東京タワー完成の日


 ~ 十二月二十三日(木)

     東京タワー完成の日 ~

 ※因果応報いんがおうほう

  悪い方の意味で使われがちだけど。

  良いことをすればいい報いがある。

  そっちの意味の方が、俺は好きだ。




 料理を続けるには。

 責任感や愛情が大切な要素。


 褒めて称えてなだめすかして。

 なんとかモチベーションを保ってあげたことにより。


 とうとう昨日は。

 自分一人で料理を作ってみたいと言い出した。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 でも、そんな料理モチベーションが。

 晩御飯の後のしょんぼり顔以降だだ下がり。


 今日はおかずも作らずに。

 いつもの白米弁当に戻っちまった。


 明けてもご機嫌はなおることなく。

 朝からずっとふさぎ込んだまま。


 そんな秋乃の様子を見て。

 クラスのみんなも沈んでいる。


 いつの間にやら。

 秋乃はクラスのムードメーカーになっていたようだ。



 ……俺は、この状況になった原因に。

 ひとつ思い当たる節があるんだが。


 なにか俺にできることは無いか。

 私にできる事なら何だってする。


 窓口かマネージャーか。

 朝からみんなして。

 俺にこそこそ話しかけてくるし。


 そうだなあ。

 じゃあ、秋乃を元気にするために。


 みんなの力を貸してもらうとするか。



「おい秋乃。その懐かしの弁当箱を貸せ」

「ど、どうするの?」


 昼休みが始まるなり。

 俺は、秋乃の弁当箱を手に取って。


 そして、らしくないことを開始する。


「あー、みんな聞いてくれ。秋乃に、おかずあっての弁当だと教えてやりてえやつは、ここになにか一品乗せてくれ」


 そう言いながら。

 席と席の間を練り歩くと。


「うちの玉子焼き、マジすげえから! こいつを食ってくれ!」

「おばあちゃんの大和煮、美味しいから食べてみて!」

「じゃあ俺は、我が家でとれた白米を……」

「おかずって言ってるでしょ! あたしは大好物のエビグラタン!」


 わらわらと箸が群がって。

 あっという間に東京タワー。


「……おちるわ」

「落としたりしたら承知しないわよ!」

「舞浜にあげたんだからな!」

「分かった分かった」


 そして慎重に、弁当箱を見つめながら。

 席に戻ってきたところで。


 最後の最後、左右から巨大な隕石が降って来た。


「はい! いつもお世話になってるお礼なのよん!」

「でけえなハンバーグ!」

「俺だって協力させて~」

「その上に乗っけるなタクアン! ……てか何の真似だよ約十五センチのまるかぶりタクアンて!」

「母ちゃん、切るの面倒だって~。胃に入れば一緒だろって~」

「俺のバランス感覚磨いてどうする気だよ! 転げるわ!」


 きけ子がくれたハンバーグがソースたっぷりタイプで助かった。

 なんとか長さ十五センチもの丸太タクアンを落とさずに席に着いたら。


「泣くやつがあるか!」


 例の、怒ったような悲しいような。

 複雑な表情で俺を見つめながら。

 ぽろぽろと泣く秋乃が待っていた。


 ……まあ、泣くなと突っ込んでおきながら。

 こうなることは分かっていたんだが。


 だって。


「…………どうして? どうしてみんなに意地悪するの?」


 何にも分かっちゃいない秋乃なら。

 きっとそう思うはず。


 でもこれが。

 一番いい方法なんだ。


「そう思うなら、顔伏せて泣いてないで。みんなの顔見てみろ」


 俺の言葉を聞いても。

 鼻をすすったままだった秋乃が。


 そのうち、おそるおそる顔をあげると。


「ウソつき。みんな、悲しそうな顔……」

「そりゃお前が泣いてるからだろうが」


 そんな俺たちのやり取りを聞いたみんなが。

 慌てて口々に思いを口にする。


「秋乃ちゃん! あたしのおかず食べて元気出して!」

「おお、俺のも食え! そしてまた明日から自作弁当作ってこい!」

「保坂が作ればいいじゃない。なんでやめたのあんた?」

「そうだそうだ! てめえ、舞浜に弁当作らせてるんじゃねえ!」

「なぜこっちに飛び火した」


 俺が膨れると、クラスが笑いで満たされる。

 それと同時に、凝り固まった秋乃の頬も、少しだけ柔らかくなったようだ。


「分かったか? みんな、お前に食べて欲しくておかずをくれたんだ」

「で、でも……」

「まだなんかあるのかよ」

「あ、あたしがおかず作らなかったばっかりに、みんなに迷惑かけて……」




 …………うん。

 さすが俺。


 秋乃が悲しむ理由。

 合ってたみたいだな。




 じゃあ、真相を言い当てて。

 無様に……。



 いや。



 今日の所は。

 お前に、笑顔をくれてやろう。




「……お前、誰かが困ってる時助けるの、好きだろ」

「うん……」

「友達いなかったから。ずっとそうやって生きて来たんだろ?」

「うん」

「そんでお前、誰かに迷惑かけて助けられるの嫌いだろ」

「だ、だってそんなことしたら、嫌われる……」

「今お前、自分が矛盾してること言ってるのに気づかなかったのか?」


 やたら誰にでも親切で。

 時には信じがたいほどの仕事を笑顔で手伝う秋乃。


 でも、そんな秋乃は。

 手伝ってもらうことに抵抗を覚えちまうようだ。


 ここ連日見て来たお前の表情。

 その正体は。


「恐怖心」

「え……?」


 他人のことを気遣うくせに。

 基本不器用なこいつのことだ。


 余計手を煩わせたり。

 かえって迷惑をかけて、嫌味を言われたことが一度や二度じゃないんだろう。


 だから、それがトラウマになっているんだろ?


「……お前は忘れたのか? 俺も長らく嫌われ者生活してきたんだ。お前の気持ち、よく分かる」

「うん……。優しくできれば、お友達出来ると思って……」

「でも、裏目に出たことがある」

「迷惑かけたら、嫌われるのは当然……」

「それでもお前は諦めることをしなかった。能動的に動いて、信頼を勝ち得て来たんだ。それと反対に、俺は早々に諦めて牡丹餅が落ちない棚に悪態をつく日々を重ねて来たんだがな」


 友達は欲しいくせに。

 友達がいないことを、もうそれが当たり前と思ってみんなから距離を取って来た俺だ。


 悪かったよ。

 そのせいで気付くのが遅くなった。


「……DVD屋で、自分が助けようと思ったのに結局俺が助けた時」

「ご、ごめんね……」

「良かれと思って農作業助けたら、みんなが巻き込まれた時」

「反省してます……」

「掃除始めたら、みんなが手伝わなきゃいけない雰囲気になった時」

「もう勘弁してください……」

「…………そう思うなら。みんなの顔見てみやがれこのバカ野郎め」


 さっきよりも時間がかかった。

 それほど怖かったんだろう。


 でも、俺に早くしろとせっつかれて。

 渋々視線だけをあげた秋乃は。



 呆れたやつだと言わんばかり。

 そんな、みんなの笑顔に出迎えられた。



「バカな子……」

「親切な秋乃ちゃんが困ってるなら、助けたくなるのが当然でしょ?」

「迷惑なんて思ったことねえよ!」

「なんだよ、そんなこと考えてたのかお前は?」

「でも秋乃ちゃんらしいって言うか……」

「ほんと! やっぱ変な奴だよな舞浜!」


 俺をからかった時とは違う。

 どこか不器用な笑いが起こる教室の中で。


 それでも一人、状況が分からず怯えたままの秋乃。


 そんな秋乃の心の闇を。

 消し去ってくれたのは。


「友達なんだから、困ったら助け合うのが当然でしょ?」

「それでも返しきれない程助けてもらってるけど……」

「俺もだ! でもこんな俺でも、友達って思ってくれるよな!?」

「秋乃ちゃんの友達代表として言わせてもらうと、あんたは却下」

「ひでえ!」


 ずっとずっと。

 秋乃が夢見て来た光景。


 目の前にいるみんなが。

 秋乃のことを。


「……みんな、お前の事、大好きな友達だってさ」


 そう呼んでくれたことだった。




 とうとう声をあげて泣き出した秋乃のことを。

 親切で不器用で、変なことばっかりしでかす。

 そんな大切な友達のことを。


 誰もが心配して、駆け寄ってくれる。


 手を握ってくれたきけ子、王子くん。

 雰囲気を和らげようとおどけるパラガス。


 お前だけだぜ、気づいて無かったのは。

 みんな、お前がどれだけ迷惑かけたって。


「お前が何しでかしたって、ずっと友達でいてくれるよ。このクラスの連中は」


 そんな俺の言葉が。

 届いているのやらいないのやら。


 秋乃の友達たちは、いつまでも泣き続けるこいつを。

 困り顔であやし続けたのだった。




 ――白米だけの弁当。

 その正体は。


 春姫ちゃんが療養のために東京から引っ越してくるとき。

 お前もついていきたいと決心したことから始まるんだよな。


「秋乃がこっちで暮らす条件。家事は自分でするってことなんだろ?」

「は、春姫から聞いた……?」

「いや。推理した」


 監視が付いた時。

 慌てて自分で弁当作りだしたんだ、さすがにこれには気づく。


 でも、そんな弁当作りで。

 誰かに迷惑をかけるのは嫌だったんだ。



 ……昨日、身を持って体験した。

 お前にとって、誰かに洗い物をさせるということは。

 迷惑をかけていると感じるんだろう。


 弁当は作らないといけない。

 でも、慣れていないから時間がかかって。

 春姫ちゃんが洗い物を手伝うようになった。


 春姫ちゃんに迷惑はかけたくない。

 そう思ったお前は。



 炊いたご飯を弁当箱に詰めるだけになったんだな。



「……ほんと不器用な生き物だなお前は」

「え……?」

「初めて会った時には随分大人びてたのに。なんだか、子供みてえに感じるようになってきた」

「そ、そんなこと無いよ……?」


 ようやく泣き止んだ秋乃が。

 いつも通りの受け答えをしてくれる。


 でも、その声には嬉しさと。

 少しの感謝が込められているように感じられた。


「ほれ、みんなの好意が冷めちまう。それ食って元気出して、また友達のみんなに親切振りまいてこい」

「と、友達……」


 秋乃は、口をムニムニさせて。

 にやけそうになる顔を頑張って抑え込む。


 そして、タワーになった弁当箱を少し俺の方に寄せて。


「じゃ、じゃあ……。友達一号に、お礼」

「御礼?」

「先に食べていいよ?」

「うはははははははははははは!!!」


 ……友達には親切。

 じゃあ、俺は何なんだ?


 複雑な思いを胸に抱きながら。

 それでもおかしくて大笑いしながら。


 俺は、自分の白米弁当の上に。

 最初に取らざるを得ない巨大なタクアンを乗せたのだった。


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