呼ばれているな。


「あら、アキトも知ってるの? なら、こちらにも名前は残っていたのね」


「もしかして、それらの大陸も召喚したのか?」

「記録にはそうなってるわね」


 失われた大陸は、召喚されて大陸ごと消えていたのか。とんでもないな。


「何でそんなことを……。やはり勇者召喚の巻き添えか?」

「当時は単に、土地が欲しかったんでしょ」


 アルテは事もなげに答える。

 まあ、大昔のことだし、アルテにとっては興味がない事なのだろう。


「今回は、土地が目的でなく、勇者だったんだよな?」

「そうよ。アトランティスの魔王が攻めて来たから、それに対抗するためよ」


「なら、なぜ、地球ごと召喚した? 勇者だけでよかっただろう」

「ちょっと! そんなの勇者から見たら拉致以外の何ものでもないわよ。人攫いよ。誘拐は犯罪よ」


 このことといい、覗きのことといい、どうやら、アルテはどんな不正も許せない潔癖症らしい。


「確かにそうだが、だからって、何で地球ごと召喚することになる?」

「問題なのは、異世界から召喚はできても、異世界には行くことができない、ということよ。これが、双方向なら、異世界に行って、勇者を説得して連れてくれば問題ないわ。仮に、こちらに来てみて、合わなければ帰ることもできるし、でもそれができないのよ」


「異世界召喚は一方通行で、呼び寄せるだけで、帰れないのか?」

「そうよ。でも、地球ごと召喚してしまえば、ゲートを使って、行き来ができるわ。これで、問題解決よ」


 一瞬、納得しかけたが、問題はそこじゃないんだ。


「なにが問題解決だ! 大問題だよ!! この世界に星はない。帰ることもできない。だったら、どうやって天体観望しろというんだ!! 俺の星空を返せーーー!」


 俺の唯一の趣味、心の安らぎをどうしてくれるんだ!


「『ホシゾラ』ってアキトのものだったの?」

「いや、俺だけってわけではないけど……。だが、よくよく考えれば、これは大問題だぞ」


 俺の趣味が、と言っている場合ではないかもしれない。


「『ホシゾラ』を見られないことがそんなに問題?」

「星空ばかりじゃないんだ。太陽がないということは、気象に影響が出る可能性が高い。そうなると、農業に影響が出て、食料問題になりかねない」


「それって、餓死者が出るかもしれないってこと?」

「最悪、そうなるかも――」


「それって大問題じゃない」

「だから、そう言っている。だいたい、その原因を作ったのはアルテじゃないか」


「私、そんなつもりじゃなかったんだけど――。アキト、どうしよう?」


 アルテは責任を感じて、シュンとうなだれている。今にも泣きだしそうだ。


「どうしようと言われてもな。元の世界に戻すことはできないんだろ?」

「それは無理」


「そうか……」


 大きく頭を振るアルテ。もう、涙が決壊寸前だ。

 おれは、アルテが可愛そうになり、必死に考える。

 それに、アルテのためばかりではない、地球の危機でもあるからな。


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