クリスマスイブ
~ 十二月二十四日(金)
クリスマスイブ ~
※
窮地を脱するためにあえて
死地へ飛び込む事。
毎年恒例。
家族と過ごすクリスマスを楽しみに待つこいつは。
去年はこっちで、仲間うちでのクリスマス会をしたあと。
家族と過ごすために東京へ向かったというハードスケジュール。
今年はみんなで集まる予定もねえし。
親父さんと会う場所も近所だから。
ゆっくり過ごせることだろう。
「なあに?」
「……なぜ一緒に玄関に入って来た」
ここから電車で三十分。
大きな町に、大きなホテル。
いつか俺が買い取ってみせると。
秋乃に豪語した高層ビルで。
家族四人水入らず。
優雅に過ごすことになるようだ。
……そう。
家族一緒のクリスマス。
実にいい。
夜景の綺麗な宿とか。
セレブなホテルとか。
そんな場所で、恋人と過ごしたい。
ドラマや情報バラエティーやCMに煽られて。
思考を誘導されがちだが。
「のんびりクリスマス……。なんだか、いい感じ」
今日も無警戒に、一緒に帰ってきて。
クリスマスソングを口ずさみながら。
二階へ上がって行った秋乃。
「今夜、楽しみ……」
部屋に入る前だろうか。
浮かれた言葉を独り言していたから。
「そう思うんだったら、今日くらい直接家に帰れよ」
俺は、扉が閉まる音を耳にした後。
二階へ向けて文句を言った。
……クリスマスは家族と過ごすべきだ。
俺は、ずっとそう考えて来た。
決して、友達がいなかったからというわけではなく。
もの静かに日々への感謝を心に宿して。
揺れるろうそくの炎に将来の夢を映しながら……。
「サ、サンタコスしてみた……」
「ちょっと待ってろ。十秒前の俺を黙らせてくる」
うん。
家族以外でもいいじゃない。
この間、おばさんが着てきたサンタコス。
胸元も太股も寒そうなその姿。
できる事ならガン見したいが。
今、タイムマシンの研究を始めたとこだからちょっと待っててね?
「じゃ、じゃあ……。お料理、始めてるね?」
「ああやってろやってろ。……ジゴワットって、何ワットなんだ?」
昨日の一件で。
お料理意欲を再燃させた秋乃が。
保坂家のクリスマスを華やかにしてから出かけたいと。
大量に買って来たヒオウギ貝。
なんだか、華やかさの方向性が違うけど。
やりたいようにやらせてみよう。
「……やべえ、急がねえと」
「え? どこか出かけるの?」
「いや。今度は三秒前に戻らなきゃいけなくなったから、急いでタイムマシン完成させねえと」
こいつに。
やりたいようにやらせちゃだめだ。
包丁の柄で、貝殻ガンガン割り出して。
無理やり中身を取り出そうとしてるけど。
そのカラフルな破片の方に意味があるんだけどな、ヒオウギ貝。
そいつらどうするの?
モザイクアートにでもする気?
仕方が無いから。
土建作業のとなりでキッチンペーパーに貝殻を集めてやると。
秋乃は、貝を割る手を止めて。
俺の方をじっと見つめて来た。
「……これは、お前のせいで出来た迷惑ごとではある」
「う、うん……」
「でもいやいややってるわけじゃねえ。好きでやってる事だから安心しろ」
「あ、あたしのことが好きだからやってること?」
「そうじゃねえよどうしてそうなったんだ秋乃!?」
思わず大声上げちまったが。
こいつ、ニヤニヤ意味深な笑顔で俺のこと見てやがった。
なにか反撃してやらねえと気が済まねえ。
そう思いながら、温めに温めていた今年一番の面白ネタを取りに二階へ行こうとすると。
「秋乃ーーーーーっ!!!!!」
玄関を開け放って。
いつぞやのように靴のまま上がり込んできたのは。
舞浜父。
「やはりここに転がり込んでいたのだな!? すぐに戻るぞ!!!」
……しまった。
秋乃の実家へ向かう道すがらだったのか。
俺が大声で秋乃の名前を叫んだばっかりに。
こいつに聞かれちまったようだ。
そんな強盗が、キッチンに立っていたミニスカサンタの腕を掴んで無理やり連れ出そうとしている。
俺はもちろん、階段を駆け下りてバカ親父の胸倉を両手で掴み上げた。
……過剰な暴力だとは思うが。
こうすれば、バカ親父も両手で抗うしかない。
つまり、秋乃の腕を放して欲しいからやったまで。
他意はない。
「き、貴様……っ!!! 俺を騙したばかりか、秋乃にこんなかっこをさせおって……!」
「まったく言い返せん。今回ばかりはものすごく悪いことしたと思っちゃいるが、お前に下げる頭はねえ」
「この手を離せ!」
「そうはいかねえよ。秋乃が痛い思いするだろうが」
一瞬、目を見開いた親父さんが。
ちらりと秋乃に視線を向けると。
秋乃は、痛みのあまりさすっていた手を慌てて背中に隠して。
そして、躊躇しながらも。
俺の後ろに回り込んだ。
「こんな非常識な男に騙されるとは……!」
「非常識はどっちだ。こないだ言ったのに、また土足であがりこんできやがって」
「秋乃! こっちに来るんだ!」
「うーん…………。秋乃、好きな方選べ」
俺と親父さん。
二つの内どちらしかその手にすることができないということが。
秋乃にも瞬間的に伝わった。
別れは突然に。
始まりは出し抜けに。
俺と親父さん。
二人を三度見比べた秋乃は。
「た……、立哉君」
俺のことを。
選んでくれた。
よしきた。
そういう事なら逃げるぞ。
俺は親父さんを優し目に突き飛ばすと。
鞄と秋乃の手を掴んで走り出す。
行き先に当てなんかねえけど。
でも、必ず逃げ切ってやるさ。
ローファーを無理やり足にねじ込んで。
扉を開け放つと。
見知った景色のはずなのに。
始めて見る大海が眼前に広がっているような錯覚を覚えて。
……そして、秋乃と二人。
大きな声で笑いながら。
駅を目指して駆け出した。
「うはははははははははははは!!!」
「あはははははははははははは!!! お、お父様……、常識人……!」
「確かに、非常識なんて言って悪かった! そこは謝ってやろう!」
……こんなシチュエーションの中。
笑って走るという意味が、ちょっと違う気はするが。
でも、玄関先に揃えて置かれた靴底二つ。
そんなの見たら、笑いが止まるはずもねえ。
くそう。
あのクソ親父め。
いつか無様に笑わせてやるからな!
俺は、もう何度目だろう。
改めて心に誓いつつ。
雪の舞い始めたクリスマスイブの夕暮れを。
秋乃の手を引いて駆け抜けていった。
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